第44章 並び立つ二人
(アスティリア視点)
ブリトリアン様は学園を卒業後、様々な公務に追われながらも、必死で鉄道事業を推し進めた。
私も学園に在籍中から、時間を見つけては王城へと出向いて彼の手伝いをした。
でも、あまりにもハードな日々を過ごすブリトリアン様に、体を壊したら大変だから無理をしないでと、泣いて縋って仕事を休ませたこともあったわ。
お母様や王妃殿下ならもっと働けと鞭打つところだと思う。私を好きならもっとがんばれるでしょう!とか言って。
でも私には無理。もしブリトリアンが病気にでもなったら、迂闊な発言をした自分を一生許せそうにもなかったから。
お母様や王妃殿下は結婚してから強くなったみたいだけれど、私は駄目。ブリトリアン様を愛し過ぎて強くなれない。
大体いくら普段から鍛えているとは言っても、ブリトリアン様は熊ではないのだから、お母様のような鬼畜な真似はできないわ!
とは言え、お母様や王妃殿下にはとても感謝している。
私達が学園を卒業してからわずかで一年で念願の結婚式を挙げられることになったのは、偏にお二人のおかげだもの。
想定していたよりもずいぶんと早かったので、式の日取りを殿下に告げられた時は、俄かに信じられなかったくらいだったわ。
実は殿下の同級生には天才的頭脳の持ち主が多くて、各方面で彼らの協力があったおかげでこんなにも早く鉄道が開通したようだ。
何しろ鉄道工事の工程があまりにも無駄がなくスピーディーだったために、各国からの問い合わせが殺到しているくらいなのだ。
とは言え、ここまで短期間で鉄道敷設工事を終えることができた一番の要因は、なんと、ブリトリアン様が鉄道の話を持ち出す前から、王妃様や私の母が密かに鉄道を造る準備を始めていたからだった。
そもそも隣の帝国の線路と接続できたのは、辺境伯夫人であるお母様がその巧みな話術と優れた語学力で交渉を進めてきた結果だそうだ。さすが陰の参謀閣下!
それにしても、そのことをお二人が何故ブリトリアン様にずっと黙っていたのかというと、ブリトリアン様のやる気と能力を確かめたかったからですって。
王妃殿下とお母様は本当によく似ているわ。まさしく鬼母。特に王妃イーリス様は見た目とのギャップが大き過ぎます。
まあ、鉄道建設に協力して下さった王妃殿下や両親には感謝しかないけれど。
それと国王陛下にも。国王陛下は忙しいブリトリアン様の分も外交面で活躍して下さいましたからね。陛下の容姿とトークはさすが王族!って感じで素晴らしいのです。
近頃は王妃殿下も国王陛下を幾分見直されたようで、仲睦まじいお二人の様子を見ているとこちらも少しホッコリします。
とにかく、こうしてブリトリアン様や国王夫妻や両親を始めとする多くの方々のおかげで、王都から鉱山や宿場町、ホーズボルト辺境領を通って、隣国へと繋がる線路が敷かれた。
そのおかげで、辺境領から王都まで丸一日で着くことができるようになり、私の家族や祖父母や親類も、みんなで結婚式に参列してくれることになった。
もちろん今では父の下で働いているギフトチルドレンの仲間達も全員参加してくれる。
まあ、副団長とともに領地に残った辺境騎士団の皆さんにはとっても申し訳ないけれど、式が終わったら、ブリトリアン様が自分の個人資産からお土産を山ほど持たせて下さるそうだ。
何せ彼らはブリトリアン様にとっては、全員が大変お世話になった教師や指導係であり、辛苦を共にした大切な訓練仲間だ。
正直なことを言えば、その辺の貴族の皆さんよりずっと式に参加してもらいたいと思っていることでしょう。
***
そしてついに挙式開始時刻になった。
私はお父様の逞しい腕に手を添えて、バージンロードを進んだ。少しでも長くこうしていたいとでもいうように、体格のいいお父様が小さな歩幅でゆっくりゆっくりと歩いた。
私は大好きなお父様の顔を見た瞬間に涙がウルウルしたが、お父様は目を真っ赤にしてはいたが涙は流してはいなかった。
「お父様は昨日こちらに来る汽車の中でずっと号泣していたの。だから目が真っ赤でしょ。
多分涙は枯れたと思うから、お式の最中に泣き出して迷惑をかけることはないと思うわ」
今朝お母様が言っていた通りだった。
私は父親っ子だった。よそのご令嬢よりも父親と一緒にいる時間が長かったと思う。何せ毎日一緒に朝練をしていたのだから。
幼い頃の私はお父様のような男性と結婚したいと思っていたわ。
だってお父様は体格が誰よりも立派で、誰よりも強くて、誰にでも優しくて、誰よりも格好良くて。そしてどんな悪人でも改心させてしまう心の広い素晴らしい人だったから。
その上お母様を一筋に愛し、私達三人の子供にもちゃんと飴と鞭を上手く使い分け、愛情をたっぷり与えながらも甘やかさず、真っ当な人間に育ててくれたのだから。
でも実際に私が好きになった人は、お父様とは正反対の繊細で静かな人だった。
まあ気持ちはお父様同様に強い人で、その上心優しく愛情深い男性だったけれど。
お母様は熊のように強いお父様の手綱を締めるために、お父様より強くなった。いずれ私も母みたいな強い妻になるのだろうと、周りも自分自身も思っていた。
ところが、私はブリトリアン様を引っ張るというより、後ろからそっと背を押すことしかできなかった。
というよりブリトリアン様は私の手を取っていつも先を進んでいて、その手が離れないように置いて行かれないように彼を追うのが大変だった。
こんな私がブリトリアン様の横に並んでずっと立っていられるのだろうか、そう悩んだこともあった。
しかし、婚約を申し込まれた時、ブリトリアン様に言われた。
「僕は自分の出生の秘密を知った時、このまま生きていてはいけないと思った。自分の存在が汚く思えて鏡を見るのも嫌だった。
何度ペーパーナイフで喉を突こうと思ったかしれなかった。
けれどペーパーナイフを握る度にリアの言葉が頭に蘇ったのだ。
『先ほども言いましたように、殿下がご両親の代わりに罪を償う必要はありません。
罪を償うというのなら罪を犯した本人でないと意味がありませんから。
殿下がこれからすべきことは、過去を正しく知り、それを未来に活かすことですわ』
なすべきことをしないでこのまま死んでしまって本当にいいのか?
このまま僕が死んでしまったら、あの子はどう思う?
自分のせいだと苦しむのではないか?
これ以上僕は罪を増やしていいのか?
消えるにしても、少しだけでも誰かの役に立ててからの方がいいのではないか?
そんなことを考えるようになった頃、貴女からの手紙を受け取ったのだ。ホーズボルト辺境地で養生しませんかというあの手紙を。
貴女は手紙を出した後、距離が離れ過ぎていて却って体調を崩してしまうのではないかと心配していたそうだね。
だけどそれまで王宮の中だけで過ごしてきた僕にとって、その道中は全てが目新しく新鮮で刺激的で、気分を向上させるものだったのだよ。
そして、ホーズボルト辺境地で初めて同世代の子供達と触れ合うことができて、楽しくて仕方なかった。
辺境騎士団の厳しい訓練さえも、真剣に相手にしてもらえたことが嬉しくて仕方なかったよ。
まあ、貴女と一緒に過ごせることが何よりの幸せだったけれどね。
リア、死に面していた僕をこの世に踏みとどまらせ、なおかつ生きる希望を与えてくれたのは貴女なんだよ。貴女はいつどんな時でも僕の隣にいて支えてくれていたんだ。
僕一人ではとても辛くて生きて来られなかったと思うし、これからも前には進めないだろう。だから、これからもずっと隣にいて欲しい」
私はお母様のようにはなれない。それでもそんな私をブリトリアン様が必要だと言ってくれるのなら、ずっと側にいたいと私は思った。だから、三年前のあの日私はこう答えたのだ。
「リアン様が好きです。愛しています。だからどうか一生隣にいさせて下さい」
するとブリトリアン様は、メッシュの髪やオッドアイの色がみんな入り混じったよう美しい光を放ち、破顔したのだった。
そして今、お父様から私を委ねられたブリトリアン様は、緊張しつつも真剣な眼差しをお父様に向けた。それから、
「生涯をかけて貴方の大切なお嬢さんを愛し、守りぬくことを神に誓います」
と、お父様と神に宣言して下った。
それから、三年前と同じようにブリトリアン様色の美しい光を放ちながら、私に優しく誓いの口付けをしてくれたのだった。
これで完結です。
続けて登場人物紹介を投稿します。
最後まで読んで下さってありがとうございました!
そして、感想、誤字脱字報告もありがとうございました。




