有香の依頼と悪夢
「すみません、文吾さんは学園へ向かわれて不在なんです」
「お戻りはいつ頃でしょうか?」
「それが立て込んでる見たいで、数日戻らないかも……」
「……そうですか」
有香は残念そうな表情をして考え込んだ。
その顔を見て気の毒に思い、光太郎は助け船を出す。
「電話はつながらないと思いますが、僕が携帯メールを送れば連絡は取れます……まてよ余計なお世話かな?」
「?」
有香は不思議そうな顔をする。
「いや僕なんかより、藤原理事長を通された方が、話は早いのかなと思ったので……」
「それはできません。父も忙しいでしょうから」
「あ、失礼しました」
「それに……私事なので、竹田様に直接お聞きしたいのです」
「なるほど」
(うーん、困った。あんまり出しゃばってもなあ……)
文吾がいないのでお帰り頂くしかないのだが、藤原家の令嬢をお世話もせずに帰したとなると、後々が怖かった。
それと光太郎が気にしたのは、店の外にいる女性ボディガードの存在だった。
身長はおよそ一八〇センチ、黒服に身を固めた女は、鋭い視線を光太郎に向けていた。
瞳から、ただならぬ殺意を感じる。目の敵にされてるようで、とても恐い。
「すみません」
「は、はい――!」
考え込んでたところで声を掛けられ、びっくりしてしまった。
「それではお手数をかけますが、メールを送っていただけないでしょうか?」
「わかりました。それで御連絡はSNSでいいですか?」
「え?」
「文吾さんからの返信内容を、SNSで送ろうかと思いました。個人情報は知られたくはないですよね? それともフリーメールにしますか?」
「す、すみません。SNSって何ですか?」
(知らないのー! ……いやまてよ)
「失礼ですが、メールを送った事は?」
「父に送った事はあります」
「電話をかけた事は?」
「父にかけた事はあります」
(……やっぱり友達がいないんだな、SNSも興味がなければ使わないしね)
「私の携帯メールに送っていただけませんか? Eメールアドレスはこれです」
有香はスマホを見せた。
「わかりました、登録させていただきます。他言はしません」
光太郎のデータ入力は異常に速い。ここで有香は思い出したように謝った。
「すみません、挨拶が遅れました。藤原有香です」
「神山光太郎です」
「それでは神山さん、よろしくお願いします」
「はい」
有香は頭を下げ、ベージュのケープコートを翻し店を出た。ボディガードは光太郎を一瞥してから、後を追う。
「つ、疲れたー、恐かったー」
光太郎は脱力して、カウンターに突っ伏した。
「お疲れさん」
光太郎の目の前に缶ジュースが置かれる。手を伸ばし、起き上がると同時に飲む。
「ふー、あんがと東」
「んで、お嬢様と何を話してたんだ?」
「やっぱりそれが目的か!」
スタイラスペンとスマホを手に、東今日平は記者さながらに聞いてきた。
光太郎の友人にして情報通、顔も広い二枚目。
「お客様の個人情報にはお答えできません」
「そこを何とか光太郎さん。他につかんでる情報を教えるからさー」
「わかった、しゃーない。ジュースをもらったしな」
「それで、それで!」
「文吾さんに会いに来ただけだ。いないから帰った」
「そんだけー!?」
「うん、本当にそれだけ」
「うわー! つまんねー! 光太郎がお嬢様と逢い引きしてたら面白かったのに」
「おいおい、僕が藤原家の御令嬢と、お近づきになれる訳がないだろうがー」
「まあな、あの美人ボディガードがいては誰も近づけんな……いや一人いた、あ!」
今日平は続きを言えなかった。噂の当人が側に来ていたのだ。
「それは、私のことかな?」
会話に割り込んできた男は、スーツ姿にツンツンした髪型。
髪のブリーチはしていないが、ホストのように見える。
「失礼、私は清原武。有香は私の婚約者だ」
「はあー……」
(また面倒くさそうなのが来たなー……もう今日は帰りたい!)
その後も、有香ファンクラブの会長だの、うさん臭い連中が押し寄せ商売にならなかった。
有名人の行動はSNSで、拡散されるのが現代である。
「うー、今日はマジでまいった……」
夕方自宅に帰った光太郎は、コンビニ弁当で夕食をすませ風呂に入った。
カラスの行水で風呂場から出ると、体を拭いて素早く着替える。
自室に戻ると疲れがでてベッドに倒れこみ、目が閉じかける。
「……まずい! 寝てしまいそうだ。その前に……」
有香との約束を思い出し、文吾にメールを送った。
「これでよしと」
そこにスマホの着信音が鳴る。発信者は東今日平。
光太郎は応答アイコンにタッチした。
「もしもし」
『ようお疲れ、寝てるかと思ったが一応伝えておこうと思ってな』
「何かあるのか?」
『ああ、あの武って奴なんだがお嬢様の婚約者じゃなくて、強引に迫ってるだけらしい』
「あらら、見栄っ張りか」
『どうも財産狙いみたいだ。清原も地元じゃ有名企業だが、経営がやばいそうだ』
「いつもながら、よく調べられるな」
『SNSコミュニティのおかげさ、しかし噂話がほとんどだ』
(お前はもてるし、付き合いも多い。行動力のたまものだな)
ただ今日平は女性には誠実で、告白は全て断り誰ともつきあわないと公言している。
花より団子ならぬ、事件を好む。首を突っ込まずにはいられない、記者なのだ。
光太郎とはパソコンを教えてもらった縁で知り合い、中学からの友人だった。
『それで武は女癖も悪く、隠れてストーカー行為をやってる。お嬢様の直ぐ後に店に入ってきたのも、うなずけるわけだ』
「恐いな、商品は買ってくれたけど……一番安い物」
『そりゃーお前からお嬢様の情報を、聞き出す狙いがあっただろうからな、何もなくて損したと思ってるんじゃないか? 今頃』
「だろうな」
『奴には十分気をつけろ、ストーカーは何をしでかすかわからん』
「あんがと、無関係でも巻き込まれるか、やれやれだな」
『じゃーまたな』
「おう」
光太郎は電話を切り、<撫子>に命令した。
「ふわぁー消灯、施錠」
《はい、おやすみなさいマスター》
部屋の明かりが消えると、光太郎はすぐに寝入った。
◇
(……あれ? ここはどこだ?)
光太郎は空を飛んでいた。いや、ゆっくりと落下している。
眼下には雄大な自然が広がっている。
澄み渡る青い空、鮮やかな緑の草原、鏡張りの湖が山と空を二つにしていた。
見渡す限りの絶景だ。
(どこかの秘境か? それにしても美しい!)
光太郎が地上に降りると、景色が一変する。
目につくのは、苔のはえた岩と蔦が絡まった石柱。地面は石で舗装されていた。
石版もあるが、刻まれた文字は読めない。そこは廃墟と化した神殿跡だった。
倒れた石柱や生い茂った草木が絡み合い、巨大迷路になっていた。
迷い込んだ光太郎は、出口を求めてさまよう。
(……うう、広すぎる。上下階段もあって、どっちに行けばいいか分からない……)
途方に暮れたとき物音が聞こえ、光太郎は音がした方向へと歩いて行く。
広場のような場所につくと、遠くに人影が見えた。
「おーい!」
光太郎が大声で呼びかけると、人影は向かってくる。
「何かに乗ってる……馬か?」
蹄の音が近づくにつれ、人影の容貌が見えてきた。
黒いフード付きマントにボロボロのローブ、双眸が青く光っている。
「し、死に神!」
光太郎は逃げだそうとしたが、つまずき転んでしまう。
死に神は白馬に乗っており、槍を構え突進してくる。
「えっ? ちょっと待って! 助けてー!」
命乞いをしながら、光太郎は馬に違和感を抱く。馬は光太郎の目の前で止まった。
「でか!」
馬は象ほどの大きさだったのだ。
見上げていた光太郎は、蹄に踏みつぶされた。




