第39章 挙式の条件
「どうやら母親二人、いやみんなにハメられたようだね」
アスティリアのエスコートをして講堂に向かって歩きながら、ブリトリアンが言った。
「卒業パーティーには一人で参加すると告げたのに、母上が何も言わなかったからおかしいなとは思っていたのだ。しかし、まさかエリスティア夫人とこんなサプライズを計画していたとは」
「ブリトリアン様はお一人で参加されるおつもりだったのですか?」
「当たり前でしょ。貴女以外の女性をパートナーにするつもりはないよ。今日だけでなくこれからも」
「てっきりエメリア様をパートナーにされるのかと思っていました。周りでは皆さんがそう仰っていたので」
クスリと笑いながら言ったアスティリアの言葉に、ブリトリアンは不思議そうな顔をした。
エメリアとは近衛第一騎士団の団長ノリス=コールウェイト伯爵の娘で、マインの双子の妹だ。彼女は可憐でお淑やかなご令嬢で、王城のパーティーで何度か言葉を交わしたことはあるが、学園内ではまともに会話したこともなかった。それなのに何故そんな噂が出回るのだと。
「エメリア嬢には婚約者がいると聞いているよ」
「知っています。だからこそお二人は禁じられた恋に苦しんでいるって」
「冗談じゃない。僕は学園でそんな不誠実な人間だと思われていたのか! まさか、貴女までそんな噂を信じてはいないよね?」
ブリトリアンは本気で腹を立てていた。自分が父親同様に平気で人の道を外れる真似をする人間だ、と思われていることがショックだったのだ。
自分はアスティリア一筋だというのに。
「もちろん私はそんな噂は信じていませんでしたよ。おそらく皆さんだって本気でそんな噂は信じてはいないと思います。
ただ、みんな悲恋とか、禁じられた恋とか、運命の恋とか、真実の愛とかに憧れるじゃないですか。
しかも丁度目の前にはお話に出てくるような素敵な王子様まで在籍していたのですよ? つい劇的なロマンスを期待してしまったのでしょう。
ところが、現実の王太子殿下には婚約者もいなければ、親しくしている女生徒もいない。ですから皆さんがっかりして、勝手に妄想を膨らませたのだと思います」
「理解できない。僕は貴女しかいないのに」
「うふっ。確かにそんな噂は気分のいいものではないですよね。でも殿下には申し訳ないのですが、私は少しだけ嬉しかったのです。そんな誰でもわかるありえない噂話が出るほど、ブリトリアン様が誰ともお付き合いされていなかったということが。
入学するまでずっと不安だったのですもの。もしブリトリアン様に好きな方ができていたら、そしてこれからできたらどうしようって」
「そうだったのか。
貴女の気持ちを確かめるのが怖くて、なかなか告白できず、不安にさせてごめんね」
「いいえ。私だってずっと好きだって言えなかったのですから同じですもの。どうせ結ばれることなどないと勝手に諦めていたのですから。
でもまさか、お母様が私達を認めてくれるとは思ってもいませんでした」
二人は講堂の入り口の前で足を止めると、そこで見つめ合った。
「僕もディズベル君達三人が、僕達の交際を認めてやって欲しいと、貴女のご両親に会いに行ってくれて、しかも了承されたと聞いた時は本当に信じられなかったよ」
「あの時ブリトリアン様は、ご自分抜きで三人だけリゾート地に遊びに行ったと、珍しくおかんむりでしたものね。
でも、ディズベル様、オースティン様、マイン様には本当には感謝しかありません。もちろんノーマン様にも。
それに最初は反対していたギフトチルドレンの仲間達も、最終的には私達を応援してくれたようで嬉しいですわ」
すると、ギフトチルドレンが最初は反対していたと聞いて、ブリトリアンは少なからずショックを受けた。自分も彼らの仲間の一人のつもりだったからだ。
しかし、そんなブリトリアンの困惑している顔を見てアスティリアはこうフォローした。
「ブリトリアン様のことは、みんなも仲間だとちゃんと認識していると思いますよ。それでも嫉妬したのでしょう。私を取られてしまうと。
それに寂しくなると感じたのだと思います。私がブリトリアン様と結婚したら、ずっと王都で暮らすことになって、卒業後ホーズボルトへ戻るみんなとは滅多に会えなくなってしまいますから。
十歳の誕生日の日に牧師様から、私達七人は共に行動をし、助け合うようにと言われてから、それこそみんなずっと一緒でしたからね」
別れたくないと王太子殿下の悪口をいいつつも、最終的には自分達を応援し協力してくれた仲間達を思って、アスティリアは涙ぐんだ。するとブリトリアンはハンカチで彼女の涙を拭いながらこう言った。
「今僕はね、この王都から隣りの帝国まで鉄道を敷きたいと考えているんだよ。鉄道が出来れば、王都から辺境地まで丸一日で行けるようになるからね。
そうなれば気軽に彼らとも逢えるようになる。だから泣かないで」
「ちょくちょく帰れる?」
「僕の妃になったら、そう頻繁に王都を離れることは無理かもしれない。だから、彼らに来てもらえばいいよ。もちろん貴女の大切な家族にも」
「では、なるべく早く鉄道を敷いて下さいね。あ、そうだわ。王都からうちの領地まで鉄道が敷かれたら結婚式を挙げることにしましょう。
そうすれば多くの人達に出席してもらえますものね」
アスティリアは急に笑顔になって、嬉しそうにそう言ったが、反対にブリトリアンは青くなった。
何せ鉄道を敷くなんてまだ机上の空論で、草案だって作ってはいないのだから。
しかし鉄道を敷かなければ結婚式を挙げられないのなら、できるだけ早く施工計画書を作り、完成させなければまずい。
ブリトリアンは今後の手順を頭の中で算段し始めた。しかし、エスコートをしていた腕をアスティリアに揺さぶられて我に返った。
「ブリトリアン様、今は取り敢えず目の前のことに集中しましょう。私達にとって最初の一歩ですから」
その言葉にブリトリアンはアスティリアを見た。そしていつもの穏やかな微笑みを浮かべて頷くと、開かれた扉から彼女と共に講堂の中へ、堂々と胸を張って入って行ったのだった。
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