第36章 モラトリアム(猶予期間)
ベンティガ伯爵の予想通り、オードンの町のリゾートホテルでホーズボルト辺境伯夫妻と面談した三人組は、夫妻からとても感謝された。
自分達の子供達をそこまで思ってくれてありがとうと。
そしてこれからもどうかずっと彼らの側で見守ってやって欲しいと。
夫妻は自分の娘と王太子との思いなどにはとうに気付いていて、静かに見守っていたのだった。
子供達……
ホーズボルト辺境伯夫妻のこの言葉に、彼らが王太子殿下のことも大切な我が子だと思っていることがわかり、三人は心からホッと安堵したのだった。
皆で夕食を共にしながら、今後のことを話し合った後、翌日の早朝にはホーズボルト辺境伯夫妻は辺境地へ戻って行った。
若者達三人組も夫妻を見送った後ですぐに帰路に就こうと思っていたのだが、ベンティガ伯爵にこう言われた。
「せっかくの秋休みにこんな素晴らしいリゾート地にやって来たのだから、数日遊んでいきなさい。
ホーズボルト辺境伯夫妻が既にホテル代を支払って下さっているから。
我が家の馬車と御者も置いていくから好きに使いなさい」
そして小遣いまで手渡してきた父親に、オースティンは喫驚しながら、何故?と尋ねた。
すると父親はかつて見たことのない、慈愛というか何か憂えるよう笑みを浮かべてこう言ったのだった。
「これから君達の人生はかなりハードなものになりそうだからね。まあ、最後のモラトリアム(猶予期間)を楽しみたまえ」
それを聞いた三人は、その甘い言葉の奥に隠された厳しい未来を暗示されたようで、ブルッと身震いしたのだった。
彼らは秋休み中目一杯遊んだ。最後の自由を謳歌するかのように。
いや、まるでやけくそのようにと言った方が正しかったかもしれない。
そして彼らのその勘というか未来予知は当たっていた。学園に戻ってからの彼らの生活は、以前にも増してハードなものになった。
というのも、元々彼らは授業や生徒会活動で忙しかったというのに、それに加えてしばしば王宮に呼び出されるようになったからだ。
そして王太子と共に、王妃殿下や宰相や近衛騎士団長、そして公安機関の役人達との会合にまで強制参加させられるようになったのだ。まだ学生だと言うのに。
「あのぉ~、僕は先輩方と違ってまだ官吏試験に合格しているわけではないのですが」
まだ二年生のマインはこう言ったのだが、
「特例でお前は既に特別官吏としての身分になっているから大丈夫だ。身分証明書は後で私が手渡す。それがあればおまえ達は王城や王宮に自由に入れるよ」
と近衛第一騎士団長である父親のノリス=コールウェイト伯爵に言われてしまった。別段マインは、王城や王宮に自由に入りたいとも思っていなかったのにだ。
そしてそれから間もなくして、マインの他にも六人の特別官吏が加わった。
しかも彼らは皆マインより一つ年下の一年生で、しかも平民だった。どこかで見た顔だと思ったら、彼らはいつもアスティリア嬢の側にいる者達だった。
そう。彼らはガースン=ホーズボルト辺境伯が保護していた領民の子で、これまで領地でアスティリアと共に学問や武術を学んでいた彼女の幼なじみだった。
彼らは全員優秀だったので、アスティリアと共に今年学園に入学していたのだ。
そう言えばブリトリアン王太子が、彼らと親しげに話をしている所を何度か見たことがあったな、とマインは思い出した。
その時はてっきり王家繋がりの家の生徒なのかと思っていた。
ところがそうではなくて、彼らはホーズボルト辺境伯の関係者だった。それでブリトリアンとも親しかったかと納得した。
しかも彼らはなんとアスティリアのギフトチルドレンだという。
それで、今回オークウット公爵のクーデターを防ぐために一時的に協力してくれることになったらしい。
彼ら一人一人のギフトは大した力ではないそうだ。ただしそれをリーダーの元で仲間全員が力を合わせるとかなりの威力を発するという。
大概は居酒屋で働いているショーンがその優れた聴力で様々な情報を入手して、それを辺境騎士団に報告する。
そしてそれを元に騎士団が調査して作戦を立て、その指示によって他の仲間達が動くのだそうだ。
例えば敵を足止めしたい時は、雨降らしのギフトを持つアンの出番。
反対に雨が邪魔になる時はジムが雨を止める。
広い砂漠や岩山などで敵を囲い込みたい場合は、火を操るダンが炎の輪で逃げられなくし、そこが草原や森の中だったら、エリーが動物を使って追い込んだり、緑の手を持つベンが植物を敵の足に絡みつかせて動けなくしたりする。
そして、騎士団が捕縛しやすくするのだ。
彼らのギフトは魔法使いのような派手さはないし、ある一点が少し特化しているだけなので単独では大した力ではない。
しかしこれまではそれをアスティリアがまとめ上げ、指示を与えることで大きな力を発揮してきたのだ。
「彼らがアスティリア嬢のギフトチルドレンの仲間だというのなら、彼女自身のギフトはなんなのですか?
殿下は当然ご存知なのですよね? 」
ディズベルがこう尋ねると、ブリトリアンは少し困ったような顔をしてこう答えた。
「彼女自身と彼女の大切な人々を守れる、そんなギフトだそうですよ」
「ずいぶんとまあ抽象的なギフトですね」
マインが率直な感想を述べると、緑を育てる緑の手を持つベンがこう言った。
「つまり人の気持ちを思いやることができるギフトだと思いますよ。
なにせ初めて会った時に何気なく俺達が愚痴ったことを、リア様はご自分の悩みのように受け取って、その日のうちに辺境伯様に伝えて下さったのですから。
そのおかげでその翌日には、酔っぱらって母さんを殴っていた親父が現行犯でとっ捕まって牢獄に放り込まれましたからね。
そしてその後親父は矯正施設に入れられて、酒断ちをさせられたので、俺達の家庭は壊れずにすみましたよ」
ベンの酒乱の父親を矯正した施設とは、辺境騎士団の下部組織で、一度入ったら二度とごめんだと思わせる所らしい。
大方の人間が真人間に生まれ変わるという有名な施設で、かなり高額な費用を出してもここへ収容して欲しいという依頼が各地から舞い込んでくる。
これによってホーズボルト辺境地は結構潤っている。因みに領民は無料だった。
雨降りのギフト持ちのアンのお姉さんも、冒険者の男に付き纏われて怖がっていた。
しかし、その男もすぐに騎士団に捕まって、その矯正施設へと送られていたのだった。
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