追っ手と猪娘
それから数日が過ぎる。
光太郎はエリスの面倒を見たり、有香にパソコンやらSNSチャットを教えたりした。
二人は頭が良く、すぐにやり方を覚える。
ただ話をするうちに、娯楽とは無縁の生活をしてきたことを、光太郎は知る。
友達が一人もいなければ無理もない。余暇の過ごし方を聞くと、
「えーと、テレビを見るくらいです」
「趣味? 狩猟だな」と二人は答えた。
春休みの最後の日、三人は有香の家に集まる。
光太郎は楽しみを知ってもらおうと、ゲームに誘う。
「ゲームで遊んでみよう。まずはトランプから」
最初にしたのは神経衰弱。伏せたカードを二枚めくり、同じ数字カードを取っていくゲーム。
結果は光太郎の全敗、記憶力で二人には及ばなかった。
「こんなのは余裕だ」
気分良く勝たせたところで、ババ抜きを始める。光太郎としてはこっちが本命で、勝ち負けよりも、二人の性格を知りたかった。
このゲームで性格はもろに出る。有香はババがくると困った顔になり、エリスはふくれた。
二人とも正直すぎる性格で、感情が顔に出やすい。
(ここまで顔に出されると、勝負にならないな)
「あー負けた、もう一回!」
負け続きの勝ち無しで、エリスは意地になっていた。
勝つまで止める気はないだろう。
(そろそろ教えてやらないと、自分の表情に気づかないんだろうなー)
「あのさ、エリス……あっ」
スマホの着信音が鳴る。
「もしもし文吾さん」
『光太郎、追っ手がきたようだ……もう一度聞くが、本当に乗るんだな?』
「はい、危険なのは承知してます。でも他人事にして逃げたくはないです」
『分かった。こちらは用意しておく』
エクリプスの修理が完了した後、文吾と光太郎はネット電話で話をした。
文吾は「もうエクリプスには乗るな」と言ったが、光太郎はそれを断る。
「ここでエリスを見捨てたら、一生後悔すると思います。なのでやれる限りやってみます」
「そうか……」
文吾は光太郎の覚悟を見て、自分の知識と技術を教えると言った。
こうして光太郎は正式な文吾の弟子になり、大和ラボへの出入りが許される。
「エリス、追っ手がきた」
「わかった。戦う」
エリスに、もはや迷いはない。
生んでくれた母のためにも、戦って生きると決めたのだ。
光太郎は立ち上がり、有香に頭を下げる。
「有香さんすみません。おいとまします」
「有香、また会おう」
「はい、お気をつけて」
挨拶をすませ、二人は足早に部屋から出て行く。
一人残された有香はトランプを手に取り、寂しさともどかしさを感じていた。
「私に何かできることはないのかしら……」
◇
「リーマン・ダイバースエリアだな」
「あの棒で転移座標を固定するつもりですね」
「うむ、不確定座標では転移装置が動く確率はかなり低いからな」
大和ラボで文吾と喜久子は、監視モニターで敵を見ていた。
白い開球体から出てきたのは、ケイロンと言う名の無人機。ケンタウルの上位機種になる。
人型アンドロイドが機械馬に乗っており、体色は茶色。頭に二本の触覚のようなものがついていた。
ケイロンは長棒四本と大きな太い槍を持ってきており、長棒を地面に突き刺しては、根元まで埋めるという作業をしていた。
全部の棒を埋めて正四角形を作ると、ケイロンは槍を構えたまま動かなくなる。
いや、触覚だけは伸びて、せわしなくウネウネと動いていた。
「先生、どうしますか?」
「……うーむ」
文吾が黙ったのは、利己的な考えを捨てきれず迷ったからだ。
(あの棒をあのままにしておけば、追っ手が次々やってくるだろう。それで陸奥市が被害を受ける可能性は大だ。だが……アヴァロンに帰るには絶対必要だ)
文吾にとって帰国は悲願だった。自身のためではなく約束を果たすために。
悩む文吾の耳に、笑い声が聞こえてきた。
『はっはははは! いよいよ戦いがはじまるな』
大和ラボの全てのスピーカーから、英雄の声が響き渡った。
滅茶苦茶やかましく、皆一同に顔をしかめる。
「あの、馬鹿。放送室から引きずり出せ!」
喜久子がスマホをかけて研究員に指示したのだが……
「駄目です。放送室が開けられないように、細工したようです」
ラボ内の設備に鍵はなく、警備は<撫子>が管理し不審者は入ることができない。
緊急時には、隔壁及びシャッターが閉まるようになっていた。
とはいえ、関係者が悪さするとなると無防備である。
『何度も簀巻きにされては堪らんからな、さあ二人を応援しよう。戦闘シーンBGMを聞くが良い。ど・れ・に・し・よ・う・か・な』
英雄は占拠した放送室で、いい気になっていた。
「だったら――」
文吾はジェスチャーで、対策を伝えた。喜久子はうなずき、再度指示する。
研究員達はスピーカー本体の、スイッチを切り始めたのだ。こうなれば放送は聞こえない。
『あっ! こら! 何をす……』
「アホが! そのまま閉じ込めておけ」
放送室の前に重い置物がおかれた。
『だせー!』
英雄はドアを何度も叩くが、防音された放送室から音が漏れることはなかった。
文吾は監視モニターに視線を戻す。
「……あの触覚、アンテナだな、とすると……」
「光くん達がきました」
エリスを乗せたエクリプスは、林を駆け抜けてきた。
ケイロンは反応し、目を光らせて動き出す。胴体から翼が出て飛んだ!
「げっ! むこうは空を飛べるのかよ、こっちは不利じゃん!」
「エクリプスも飛べるぞ」
「聞いてねえ――――!」
「ペガサスウィング」
エクリプスは胴体から白銀の翼を広げた。
光る粒子を放出し、空へと舞い上がる。可変スラスターが火を噴き、加速していく。
あっという間に、上空へたどり着いた。
「羽ばたきはしないんだな、エリスが落ちたりしないのか?」
「翼が斥力場を、我が引力を発生させてるから大丈夫だ。重力加速度(G)も心配ない」
「なるほど――って、むこうは逃げだしたじゃん!」
「追えー!」
エリスの命令にエクリプスは従い、ケイロンにはすぐ追いついた。
ただ、あっさりと背後をとれたことに、光太郎は疑問を抱く。
「……わざとらしい動きだ。こっちが近づいて来るのを、待ってるようだ」
攻撃のチャンスにもかかわらず、光太郎は警戒し速度を下げ距離をとる。
操縦桿を動かし、迂回して接近しようとすると、ケイロンは前を塞いできた。
上昇しても下降しても、高度を合わせて前からどかない。
(わざと隙をみせて、誘ってるな。大体、あの槍も大きすぎて実用的じゃない。多分あれは……)
光太郎が考えてると、焦れたエリスが怒鳴る。
「光太郎、早くしろ! さっさと奴に突っ込め!」
「ちょっと待てエリス、あれは罠だ! エクリプス、指示通りに動いてくれ、まずは……」
「わかった」
光太郎は作戦を開始する。
「よし、まずはギャロップブースト……のふり」
スラスターを断続的にふかし、微妙な加速をつけて、少しずつケイロンに近づいていく。
やがて距離が詰まると、ケイロンの上半身が一八〇度、急回転した。
振り向きざまに、槍頭が飛んでくる。槍はロケット弾だった。
大小のノズルが炎を吹き出し、高速でエリスに向かってくる。
回避は不可能、当たれば即死……それは射線上にいればの話だ。
「やっぱりね」
ケイロンの真後ろに、エクリプスはいなかった。
ロケット弾は当たらず、噴射炎を出しながら宇宙へと上っていく。
ケイロンは体中を回転させて、エリスを発見したがすでに遅し。
「ギャロップブースト・フルスロットル!」
「とっかーん!」
ケイロンの真下から、エリスはランスを突きだす。
バキバキと音を立てながら、ケイロンは真っ二つに裂けた。
そして爆発、飛び散る残骸に紛れて頭部は離脱する。
棒を埋め込んだ場所へと逃げ飛む。
四角型の真ん中に到着すると、閉球体が発生して頭部は消えた。
「どうやら、こちらのデータを取るのが目的だったようだな」
「はい、偵察機ですね」
「光太郎の作戦は見事だった。ケイロンが振り向く前に翼を閉じた……」
「そのまま垂直落下して、槍ロケットをかわして反撃しましたわ」
「今回は上手くいったが、次はまずいことになるかもしれん」
「……光くん」
文吾と喜久子は先のことを心配していた。
「光太郎、面倒くさいことはするな! あんなロケット弾、避けてみせる!」
エリスは戦法が気に入らず、文句をつけていた。
(いや無理、無理、絶対無理。いくら身体能力が高くても、あれは躱せんだろ。それに近接信管か誘導弾だったらあの世行きだ)
「あのなー……」
言い返す前に、エクリプスが割って入る。
「遮音モード。これで中の話は外には聞こえん」
「そんな機能もあるんだ」
「すまん光太郎、間違っているのはエリスだ」
「なあエクリプス、エリスの戦い方って……」
「前に突っ込むことしかしない、知らない、猪娘だ」
「最悪だー!」
「それともう一つ」
「まだあるのー!?」
「人の言うことを絶対聞かん」
「……危険が危ない」
(マジ、なんとか改めさせないと、死ぬなこれ)
家に戻った後、光太郎は話し合いをしようとしたが、エリスは聞く耳を持たなかった。




