デートとアーチャー
朝、水面に太陽の光が伸びていき、反射してきらめく水は、宝石のように見えた。
数え切れない瞬きも、数多の船によって、波が立てられ打ち消される。
旅行者から見る水路は、感慨深いものがあった。
アクロポリスの住人にとっては通り道、移動するには欠かせない。
光太郎と輝夜はゴンドラに乗って市内を回遊中、ゴンドリエーレは無人機。
オールはこぐが、案内人は輝夜。
船上で光太郎は感嘆の声を上げていた。
「うわー! 水が透き通ってますねー、油もゴミも浮かんでいない」
「汚染罪はありますが、適用されたことは一度もありません。たまにある落とし物は、河川用無人機が拾っています」
「しまった! すみません。水に手を突っ込んでました」
慌てて光太郎は手を引っ込めた。
「その程度でしたら問題ありません。すくって飲めますよ」
「なんと! 浄化装置の力ですね。地球にもあればなー……でも導入したとしても何年で浄化できることやら……汚れきってますからね」
アヴァロン星では生活排水と煙を、地下の処理施設に送り分解浄化していた。
重力制御を含め、技術と手間をかけた施設を建設するには時間がいる。
更に施設を管理運営する、無人機も必要だ。なにせ一日たりとも休めない。
(それよりも先に、空き缶を投げ捨てるような人を、何とかしないとね)
輝夜は光太郎をじっと観察していた。
見極める目的はもちろんあるが、それ以上になぜか気になって仕方ない。
男と付き合った経験はないが、異性について学んではいた。
ルカほどではないが、陸奥市からの雑誌を読み有香にも聞いた。
「私も男性とお付き合いしたことはありませんが、光太郎さんは一般からかなり外れてると思います」
今まさにそれを実感していた。単純かつ欲望丸出しの男なら、輝夜にとって操るのは簡単。
しかし、誘ってもつれない態度をされたら、女としての矜持が許さない。
意地でも振り向かせてみたくなる。
(お金も女にも執着せず、機械にだけは興味を示す。この方は始末に負えませんわ。だからこそ女性は皆、引き寄せられるのでしょう)
「どうかしました?」
「いえ、そろそろお昼にしましょう」
「はい」
誤魔化すように輝夜は言った。船着き場にゴンドラが横付けされ、二人は降りる。
目の前にはレストラン、扉を開けて中に入っていった。
その様子を建物の屋上から見ている者がいる。楓と霞だ。
迷彩服を着て軍用ゴーグルをつけており、二人の様子をうかがう。
「入ったわね」
「店から出て来たらあいつを仕留めるわ。今更だけど霞は抜けてもいいのよ?」
「本当に今更だわ、もう私達は引き返せない。おひい様はとっくに気づいています。それでも、あんな獣におひい様を、汚させるわけにはいかない」
「そうね、極刑は覚悟の上よ」
嫉妬と風聞がいりまじり、楓達の中で光太郎は暴行魔と決めつけられていた。
忠臣の思いは暴走し殺意へと変わる。
幹線道路での襲撃は失敗、それでも諦めずに光太郎の命を狙っていた。
楓が持っているのは弓矢。理由なく銃火器を持ち出すのは、星騎士でも難しかったからだ。
それと狙撃銃ではスコープの反射に、輝夜はすぐに気づいてしまうだろう。
庇って守られたら、手のだしようがない。
そこで弓矢を使うことに決める。楓には仕留める自信があった。
二人はレストランから、光太郎が出てくるのを待ち続けた。
霞は見張り、楓は弓を引き絞り、出入り口に矢を向ける。
出てくる瞬間を見逃さないように、瞬きもしない。
流れる汗もぬぐわず、手が汗ばんできても体勢を崩さなかった。
集中して機会を待つ……ひたすら待つ……とにかく待つ……待ち疲れた。
誰も出てこない。
「……おかしい」
「はっ! もしかして!」
霞は双眼鏡で下を見回すと、町中を歩いてる二人を発見する。
すでに裏口から店を出ていたのだ。
そもそも楓と霞には計画性が欠けており、行き当たりばったりの襲撃だ。
「しくじったわ、先回りするわよ」
「場所はどこ?」
「観光名所のここには来るでしょう」
霞は地図上の広場を指さした。
「はい! フィギュア、十万パルで落札!」
「次は漫画全巻、五万パルからスタート!」
光太郎が見学しているのは露天オークション。
市場の一角にお立ち台があり、オークショニアが大声を張り上げていた。
アヴァロン通貨一パルは、一円ほどである。
「日本の十倍以上の値段になってますね」
「流通量はまだ少ないですし誰もが欲しがっていますから、高騰するのは致し方ありません。しばらくは品薄状態が続くでしょう」
「やっぱり、娯楽品は人気がありますか?」
「ええ、目新しくて本能を刺激しますね。アヴァロンでも類似品が、作られるようになりました。独自性はまだまだですが」
輝夜は時折、扇子で顔を隠す。女王が来てるとなれば、やはり騒ぎになるからだ。
ちなみに光太郎のプレゼントだ。
オークションもたけなわ、オークショニアが一際大声を上げた。
「そして、本日の目玉! 我らが女王、輝夜様のブロマイドだー!」
「うおおお――――!」
「十枚セットの限定品! 同じ物は一つもないぞー!」
「百万パルだー!」
「なんの二百万!」
どんどん値段がつり上がっていった。
「……アレ、非公式品じゃないですか?」
「まあ、とがめる気はありません。記者会見の時には写真を撮られますしね。ただ私の写真が取引されるとは思いませんでした」
「輝夜さんがアイドルだったら十分売れますよ。お守り代わりにもなります。そう言えば歌手はいるそうですが、アイドルとかはいないんでしたね?」
「歌い手が歌うのは、今のとこ聖歌だけです。そうですね、地球の様々な音楽にも人々は魅了されつつあります」
「うーん、いいのかなー? 文化侵略してるようなー」
「人々が平和を望んでいるからでしょう。私も文化にじっくり、浸りたいと思っております」
(……そんな日は来ないでしょうけどね)
言葉とは裏腹に、輝夜はあきらめて心は冷めていた。
「輝夜さん?」
「……失礼しました。それでは広場に参りましょう」
「僕でよければ相談に乗りますよ。役には立たないかもしれませんけど……余計なお世話でしたらすみません。」
「いえいえ、ありがとうございます」
(顔には出さなかったはずですが……心を見透かされましたわ。勘も鋭い御方)
二人は歩いて噴水広場へとたどり着く。
広場の形はアクロポリスを小型にした都市模型になっており、三つの運河も見事に再現されていた。
「賢人広場」と呼ばれており市民の憩いの場。正面には大聖堂もあり参拝客も大勢いる。
子供達ははしゃぎ、水遊びを楽しむ。カップル達は撮影用無人機で写真を撮りまくる。
誰もが朗らかな顔をしていた。
「ここは、いい所ですね」
「光様、私と一緒に写真を撮ってくださいませんか?」
「いいですよ」
光太郎は輝夜と並んで写真を撮る。
デートとしては物足りず、手を繋いだり腕を組んだりはしなかった。
輝夜は誘っている割に触れようとはせず、積極的でないのが不思議。
それを遠くから見ていた楓は怒り心頭、ワナワナと震えていた。
「あの淫乱! 破廉恥! すけこまし野郎! おひい様と一緒に写真を撮るなんてー!」
「もう一刻の猶予もないわ! おひい様が汚される前に仕留めましょう!」
霞と楓は勝手に焦る。
「でもまだ無理、人が多すぎるし動いていたら当てにくいわ」
「機会を待ちましょう」
光太郎と輝夜が歩き始めると、二人は後を追う。
大聖堂の反対側にも噴水広場があり、泉の前には初代女王達の彫像が立てられていた。
人々は願掛けに、コインを泉に投げ込んでから祈る。
「うーん、何を願おうかな? 輝夜さんは決まってるの?」
「ええ、私の願いはたった一つです」
コインを同時に投げ込んで、二人は手を合わせた。
(……が見つかりますように。マゲイアを討ち滅ぼせますように……あら、一つじゃないですわね。でも、真の望みは皆に平和を……)
この瞬間、矢が放たれてようとしていた!
「今だ! ――痛っ!」
楓の右手にコインがぶつかった。骨は折れてはいないが、ひどく腫れ上がる。
予備動作もなしに輝夜が投げつけたのだ。
人一人がようやく通れる路地裏に楓はおり、距離は三〇〇メートル以上ある。
わずかな隙間を通して、輝夜はにらみつけていた。
「流石はおひい様、気づいてましたか。でも……終わりです」
別の矢が飛ぶ、霞が一矢を放っていた。
ゴミ箱を積み重ねて踏み台にしており、楓の後方にいたので輝夜も気づくのが遅れた。
矢は光太郎めがけて一直線!
「光様、あぶない!」
この時、天高く水柱が上がっていた。一時間おきにある噴水イベントだ。
水は風に流され滴となって、滝のごとく落ちる。
運悪く……いや運良く、光太郎めがけて大量の水が降りかかり、飛んで来た矢も勢いをなくして、泉の中に落ちた。
「ぶわっ!」
「光様! お怪我はありませんか!?」
「なんとか、只ずぶ濡れですね。あははは……ハックション!」
「それではこちらへ、浴場が近くにあります。お着替えも用意しましょう」
「助かります」
光太郎は輝夜のあとについて行く。
「何て悪運の強い男!」
「今日はもう止めましょう、楓。手当をしないと……」
「おのれ、おのれ! 明日こそは必ず!」
二人はその場を逃げるように去った。
楓は怒りに燃えるが、霞はやる気を失いつつあった。




