講義と交渉
「輸出品の検品、終わりましたー。転移エリアへの移動、お願いします」
「OK。オーライ、オーライ」
大型トラックがゆっくりと前進して、黄色い区画線の中に入る。
停車して少し経つと、トラックは閉球体に包まれて消えた。
あれから、藤原家傘下の商社と通運会社を通して、レムリア王国との貿易が始められた。
手始めに、陸奥学園の裏山に物流倉庫が建てられる。
転移装置を使って、輸出品を積んだトラックごとレムリアに送り、帰りのトラックには輸入品を積みこんで、陸奥市に帰ってくる。
貿易規模はまだ小さいが、取引回数はすでに百回を超えていた。
公には秘密の貿易なので、作業者は藤原家に関わる人達だけである。
光太郎もバイトに、駆り出されていた。
「今日はもう上がりだ。休んでいいぞー」
「はーい、文吾さん」
定番の青ジャージとスマートグラスをつけた光太郎は、歩いて休憩所に向かった。
文吾は自販機でカップコーヒーを買い、テーブルに置いた。
「どうもでーす。いただきます」
光太郎は椅子に腰掛け、カップに口をつけて飲む。
「ふー、それにしても輸出品は娯楽品や食料ばっかりですね。輸入品はオリハルコンとその他」
「工業製品はアヴァロン星が上だが、電源の規格が合わんから日本では使えん。今のとこは、文化交流だな、文化の面ではやはり地球が上。俺もここに来た当初は、カルチャーショックを受けたもんだ。メイドカフェに初めて入った時の衝撃は、いまだに忘れられん」
「それですかい!」
(ああ、だからメイドロボットを作ってるんだな。一生懸命だよなー)
「ところで、エリス女王とはどうなったんた? 婿殿下」
「からかわないでくださいよー、文吾さん。ただでさえ参ってるんですからー」
「すまん、すまん。わはははは!」
「エリスを取りあえず説得して、結婚は待ってもらいました」
光太郎はエリスとのやりとりを思い出した。
◇
あの追いかけっこの後、王城に戻りみんなで話し合った。
「この戦争が終わるまで待ってくれないか? エリス」
この条件にイザベルもアンジェラも、同意してくれた。
エリスも納得する。
「……確かに性急すぎたな、すまなかった光太郎。よくよく考えると子供ができたら、戦えんしな」
「ぶっ!」
(人生設計早すぎ!)
「でも、甘えるくらいはいいだろう?」
「あー……うん。暇な時はいいよ、邪険にはしない」
「よし!」
「そうですか、じゃー早速お言葉に甘えてー」
「えっ!」
言うなりアンジェラとイザベルが、光太郎に抱きついた。
二人は甲冑を外しており、スポーツブラにロングタイツ姿。
美しい肢体は色気を出し、大きいバストからは目が離せない。
たわわな膨らみが、左右から光太郎の顔を挟んでいた。
ダブルぱふぱふ。
(あー柔らかい、良い匂いだ……じゃなくて! こ、これはやばい! 色んな意味で!)
「あ・ね・う・え――! お・ば・う・え――――!」
見ていたエリスは当然切れた。
「きゃー! エリスが怒ったー!」
「逃げましょ、逃げましょ!」
「まてコラー! あんたらが甘えてどうすんじゃー!」
ふざけながら二人は逃げ回る。
その後、レムリアに通うたびに、光太郎は女達に振り回される。
◇
「……女難かなー」
「モテ期だろ」
「うう、普通のお付き合いがしたいです。先生!」
「あきらめ……いや、頑張れ光太郎! お前には若さがある」
虚しい激励だった。実際どうしようもない。
そして話題は変わる。
「マゲイアが鳴りをひそめたので、エリスは学園に通ってきてますが、有香さんは帰ってこないなー……少し寂しい」
「そのうち、ひょっこり顔をだすだろう。近いうちに必ずな」
文吾はあることを確信しており、断言した。
「そうですか……では、技術講義をおねがいします」
「うむ、今日は科学技術の危険性の話をしておく、これは一番大事なことだ」
「はい」
「この世界は主に、物質空間・磁力界・重力界・ファントムエネルギー空間・反物質空間でできている。ようは多次元だな」
「多重空間ですね。物質以外は肉眼では見えない。磁力線は砂鉄があれば見られますけど、その他は、詳しくわかってません」
「俺もよくわかっとらん」
「ええー!」
意外な言葉に光太郎は驚く、何でも知っていると思っていたから無理もない。
文吾はわかりやすく解説した。
「科学や物理なんてのは自然現象の発見と研究だ。例えば火だ。最初の火熾しには木と木を擦りあわせていたが、発火方法は進歩して凸レンズや火打ち石になり、現代は化学や電気の応用だ」
「はい」
「あとは酸素と燃える物さえあれば火は使える。しかし、別次元に存在する重力は見るのも、触ることもできなかった。重力を人工制御する方法はないかと思われたが、媒介物質が発見された」
「オリハルコンですね」
「そうだ、次元干渉物質オリハルコン。これで重力を集め、引力や斥力場を発生させるのが可能になった。また、ファントムエネルギーを利用して、オリハルコン機関が作られた」
文吾は話を続ける。
「俺が知っているのはオリハルコンの使い方であって、次元の重なり方や、エネルギーの動き方は見えんので分からんのだ。次元転移装置にしても、推測計算で何とか動かしてる」
「つまり、全ては見られないブラックボックスの中ですか?」
「そう言うことだ。人が無知なのに変わりはない。端から見れば危険な火遊びかもしれんのだ。そこで本題に入るが、『反物質』だけには手をだすな」
「……かなり危険なんですね」
文吾の真剣な表情が、それを物語っていた。
「対消滅は膨大なエネルギーを生み出す反面、制御は不能だ。素粒子をぶつけて遊んでいるうちはいいが、大規模な次元の裂け目ができたら、銀河ごと消し飛ぶ。実際、突然消えた銀河もある。反物質は絶対触れてはならない、禁忌だ」
「分かりました、肝に銘じます。絶対に手を出しません」
「その言葉を聞いて安心した。今日の話はこんなところか」
「はい、ところで立ち入った事を聞いていいですか?」
「かまわん」
「アヴァロン星には帰らないんですか? 文吾さん」
「……家族に合わせる顔がない。理由はどうあれ、俺は戦争から逃げた」
「でも、それは有香さんを戦火から逃がすように、頼まれたからなんですよね?」
「ああ、そうだ。だがな……」
文吾は苦悩の表情を浮かべる。
(これ以上は聞かない方がいいな、いつか踏ん切りがつけば帰るだろうしね)
「じゃー陸奥市にいる当分の間は、教えを請いたいと思います」
「ふっ、気をつかったな光太郎」
文吾は笑った。
「あと今更ですが、レムリアとの交易って密貿易にならないんですか?」
「姉妹都市盟約書は交わしたし……って、建前を言っても仕方がないな、異星間交流はお互いに法律がない。そこらへんの根回しは、英雄が上手くやるだろう」
「そう言えば今日、国のお偉いさんと交渉でしたね。大丈夫かなー」
「心配はいらんよ。あいつはただのアホではない」
「……それ、褒めてませんよ」
光太郎は苦笑した。
◇
ホテル藤原会館。ここの会議室に十数人ほどが集まっていた。
楕円テーブルを囲む面々は、国政に関わる大物達で、鼻持ちならない輩か頑固者ぞろいである。
くせ者達を前に、藤原英雄は営業スマイルで話を始める。
側では樹里がサポートしていた。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。それでは、早速本題に……」
「私は忙しいんだがな、手短に頼むよ英雄君」
出鼻をくじく嫌みに、笑いが起きた。
これに英雄は腹も立てずに、ポーカーフェイス。
この程度は予想済み、切り返すのも交渉である。
「お時間を取らせて申し訳ないですねー、先生。お土産にフランス高級チョコレートを用意しましたので、可愛がっている子猫ちゃんにどうぞ」
「なっ!」
国会議員の顔色が変わった。
子猫とは愛人の隠語で、その好物まで知られていることに、顔が青ざめる。
スキャンダルは政治生命を奪いかねなかった。他の者達もざわめく。
「安心してください。警戒なさらなくても大丈夫ですよ。お話を聞いて頂きたいだけですから」
「わかった。早く進めろ」
別な者が腹立たしげに言った。
「それでは、映像を御覧ください」
会議室のプロジェクターで映し出されたのは、メタル・ディヴァインの戦闘シーン。
地球の戦闘機を超える、圧倒的な軍事力が見て取れた。
「これがアヴァロン星の、メタル・ディヴァインの威力です」
しかし、お偉いさん達は英雄の説明を、信じようとはしない。
「はん! 馬鹿馬鹿しい。ただの特撮じゃないか」
「異星人? 藤原君、病院へ行った方がいいよ」
「この集まりは映画のプロモーションか、時間の無駄だったな。帰るとするか」
全員があきれ果て、席を立って出口に向かおうとする中、英雄は言った。
「それでは皆様、外を御覧ください」
「ちっ! 何があるって言う――ん!」
外のテラスに深紅の機械鳥が現れる。エルコンドルだ。
どよめく声の中、英雄は歩いてテラスドアを開ける。
「どうぞ、こちらへ」
全員が外に出て、エルコンドルを見る。
「これが本物のメタル・ディヴァインです」
「ト、トリックだ!」
「はー、さっきから聞いとったが、疑り深い奴らじゃのー」
「と、鳥が喋った! 関西弁!?」
「まあまあエルコンドル君。目の前にあっても信じたくない人もいるんだよ。では予定通り、私を乗せて飛んでくれるかい?」
「あいよ、気をつけやー」
英雄は意気揚々とエルコンドルの背に乗る。
エルコンドルは上昇し飛行を始めた。
見えるように飛行速度は抑え、曲芸飛行を披露する。
お偉いさん達は空を見上げ、ポカンと口を開けたまま固まっていた。
「はっははははは! してやったり! どうせ信用されないと思ってたから、エルコンドル君に来てもらって正解だ。あの間抜け面を見て、少しは気が晴れた」
「さよかー」
英雄はジェットコースターに乗った、子供のようにはしゃぐ。
「うーむ、これでアニソンを流せたらもっとよかったな」
はた迷惑な話で、文吾がいたら張り倒されていただろう。
「おっさん、あんまり動くと危ないで、引力も絶対やない」
「大丈夫、大丈夫。そーれ!」
サーファーばりに英雄は鞍の上に立つが、突風に煽られて落ちた。
「わ――――――――!」
「せやから言うたのに……疾風加速!」
「おお――――!」
英雄が一瞬で助けられたので、お偉いさん達は歓声を上げる。
怪我の功名。
英雄のアホな行動は、メタル・ディヴァインの性能を知らしめるのには役立った。
ビビったお偉いさん達との交渉は、スムーズに進む。
暫定でレムリア王国との交渉権が、藤原家に与えられた。
正式な交渉は、マゲイアとの戦争が終わってからになる。




