表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/45

第41章 公爵の誤解

 そろそろ、この話も終盤に近づいてきました。


 学園の講堂の中は異様な興奮状態になっていた。

 ただ一部の者達は、そんな盛り上がった雰囲気の中で戸惑いを覚えていた。この状況下でもまだ、これから自分達はどうすべきか悩んでいたからだ。

 しかし、

 

「さっき王太子殿下が踊っていらしたパートナーって、ホーズボルト辺境伯家のご令嬢じゃないのか。

 焦げ茶色の髪に薄茶色の瞳、辺境伯にそっくりじゃないか」 

 

 と誰かが漏らした呟きで、ほとんどの者達が自分の立ち位置を決断した。

 ところが、この期に及んでもまだこの状況を把握できない者が一人いた。

 

『何故彼らがここにいるのだ。娘はまだ卒業生ではないというのに』

 

 オークウット公爵がそう思いながら彼らを睨み付けていると、左足の甲に激痛が走った。目の前の妻に靴で踏み付けられたのだ。

 

「痛い? いつもよそ見ばかりしているからよ。私はもっと痛い思いをしてきたのよ。この二十年。

 貴方にとって私は一体なんだったの?」

 

「お前こそ昔の男のことばかり考えているくせに何を言っているのだ。今だってあの()()をじっと見ていただろう?」

 

「昔の男ですって? 誤解を招く言い方をしないで。あの方を恋愛対象にしたことなんて一度もないわ。

 当時の同級生の女性徒は皆、舞台俳優に憧れるようにあの方を見ていただけよ。現実世界じゃなくて遠い世界の人としてね。

 だってどんなに素敵で格好が良くても、王都から遠く離れた辺境の地へ嫁ぎたいとまで普通思わないもの。

 まさか貴方が本気で私の浮気を疑っていたとは思わなかったわ。

 婚約中に私が浮気したと思っていたからその仕返しに、『お前を愛することはない』と初夜に言ったのね。

 そしてすぐに愛人を作って、わざわざ屋敷に引き入れて嫌がらせをしたという訳ね。

 呆れたわ。この二十年貴方の好みの女になろう、振り向いてもらおうと努力してきたけれど、全て無駄だったわ。馬鹿らしい。

 跡取りの息子も立派に成人したことだし、いい加減別れましょう。もう政略結婚をしている必要性もないし。

 これまで日陰の身で辛い思いをさせてきたあの人を、どうぞ後妻に迎えて下さいませ」

 

「何を言っている。没落男爵家の娘など公爵家の妻にできるはずがないだろう!」

  

「そんなことは知りませんよ。好きにして下さい。私にはもう関係ありません」

 

「関係ないないってことはないだろう。我が家とお前の実家は一心同体だ。子が一人前になったからといって政略結婚が不要になるわけがないだろう」

 

「ご心配なく。両家の繋がりなら切れることはありませんよ。

 先ほど貴方もご覧になったでしょう。今ディズベルは私の弟の娘であるアンジェラと結婚を前提にしたお付き合いをしているのよ。

 あの子も一度苦い経験をしたから、今度は同じ過ちを繰り返さないでしょう。きっとうまくいくわ。それに貴方という反面教師を見てきたことだし」

 

「心配なくだと! 何を言っているのだ」


 とオークウット公爵は激昂した。

 

「何故ディズベルがお前の姪と結婚するのだ。馬鹿なことをぬかすんじゃない。

 ディズベルはアスティリア嬢と婚約するのだぞ!」

 

「貴方こそ何を言っているのです。ディズベルとアスティリア嬢の婚約のお話は三年前になくなったではありませんか!」

 

「学園に入ってから()()は努力し頑張って、アスティリア嬢に認めてもらえたというではないか! そうディズベルから聞いているぞ」

 

「ですからそれは友人として認めてもらえたということですよ。

 あれほど失礼なことをしたのに、友人にして下さるなんて、本当に心の広いご令嬢です。

 さすがは()()()()をお許しになったエリスティア=ホーズボルト辺境伯夫人のお嬢様だわ!」

 

 妻の言葉を聞いたオークウット公爵はようやく、自分がこれまで勝手な解釈をしてきたのだということに気が付いた。

 つまり、ホーズボルト辺境伯と手を組んで王家に対抗するという自分の野望は、何か事を起こす以前、計画の途中で霧散していたということだ。

 三曲目が終わると、オークウット公爵夫人は夫の手を離してこう言った。

 

「これが私達のラストダンスでしたわね。さようなら」

 

「待ってくれ! 

 私はあの男に嫉妬していただけなんだ! 

 あいつを見返してやりたくて、国王になりたかったのだ。そうすれば君が私を見てくれるのではないか、と思ったのだ。でも誤解は全て解けた。やり直そう」

 

「私はずっと見ていましたよ。貴方があの愛人と愛し合っているところを。それでもう十分です」

 

 夫人はもう夫を振り返ることもなく、背筋を伸ばして講堂を出て行った。

 


 ***



 オークウット公爵家は領地を三箇所持っていた。

 しかし、学園の卒業式が済んだ後に、もっとも大きな領地を国によって取り上げられた。

 そして残った二つの領地のうち、寒冷地帯にある狭くて貧しい方の領地に、その後オークウット公爵は愛人を伴って移り住んだ。

 

 国家転覆計画未遂、隣国との不正取引、反国王派との裏取引など、様々な犯罪を起こしていたオークウット公爵は裁判で有罪となった。

 しかし王家の血を引く公爵家の犯罪が公になると、ようやく持ち直してきた王家の求心力が再び損なわれてしまうと判断されて、その裁判は非公開になり、オークウット公爵や彼と密約を交わしていた貴族達は秘密裏に処罰された。

 今回の件は、本来なら連座制に問われてもおかしくはなかったのだが、国は前当主の子や妻や親類の中から後継者を選定してその家を継がせた。


 貴族の家が取り潰されて、一番迷惑がかかるのは領民だ。別の領主の選定にはかなりの時間を有するし、国が一時的にそれを預かっても、運営する余裕がないからだ。

 もちろんそうは言っても、彼らはその罪によって罰金刑を受けて、領地や財産の一部は没収され、罪を犯した当主は全員強制的に引退させられた。そしてその後は新当主の命で、好き勝手ができないように各自の領地内で隔離されることになったのだった。

 

 



 当初オークウット公爵は、妻子や親戚一同からいくら説得されても離婚に応じなかった。たとえ奪爵されても離縁しないと。

 そして恥も外聞のなく、妻を愛しているからもう一度やり直したいと訴えた。

 奪爵などされることがないと高を括って発言した父親に、新たにオークウット公爵となったディズベルが言った。

 

「貴方は妻を愛していると言いながら、自分の幽閉先に何の罪もない妻を引っ張り込むつもりなのですか? それが貴方の愛ですか?

 それに、今まで貴方が愛していると言っていた女性のことはどうするのですか? 狭い屋敷に三人で暮らすのですか?

 彼女が貴方と別れるというのなら、ある程度の生活費を支払うと提言しましたが、そのつもりはないそうですよ。

 立派な大人なのですから、父上がちゃんと責任を取って下さいね」

 

 オークウット公爵はようやく自分の罪を認識した。そして、両手を床につけて懇願した。

 妻に好きな人ができて再婚したくなったら、必ず離婚に応じる。

 だからそれまでは名前だけでもいいから妻でいて欲しい。夫として謝罪する機会を与えて欲しいと。

 

 するとずっと虐げられ続けてきたはずなのに、妻はそれに応じた。一番下の子が成人するまでは離縁はしませんわと。

 それにこの年になって出戻りになったのでは、実家の弟夫婦に迷惑をかけるし、孫ができたらその面倒もみたいからと。



読んで下さってありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 夫婦としての愛はないけど情はあるっとことなのかな~。家庭内離婚状態になって、始めからやり直した方が建設的ではあるよね、オークウット公爵。 ちゃんと愛人にも話通してるあたり、息子の方が建設的。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ