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第43章 結婚までの道のり


(アスティリア視点)


 とうとう待ち望んでいた結婚式の日を迎えたわ。まさか学園を卒業した一年後に式を挙げられるとは正直思っていなかった。

 それは別に早く結婚したくなかったというわけでないわ。本音を言えばブリトリアン様が卒業した時、婚約ではなくて結婚をしたかったくらいだったのだから。

 だって、ブリトリアン様は学園を卒業したらますます表に出る機会が多くなる。

 そうしたら才気煥発で見目麗しく、しかも優しいお人柄のあの素晴らしい王太子殿下を、周りの女性達が放っておくはずがないもの。


 正式にブリトリアン様の側近になったディズベル様やオースティン様は、自分達が殿下を守るから安心してと言ってくれたけれど、他国の王族の姫様達にでも目を付けられたら断われないじゃない、と思ったのだ。

 まあ、実際にブリトリアン様に嫁ぎたいと申し込んできた姫君は何人もいたらしいが、ブリトリアン様の耳に入る前に王妃様とお母様が排除したそうだ。

 それは最近になって聞いたのだけれど、断わられた姫君達は、その後すぐに他の方の元へ嫁がれたそうだ。

 

「あれは我が国の女帝に恭順の意を表明するためだね」

 

 と、ブリトリアン様の三人目の側近になったノリス様が言っていた。

 申し込みのあった国々はほんの少し前までは、我が国と同等若しくは少し上の国力を持っていたのだが、近頃はその立場が逆転しているのだそうだ。

 以前はバラバラで纏まりの悪かった防衛力が、王家の近衛隊と王国騎士団、そして辺境騎士団の連携が強固で密なものになったことで、他国への睨みが効くようになったらしい。

 

 その上以前から王妃様が手掛けてきた農地や産業構造の改革が、ブリトリアン様の力が加わったことで、さらに加速的に進んだ。そしてそこに王都から隣国まで鉄道が敷かれたことで、国力も経済も右肩上がりらしい。

 我が国は地下資源が豊富だ。そのために以前からそれを原材料とした様々な工業製品が造られている。

 ところが我が国は海に面していない上に、川幅の狭い水路しかないために、これまでは陸路を馬車で荷を運んでいた。

 そのために、どうしても日数がかかるし大量に物が運べないのでコストがかかり、価格競争で他国に負けてしまっていたのだ。

 しかし鉄道のおかげで大量の人や荷が短時間で運べるようになったため、商品のコストが下がり他国からの需要が増大したのだ。


 もちろん鉄道を敷設するためにかなりの初期投資が必要だった。

 しかし我が国ではもともと鉄鉱石が採れて鉄鋼業が盛んだったし、石炭も豊富で自前で原材料の多くを揃えることができたので、かなり割安で鉄道網を完成させることができた。

 しかも若い貴族達が積極的に投資をしてくれたこともあって、それほど国は税金をつぎ込まなくても済んだ。

 

 まあこのような状態だったので、なおさらブリトリアン様にアプローチする者が国内外関係なく多かったというわけだ。

 しかし、王太子と辺境伯家の令嬢との婚姻を邪魔するような者がいる国とは、一切貿易はしないという国王ライオネル陛下のお達しが各国に出回るようになった結果、王太子殿下にちょっかいを出す者はいなくなったそうだ。

 なにせ各国で今や鉄道ブームが沸き起こっているのだ。

 しかし、我が国と貿易ができなくなると鉄鉱石及びその加工品を入手するのが難しくなるからだ。

 

「アスティリア嬢が鉄道を敷くように王妃殿下や王太子殿下に進言して下さったから、我が国は急激に発展することができたのです。本当にありがとうございます」

 

 私は学園在学中に官吏試験に合格した。そして卒業した後、一年だけ王宮の女官として働いた。

 その時に王宮だけでなく、城内で働く多くの官吏達からそう感謝された。

 私は恐縮してそれらを否定し続けたのだが、謙遜していると思われただけだった。

 

 私は何も偉そうに進言をしたのではない。ただ王妃様が文通をしていた時、私が何げない願望を綴ったことがきっかけになったらしい。


『遠いエンゴーグ国で発明された鉄道なるものが我が国にもできたら、計算をしてみたところ王都から辺境の地まで一日で着くようです。

 もし汽車で移動することができたら、ブリトリアン様の旅がもっと楽になるのになあ、と思います』


と私は書いたのだ。

 何しろ王都から辺境地まで馬車で片道5日もかかるのだ。

 まだそれほど体が丈夫でなはなかったブリトリアン様が、年に何度も青息吐息状態でいらっしゃることが気の毒で申し訳なく感じていたのだ。

 養生のために誘ったのに、全くブリトリアン様の養生にはなってはいないじゃないかと、ずいぶん後になって気付いた私は酷く落ち込んだからだ。

 

「姉様って頭がいいけど馬鹿ですよね。その上鈍い」

 

 さらに弟のクリストフからもこんな追い打ちをかけられて、かなりのダメージを受けていたのだ。

 もっとも日々の忙しさにかまけているうちに、そんなことはすっかり忘れていたけれど。

 ところが、二年前にブリトリアン様の卒業パーティーに向かう途中で、ギフト仲間の話が出た時にふと私はそのことを思い出したのだ。

 

 結婚して王都で暮らすようになったら、もう大切な仲間達とはあまり会えなくなるかも知れない。

 ううん、仲間達だけではない。かわいい弟達とも愛する両親とも。

 だって王都から辺境地まで片道五日もかかる。往復で十日。用事を済ますためには半月は必要だ。妃になったらそんな日数城を離れられるわけがない。

 結婚式だって、家族揃って祝ってもらえないかも知れない。

 そんなことを考えて涙が溢れてしまった。今頃気付くだなんて、なんて馬鹿なのだろうと。

 

 そして泣き出した私に、ブリトリアン様は慌ててハンカチを取り出しながら、

 

「我が国も隣国のように鉄道を敷こうと考えているんだよ。鉄道が出来れば、王都から辺境地まで丸一日で行けるようになる。

 そうなれば気軽に彼らにも逢えるようになる。だから泣かないで」

 

 と言ったのだ。だから私は深く考えもせずに、咄嗟にこうお願いしてしまったのだ。

 

「それではなるべく早く鉄道を敷いて下さいね。うちの領地まで鉄道が敷かれたら結婚式を挙げましょう。

 そうすれば多くの人達にも出席してもらえますものね」

 

 ブリトリアン様は真っ青になっていたことだろう。何せ鉄道を敷くことは大事業であって簡単なことではない。完成するのにどれほどの時間がかかるかわかったものじゃないのだから。

 真面目なブリトリアン様のことだ。王都からホーズボルト辺境領まで鉄道を敷かなければ、私と結婚ができないと真剣にそう思ったに違いない。

 

 自分の都合しか考えられなかったなんて、私は王太子妃になる覚悟がまだ足りていなかった。そんな自分が情けなかった。

 しかも自分だってすぐにでも結婚したかったのに、自分からそれを先延ばしするような発言をしてしまったことに、私は酷く落ち込んでしまった。

 弟の言う通り本当に私って馬鹿で鈍かったわ。一体いつになったら、私はブリトリアン様と結婚式を挙げることができるのだろう。

 あの卒業式の夜、私はベッドの中で一晩中後悔の涙を流し続けたのだった。


読んで下さってありがとうございました!


次の章で話的には完結します。その後登場人物の紹介を載せようと思います。

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