夜明けの決着
「……うっ」
「おお! 気づいたかアン」
「ここはどこ?」
「公園だ」
時は夜。エリスも同じ時間に、同じ質問をしていた。
「良かった。意識が戻ったんだね」
光太郎はアンジェラに、タオルを手渡した。
「光太郎殿が、私を拭いてくださったのか?」
「かなり汚れちゃってたからね。ああ、変なとこには触ってないから」
「わいが見とったから大丈夫だ」
「ありがとうございます。水場があるの?」
「そばに水道があるよ、飲みたいの?」
「いえ、体を洗いたいわ」
泥水の臭いは、きれい好きな女性にとって、我慢できるものではなかった。
まだ髪や体に泥は残っており、完全に落としたわけではない。
洗わなければ気が済まず、それは命よりも優先される。
体の痛みに顔をしかめながら、アンジェラは起き上がった。
甲冑は外され、アンダーウェア姿である。
「あ、無理しちゃいけない」
「大丈夫、動けます。エルコンドル、着替えを出して」
「あいよ」
「じゃー、向こうに行ってます」
「光太郎殿とお話がしたいので、後ろを向いててくれませんか?」
「……はい」
アンジェラは汚れたアンダーウェアを脱ぎ、濡れタオルで体を洗い始める。
冷水をエルコンドルが、お湯に変えて使う。そばに石けんがあったのは幸いだった。
「なぜ、私を見捨てて逃げなかったのですか?」
「アンジェラさんが感電したのは僕のせいですからね。だから、逃げるのは気が引けました。あと、聞きたいことがあったからです」
「どうぞ」
「エリスの後ろを取った時、あの短剣を使えばあっさり片がついたんじゃないですか? それと、鞭じゃない武器を最初から使っていたら、エリスを簡単に倒せたと思います。僕の見る限り、実力差がありすぎました」
アンジェラが持っていた短剣を、光太郎は指さした。
「……そうですね。でも、質問にはお答えできません」
「分かりました」
光太郎はあっさり引き下がる。ある程度は推察しているからだ。
(エリスを鍛えるのが目的? でも、しっくりこないんだよなー……)
「私が言えるのは、このままではエリスは生き残れない。だから引導を渡しに来ただけです」
「決めつけるのはどうかと……」
「私を見てください」
おもわず振り返った光太郎が目にしたのは、月光に照らされ美しく輝く、アンジェラの肌だった。
ただ、アンジェラが見せたかったのは、機械の義手と義足の方だった。
「過去の戦では、私は役立たずの未熟者でした。姉二人に助けられても、この様です」
アンジェラは義眼に手をあてて、思いを吐き出す。
「醜いでしょ? 気持ち悪いでしょ? 近づきたくもない女ですよね? エリスにはこうなってはほしくない……だったらいっそ……」
「あーすみません。僕は別のことを思ってました」
「えっ?」
「義手を直してた時、これ神経伝達はどうなってるのか? 機械と細胞結合に問題はないのか? オリハルコン機関の出力調整は脳波でやれるのか? と……もろもろ興味本位で見てました。メカオタクですんません」
光太郎は頭を下げる。
アンジェラは自身の身体が、忌み嫌われる物と思っていたので、この光太郎の態度は予想していなかった。
思い詰めていたのが馬鹿馬鹿しくなり、笑いがこみ上げる。
「ふっ……あははははは!」
「それと、アンジェラさんの肌と顔、とても綺麗ですよ」
「まあ!」
(……この子は天然の女たらしね。でも、未来に光が差したような気がするわ)
「では光太郎殿。私を触りまくったので、責任をとってください。殿方に肌を触れられたのは、初めてでしたのよ」
「そ、それは不可抗力なわけで……」
「ふふふふふ」
困った光太郎を見ながら、アンジェラは笑っていた。
そして日は昇る。木々の間から差し込む朝日、木漏れ日は森を暖かく照らした。
青空の下、エクリプスはエリスを乗せて飛ぶ。
光太郎の元へと一直線。眼下で手を振る姿を見て、エリスは安心する。
エクリプスは降下し、着陸した。
「来たわね」
「まだ、無理しない方が……」
「勝負の決着はつけないとね、そうでしょうエリス?」
「はい、姉上」
二人は地上で相対する。エリスの顔つきは変わり、心身ともに万全。
一方アンジェラは、感電したダメージが残ったままで、戦うには不利。
光太郎はハラハラしながら、見守るしかなかった。
(やっぱり、家族同士が戦うのは見たくないな……辛い)
「いきます!」
エリスが騎士槍を構えて、少しずつ間合いを詰めていった。
いつものような突進はせず慎重だ。アンジェラは警戒しつつ、鞭を上段に構える。
そして、鞭の間合いに入る寸前。
「なっ!」
エリスがナイトランスを、投げつけたのだ。
もちろん、鞭で防ぐのは無理。意表を突いた、不意打ちである。
それでも咄嗟に、アンジェラは半身になってかわす。
この隙にエリスは背中の剣を抜き、踏み込んで振り下ろした。
「お見事」
エリスの剣は、アンジェラの頭上で止まっていた。光太郎はホッとする。
(寸止めしたのか、良かった)
「姉上! しっかり!」
アンジェラはそのまま倒れ込み、エリスが受け止めた。
「やっぱり戦うなんて無茶だったんだ! すぐ文吾さんを呼ぶ」
「もう、側にいるぞ。早く担架に乗せるんだ!」
「後はまかせて光くん」
大和ラボから文吾と喜久子は、駆けつけていた。
研究員らが、アンジェラを慎重に運んでいく。
「エクリプス、お前も修理だ」
「うむ」
慌ただしく事後処理が進み、気がつけば文吾達は去り、光太郎とエリスだけが公園に取り残されていた。
誰もいないこの機会に、エリスは話しかける。
「光太郎……あの……今まで、悪……」
「あ――!」
「ど、どうした」
「どうやって家に帰ろう? 歩くのはきついなー……あ!」
エルコンドルが、残っていたのに気づく。
「おーい、ハゲタカー! 乗せてってくれー」
「だ・か・ら! ハゲやないと言うとるやないかい!」
「わかった、わかった。僕の家まで頼む、道案内はするからさ」
「なんで、わいが……ぶつぶつ……ったく、早う背に乗れや」
アンジェラが助けられたので文句も言えず、エルコンドルはしぶしぶ背中を許した。
光太郎は翼をスロープ代わりにして、上に乗る。ただ、エリスは立ったまま。
「ん? エリスも乗りなよ。家に帰ろう」
「うー、ああ……そうだな」
エリスは光太郎に謝ろうとしたが、言いそびれた。
うながされるままに、光太郎の後ろに乗る。
「つかまっていいか?」
「うん」
エリスは両腕をのばし、光太郎にしがみついた。
家に着くまでの間、嬉しそうに顔を赤らめていた。




