光太郎とパソコン店
「ゲームも飽きたなー、何か面白いことないかなー」
独り言を言いながら、神山光太郎はスマホをいじっていた。
光太郎はこの春に高校一年生になる。身長は百六十一センチ、太ってはいないが背は低い。
勉強と運動はそこそこで、パソコンとゲームに関してはかなり詳しかった。
一緒に住んでいる叔母が、教えた成果である。
浅野喜久子――光太郎より五歳年上で母方の妹。
不在がちな彼の両親に代わっての保護者、そして大学生の研究員でもある。
歳が離れていないので、光太郎は姉と呼んでいる。
二人が住んでいるところは陸奥市と言い、近くには陸奥学園がある。
その大学にはスーパーコンピュータ<大和>があり、喜久子も設計に深く関わっていた。
大和が造られたきっかけは、町おこしと地元名士の意向があったからだ。
「テレビは機能が増えたがリモコンは使いづらくなった。操作をいちいち覚えるのも面倒くさい。道具はもっと簡単であるべきだ」
そう語った陸奥学園理事長――藤原英雄はスマホを全く使えなかった。
動機はさておき、家電品を含めた日常をサポートするための、人工知能が大和で開発された。
AIの名は<撫子>、パソコンやスマホの画面には和服姿の女の子が表示される。
音声アシストの他に、音声指示による家電の操作や自宅管理などが可能で、銀行や役場での手続きも自宅でやれるようになった。
次なる目標は介護用アンドロイドの開発だ。一人の技術者が中心になって、メイド型ロボットを作り始めていた。
「ひまだー! 文吾さんのとこにでも行こう」
光太郎は部屋に掛けてあったミリタリージャケットを取り、着ながら玄関まで歩く。
靴を履き、家の外に出てからつぶやいた。
「撫子、家に鍵をかけて、あと車庫を開けて」
《了解しました》
敷地内なら<撫子>への音声指示はどこからでも出来て、遠距離ならスマホで操作できる。
電動シャッターが音を立てて開いていく。
光太郎は車庫からマウンテンバイクを押し出して跨がり、中心街へと走り出した。
春先らしい小寒さが顔と体に凍みるが、ペダルをこぐたびに体は温まっていった。
日本の北にある陸奥市は、自然豊かで並木道が多い。
他には展望公園や河川敷などのレジャースポットがある。光太郎は街の景色をながめながら街路樹の側を通り、幾つかの角を曲がった。
七分ほど走ると、ある店の看板が見えてくる。
マルチコア竹田――パソコン店。
店舗併用住宅で土地の面積は三十坪、二階建てで地下室もある。
その地下室は店主が集めたガラクタで、カオス部屋と化していた。
肝腎の店はと言うと、バルク品だらけで正規品は一つもなく、正にパソコンマニア向けと言える。それは、それなりの固定客があった。
光太郎は常連かつアルバイトとして、店に入り浸っていた。
光太郎が店に入ると、店主の竹田文吾はお茶を飲みながら、ポスターを見ていた。
陸奥学園のPRポスターで、モデルは浅野喜久子。プロも顔負けする美貌と、抜群のプロポーションで見た者を虜にする。ポスターの持ち逃げが、後を絶たなかった。
「いらっしゃい……なんだ光太郎か」
「文吾さんこんちわー、暇だから来ました」
「おいおい、こちとら忙しい……と言い返せないのは悲しいな」
文吾と光太郎は笑った。
「いっつも閑古鳥が鳴いてる店で、生活は大丈夫なんですか?」
「まあ、本業は別で店は道楽だな、元々ここは英雄の土地だからいずれは返すつもりだ」
そう呼び捨てにした文吾は白髪もなく、五十代の藤原理事長より若く、三十才くらいに見えた。いや、二十代と称しても通じるかもしれない。
光太郎は文吾の年齢、出身、経歴を何も知らない。聞いても文吾がはぐらかすからだ。
喜久子が「身元不明の天才技術者」とだけ教えてくれた。
「あっ! 文吾さんのその眼鏡、スマートグラスじゃないですか!」
「気づいたか、予備があるからかけてみるといい。それとお前のスマホに連動アプリを送る」
「はい!」
光太郎はスマホ取り出し、直接通信モードに切り替えてアプリを受け取る。
「……よし、後はペアリングだけだ。スマートグラスにある、脇のボタンを押してみろ」
言われた通りに、ツルにあるボタンを押してみると、
《マスター御用でしょうか?》
「うわっ!」
光太郎は思わず驚き、スマートグラスを外して店の中を見渡すが、誰もいない。
グラスをかけ直すと目の前に<撫子>がいた。
ようは拡張現実で実在はしていない人物が、目の網膜に直接映し出されていたのだ。
「すごい! 撫子が立体的になってリアル過ぎる」
「わははは! 驚いたようだな、それだけではないぞ商品を検索してみろ」
「もうやってまーす。商品名から値段まで文字情報が浮き上がって見えます」
「これでお前に商品管理を頼んでも大丈夫だな、かなり仕事が楽になるだろう」
「それが目的で作ったんですか!? 文吾さんPOPを書く気がないから、結局僕まかせですね」
「商品に同品が少ないから流石に面倒だ。その代わりバイト代は弾むから頼むな」
「はいはい、それにしてもこのグラス、色々な事ができそうですね。トレーディングカードゲームが3Dになれば面白そうだし、勉強、料理、観光案内……うむむ、ありすぎる」
応用性に胸をふくらませ、光太郎はかなり興奮してはしゃいだ。
「お前も知っていると思うが、今作ってるメイド型アンドロイドは問題だらけでな、しかも一体がべらぼうに高い。それでは普及せんだろ?」
「確かにそうですね」
光太郎はうなずく。
「そこで、ずぶのド素人でも様々な仕事をこなせる用に作ったのが、このスマートグラスだ。画面上の指示と音声案内、そして撫子のサポートがあれば大概の作業はやれるはずだ」
「完璧ですね。このスマートグラスは、作業チェックもしてくれるんでしょ?」
「賢いな光太郎、そのとおりだ。人間はミスをするし、覚えられる事には限りがあって何でもやれるわけではない。精神論で事に当たる愚か者が、事故を起こすのだ」
「はい、覚えておきます」
「後はこれにセンサーを組み込んで、不良品の見分けをできるようにしたいとこだな」
聞いた光太郎はあきれ顔になる。
「……文吾さーん。簡単に言いますけど、これ一流電機メーカーの技術を超えてますよ。やっぱり未来からやってきた、タイムトラベラーでしょ?」
「はてさてな?」
とぼけた文吾はしみじみ語った。
「……幾ら技術があっても、失敗とイレギュラーはつきないものだ」
突然、店の電話がけたたましく鳴る。二人とも反射的に手を伸ばすが、文吾が受話器を先にとった。
「はい、こちらマルチコア竹田――なんだ喜久子か、光太郎もこっちに……」
文吾の顔が一瞬にして険しくなった。
「なにっ! 反応があった! あれが動いたのか!?」
文吾は大声を張り上げた。慌てて立ち上がり座っていた椅子が転び、受話器を握りしめた手は汗ばんでいた。
いつもは飄々としており、これだけ取り乱した文吾は初めて見る。
(何か大変な事が、起きたな)
光太郎は察した。
「そうか反応だけか……それも時間の問題だな……ああ、今そっちにむかう」
話し終えた文吾は受話器を光太郎に手渡す。喜久子が家族なので、気を使ってくれたのだ。
「もしもし、喜久子姉さん?」
『光くーん、ごめーん、しばらく家に帰れなーい!』
なれなれしく甘ったれた声が、不帰宅を伝えてきた。
「家の方はちゃんとしておきますよ、むしろ姉さんの方が心配ですよ。ちゃんと食べて寝てくださいね、後、顔を洗って歯を磨いて髪をブラッシングしなきゃ駄目ですよ、せっかくの美人が、台無しになりますからねー」
『はーい』
「じゃー切ります」
光太郎は受話器を置いた。
「どっちが保護者かわからんな、わはは!」
「文吾さんも気をつけてくださいよ。この前なんか寝食を忘れて没頭して、二人とも倒れたじゃないですか」
「うっ! やぶ蛇だったな、気をつける。詳しいことは言えんが、しばらく学園の研究室にこもることになるだろう。店は閉めとくか?」
「春休みなんで、バイトさせてください」
「わかった、店はまかせた。何かあったらメールをくれ」
「はい」
店のカギを光太郎に預けて、文吾は外へ出て行った。しばらくすると文吾の車が、店の前を通り過ぎていく。学園に向かったのは言わずもがなだ。
「研究室か……その奥に秘密の部屋があるんだよね。入ってみたいなー」
光太郎はお使いがてらに、部屋にこっそり入ろうとしたことがある。
扉のレバーを回して引いたが、開かなかったので、生体認証鍵だと思いあきらめた。
今も気になっており、好奇心はつきない。
「助手になれば入れてくれるかな? その前に信頼されないとね」
光太郎は店奥の更衣室に向かい、エプロンをつけて静電靴に履き替えた。
店内には戻らず、文吾の部屋の掃除と食器洗いを手早く済ませる。
洗濯物はなく、文吾の服や下着は学園に置いてあった。
それから光太郎は手間をかけて、店内を磨き上げていく。きれい好きの性分だ。
掃除が終わる頃、人の気配がしたので振り返って挨拶をする。
「いらっしゃい、まっ――!」
「こんにちは、竹田文吾様はいらっしゃいますか?」
目の前に美少女がいた。きりりとした口元に、真剣なまなざしで光太郎を見ている。
凜とした表情は高貴さを漂わせ、気品にあふれていた。
人は彼女をお嬢様と呼ぶ、もっとも陸奥市で知らぬ者はいないだろう。
ただ、一般人がお近づきになるのは難しい。彼女は常にボディガードに守られていたからだ。
登下校は車で送迎され、学校内でも教員らが気を配り、生徒らも不用意に声はかけない。
光太郎も遠くから見かけ、
(やっぱり大金持ちって狙われるのかな? 彼女に自由はないな……可哀想なのかな? まあ僕が同情するのはおこがましいか、御縁も無いのにね)と思ったことがある。
そんな高嶺の花が、マニアのパソコン店に訪れるなど、場違いとしか言いようがない。
光太郎は拡張現実かと疑い、スマートグラスを外して見たが本物だった。
藤原有香――理事長の娘である。




