第35章 怒りの訳
「父上、エリスティア夫人が陛下を恨んでいなかったのなら、何故国王の招待に応じなかったのでしょうか?」
息子の質問にベンティガ伯爵はさも当たり前のようにこう答えた。
「さっきも言っただろう。彼女は忙しかったのだよ。
彼女は三人の子供を産んで、貴族としては珍しく自分の手で子育てをしていたからね。
それに、辺境伯夫人として領地を離れることができなかったのだ。
いつ最前線に立つか分からない夫君を残して王都へなど行きたくなかったのだろう。
彼女は結婚するまで、孤独だったのだよ。家庭に恵まれず、婚約中も婚約者に冷たくされていたからね。
だから結婚してからは、家庭とそして辺境騎士団を何より愛し大切にしていたのだ。それが彼女の唯一の居場所だったのだからね。
それにそもそも前王妃殿下が御存命の時に王都に行くなんて、殺して下さいと自ら出頭するようなものだろう?
彼女は王家の暗部を既にお妃教育で学んでいたからね。
愛する家族がいるのに何故死に急ぐような真似をする必要があったのだ?」
なるほどと若者三人は思った。
「それなのに自分や辺境地の事情も察しないで、しつこく招待してくる陛下に腹を立てていたんだ。
まあ陛下はお妃教育の内容を知らされていなかったので、仕方なかったと言えば仕方なかったのだが。
それに王妃殿下はエリスティア夫人と違って契約魔法をかけられていたので、そのことを陛下に話せなかったしね。
私も、宰相になって初めてエリスティア夫人からそのことを教えられたのだ。
まあそれはともかく、陛下は即位すると自分の罪滅ぼしのために、エリスティア夫人の娘と我が子を婚約させようとした。
しかし、このことでついに彼女は切れてしまったのだ。
そして夫人は、まだ幼かった娘のアスティリア嬢に全てを話し、王太子殿下を振ってこいと命じたんだ。
ところが王太子殿下はまあ当然といえば当然なのだが、自分の父親のしでかしたことを知らなかった。
ただ辺境伯に母子共々幽閉されている可哀想な令嬢を救い出すために婚約しろ、と父親に言われて、その義務を果たそうとしたのだ。
その結果、王太子殿下は当然ながら、見事に彼女にノックアウトされたというわけだ」
ベンティガ伯爵から聞かされた国王と辺境伯夫人の裏事情に、三人は目が点になった。
陛下の愚かさに目眩を感じた。
そしてそんな陛下に振り回わされた王太子と辺境伯一家に、同情を禁じえなかった。
十八年前の恨みというより、その後の陛下の行動に夫人が怒っているようにしか三人には思えなかった。
何をやっているのですか! 陛下は!
「何故父上は陛下の行動をお止めにならなかったのですか! その時はまだ宰相ではなかったとしても、側近だったのでしょう?」
「もちろんお止めしたさ。ちゃんと状況説明もしたし、陛下のお詫びは却って迷惑だから、彼女達には関わるなと何度も忠告した。王妃殿下と共にね。
しかし、陛下は昔から思い込みが激しくてね、一度思い込んだらそこから容易に抜け出せないのだ」
「そんなはた迷惑な!」
「しかし、その陛下もようやく王宮に呼び出したアスティリア嬢にこてんぱんにされて、ようやく自分が思い込んでいたことが間違いだったことに気付かされたのだ」
「アスティリア嬢が陛下に直接意見したのですか」
ディズベルの問にベンティガ伯爵は頭を横に振った。
「いや、陛下は魔道具を使って王妃殿下やエリスティア夫人と共に、王太子殿下とアスティリア嬢の会話を盗聴していたのだ。
そしてアスティリア嬢の口から真実を聞かされたというわけさ。
その間エリスティア夫人は一切口を開くことはなく、それがより一層陛下に恐怖を与えたらしいよ」
「そのようなことがあったのに、ホーズボルト辺境伯ご夫妻は王太子殿下を辺境の地にご招待し、なおかつわざわざ騎士団の訓練に参加させてお鍛えになったのすね。なんて懐が深い方々なのでしょう」
マインが感嘆するようにそう呟くと、ベンティガ伯爵は頷いた。
「その通り。だから、ホーズボルト辺境伯夫妻が王太子殿下とアスティリア嬢との仲を裂こうするなんて、絶対に考えるはずがないのだ。
そもそももう二度と二人を関わらせたくないと考えていたのなら、最初から殿下を辺境の地へ招待なんかしないさ。
二人がお互いに一目惚れしていたことくらい、王妃殿下とやり取りをなさっていたエリスティア夫人はとうにご存知だったのだからね」
三人は再び驚愕した。
彼らが調べた中に王妃殿下とホーズボルト辺境伯夫人が同級生だったという情報は確かにあった。
しかし、それほど親しい間柄だったとは誰からも聞かなかったからだ。
ところが、二人は学園時代からの親友同士で、今日までずっと陰から互いに助け合ってきたのだという。
そしてその二人の仲立ちをしていたのがノーマン=ベンティガ伯爵だったのだ。
「最初から父上に相談していれば良かったのですね」
「私が秘密裏にしてきたことをお前が知る由もなかったのだから、相談しなくても当然だった。
いや、たとえ親だと言っても、敵か味方かわからない相手を安易に頼らなかった姿勢は、むしろ正しかったと言えるよ。
己達だけでも友人のために動こうとしたお前を、私は父として誇らしいと思うよ」
ベンティガ伯爵は、息子のオースティンの顔を見ながらそう言うと、優しく微笑んだのだった。
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