第42章 国王の懺悔(ざんげ)
「陛下、今さらですが、オークウット元公爵の処分はずいぶんと軽かったですよね。国家転覆罪ですよ。
いくら陛下の従兄だとはいえ、当然死刑命令が下る案件だったと思うのですが」
ガースン=ホーズボルト辺境伯が体に似合わない上品な仕草で紅茶を飲みながら、国王に向かってこう言った。
すると、アイナワー王国の国王ライオネルはこう言った。
「オークウット元公爵は貴方の友人だったというのに、ずいぶんと冷たい言い草だね」
「私はずいぶんと鈍い男みたいです。前々から妻や娘からはそう言われていたのですがね。
学生時代は彼とは特に親しくはなかったのですよ。同じ武芸の道を志していたはずなのに、何故か接触がなくて。
それでも卒業後に彼が度々遠い辺境の地まで遊びに来てくれていたので、すっかり友人だと思っていましたよ。こっちはね。
まさか彼が僕と娘を利用しようと近付いてきたとは思いもしませんでしたからね。
だから、陛下が子供達の婚約申請を破棄し続けてくれたことには、心から感謝しているのですよ。たとえそれが陛下の思い違いだったとしてもね」
「ははは。息子にもそう言われたよ。あれが唯一父親に感謝していることだとね」
王太子殿下が陛下に感謝することといったら本当にそれくらいしかないだろうとガースンも思ったが、武人の情けでそれは口にしなかった。
「彼からは何度か謝罪の手紙をもらいました。許すと返事を返しましたが、さすがにもう友達だとは思えませんよ。
彼から一方的に憎まれていた事実を知ってしまったらね。しかも勘違いで。
無駄なプライドを捨てて正直に話してくれていたら、そんな誤解もすぐに解けたでしょうに。僕には無理ならせめてご自分の奥方にでも」
「その通りだよ。貴方のように正直に自分の思いを伝えられていたら、彼も私も失敗しなくて済んだのだろう。
無駄にプライドが高いのは、やはり王家の血筋なのかな。
私が従兄への罪を重くできなかったのは、彼に対して罪悪感があったからなのですよ」
「何故陛下が罪悪感を抱く必要があったのですか?
貴方の元婚約者を妻にできて幸せな私が言うのもなんですが、貴方にあの男爵令嬢を作為的に近付けたのはオークウット元公爵だったのですよ。
そして貴方に婚約破棄をさせ、その醜聞を広めて王位継承権を奪おうとしたのでしょう?
いわは貴方を不幸に陥れた張本人ではないですか!」
オークウット公爵令息ディズベルの告白によって、オークウット公爵の悪意を知った王太子達生徒会役員は、卒業の五か月前に密かに動き出した。
しかし当然ながらそんな彼らの動きは、王宮の影に知られてすぐさま王妃や宰相の耳に入り、最終的にはガースン=ホーズボルト辺境伯の知るところとなった。
そして結果的に皆で協力して、オークウット公爵の陰謀を未然に阻止しよう、ということになったのだ。
事が大っぴらになれば王家の威信に関わるし、第一、昔はともかく今は改心して、王太子の優秀な側近になりつつあるディズベルを、潰したくないという皆の思いが強かったからだ。
そしてオークウット公爵の過去を調査していくうちに、彼と件の男爵令嬢の繋がりが分かったのだ。
それは二十数年前のこと。王都の片隅のとあるパン屋で働く娘が、もしかしたら魅了持ちかもしれないという噂が密かに流れていた。
彼女が働くようになってからというもの、そのパン屋は行列ができるほどの人気店になったからだ。パンの味はそれほど変わらなかったというのに。
たまたまその噂を耳にした当時のオークウット公爵の令息が、身持ちが悪いと評判のゴックス男爵に、そなたと昔関係があったメイドとの間に娘が生まれているぞと、子飼いの貴族を使って嘘を教えたのだ。
その男爵は手駒にできる娘を欲しがっていたので、よく調べもせずに喜んでその娘を養女とした。
その娘の名前はジャネット。ピンク色の綿菓子のような頭に黒い瞳をした、それはもう愛らしい少女だった。
たとえ魅了持ちでなかったとしても、大概の男には好かれるだろうという風貌をしていた。しかも甘ったるい話し方をするおねだり上手のやり手だった。
その娘は義父の命で高位貴族の令息達を次々と魅了していき、ついに王太子まで落としてしまった。
男爵はそこまで高望みをしていたわけではなかったのに、ジャネットはオークウット公爵の息のかかった者に誘導されたのだ。
しかし最終的にはオークウット公爵の計画は失敗に終わったのだ。
王太子を罠にかけてその評価を下げたことには成功したが、彼は廃太子にはならないどころか立派な後継者まで作ってしまったのだから。
そして一連の出来事は誓約魔法で封印されてしまった。まあそれ故にオークウット公爵の中途半端な陰謀もバレることもなく闇に葬られたのだから、そのまま大人しくしていれば平穏無事に過ごせたのだが、彼は自分の願望を捨てられなかった。
自分が国王、あるいは国王の父となれば、妻は自分を見直し敬ってくれるのではないかと思ったのだ。あの辺境伯の息子よりも自分の方が優っていると思ってくれるのではないかと。
「従兄であるパトリックと婚約者はとても仲睦まじくてね、それが僕にはとても妬ましかったのだ。
僕と婚約者はあまり上手くいっていなかったからね。
まあ、それは優秀な彼女に私が引け目を感じて拗ねていただけで、本当は素直に好きだと言えば良かっただけなのだが。
そんな鬱屈していたある日、僕はたまたまホーズボルト辺境伯令息、そう貴方の噂を聞いたのですよ。とにかく美丈夫で女性に非常にモテる令息だと。
だから私はパトリックにこう言ったのですよ。
『貴方の婚約者は、ホーズボルト辺境伯の令息のガースン卿に夢中みたいだよ。自分の婚約者よりも勉強も運動も上。その上逞しく鍛え上げた体躯が素敵だわって本人に言っていたぞ』
ってね。
もちろん私はまだ学園に入学する前だったので、本当はホーズボルト辺境伯のご子息だった貴方を見たことなどなかった。それにパトリックの婚約者ともほとんど話をしたこともなかったのにね。
彼ね、何をやっても僕より勝っていたくせに、僕に対して異常なコンプレックスを持っていたのだよ。
彼も王家のシンボルである金銀メッシュヘアーをしているだろう? でもね、銀の部分は染めているのだよ。
王家のシンボルといっても、王家の人間が百パーセント金銀メッシュヘアーやオッドアイを持つわけじゃない。特に直系でないとね。
だから彼もそれほど気にしなくてもよかったのだが、彼はかなり気位が高かった。
そんなパトリックが、ライバル視をしていた僕から婚約者の不義理を知らされたのだから、余計にプライドが傷付いたのだろう。そのせいで彼女に異常なほど不信感を持ってしまったのだと思う。
そう。彼を今のような情けない人間にしたのは僕だったのだ。
自分が愛する婚約者と上手くいかなかったからって、幸せだった従兄を一方的かつ理不尽に妬んで嫌がらせをした結果、あんな結果を生んだのだからね。
諸悪の根源である僕が罰を受けたのは当然の結果なのだよ。
しかしそのせいで元婚約者であるエリスティア夫人や妻のイーリス、そしてオークウット前公爵夫人は理不尽な目に遭わせてしまい、ただただ申し訳ないと思っている。
それとアスティリア嬢やブリトリアンにも」
全ての元凶は目の前の国王だったのか! 大抵のことでは動じないホーズボルト辺境伯もさすがに驚嘆して、すぐには言葉を発せられなかった。
そんなホーズボルト辺境伯を見て、国王はニコリと笑ってこう言った。
「こんな私の元に娘を寄越すのが嫌になったかな?
でも今さら反対しても遅いよ。明日はもう二人の結婚式なのだからね。
でも心配しなくても大丈夫だ。ブリトリアンが私に似ているのは容姿だけで、素直に自分の気持ちを表せないという王家の悪癖を、息子は受け継いではいないから。
私とは違って息子は、顔を合わせる度に愛している、大好きだと婚約者に告げているよ。貴方同様にね。全く羨ましい限りだ」
「心配なんかしていませんよ。父親である貴方よりも、むしろ私の方がブリトリアン殿下のことはわかっていますからね。
大体私やご自分の息子を羨んでいないで、いい加減に陛下もご自分の妻に愛を告げたらいかがですか?
そうしないと子育てが終わったからと離縁を言い渡されてしまいますよ」
ホーズボルト辺境伯が呆れてこう言うと、国王はいい年をして少し頬を染めながらも不安そうに、年長である臣下にこう尋ねた。
「私は自分の罪滅ぼしをまだ何もしていない。それなのに、幸せになっていいのだろうか」
するとホーズボルト辺境伯はまるで可愛い弟でも見るように、慈愛の籠った目をしてこう言ったのだった。
「確かに陛下は国王になってから何もしていませんよね。でも、それはわざとだったのでしょう?
イーリス王妃殿下や私の妻、そしてブリトリアン殿下が好きに国政を動かせるように。
口出しはしなくても、陛下は彼らを陰からフォローしていたことは、皆ちゃんと分かっていますよ。だから罪滅ぼしはもういいのではないですかね。
まあオークウット前公爵夫人に対しては悔いが残るでしょうが、それに関しては女性陣が対処してくれることでしょう」
と。
読んで下さってありがとうございました!
(注!)
もし国王夫妻がやり直すとしても、それは精神的な結び付きのことになるのでは?と思います。
国王と辺境伯は王妃の秘密をしらないので。お気の毒ですが。




