第34章 父親との対峙
早速オースティンが代表となって、ホーズボルト辺境伯夫妻宛に手紙を出した。
『お会いして是非ともお話ししたいことがあります。都合の良い日時を教えて頂けませんか』
と。
すると返事は梟便で直ぐに返ってきた。
『秋休みの二日目に、オードンの町でお会いしましょう。宿を取っておきます』
ホーズボルト辺境伯夫妻は学生であるオースティン達に配慮して、秋の長期休みの二日目を指定してくれた。
オードンの町は王都を朝出発して夕方に着く位置にある宿場町だ。
学生である彼らが辺境の地にまで足を運んだら、片道だけで五日ほどかかる。
つまり王都とホーズボルト辺境地を往復したら、彼らの休暇が全てなくなるだけでなく、学園を何日も休まなくてはならなくなる。それを考慮してくれたのだろう。
国境を守る重要な役目を担う辺境伯夫妻を呼び出すことになった彼らは、そのことの重大さを改めて思い知り、体の震えが止まらなかった。
やはり誰か信頼できる大人に相談すべきだったのではないかと。しかし、誰に相談すればよいのかわからなかったのだから仕方がない。
ディズベルの親のオークウット公爵侯爵は問題外だったし、オースティンの父親のノーマン=ベンティガ伯爵は宰相であり国王の懐刀だ。
やはり相談するなら中立的立場の人でなければいけないのに、全く思いつかなった。
それでも早く行動を起こさなければ、オークウット公爵の反乱を止められない気がした。
それに王太子とアスティリアに幸せになって欲しかった。互いに思い合っているのに悲恋で終わらせたくなかった。
そしてディズベルとオースティンとマインは秋休暇の初日の朝早、ベンティガ伯爵家の馬車に乗って、オードンの町に向かって出発した。
その馬車の中でオースティンはディズベルにこう尋ねた。
「ディズベルはエリスティア=ホーズボルト辺境伯夫人とは親しい仲だったんだよね、どんな方なんだい?
才色兼備でとにかく完璧な淑女で、学園時代は現在の王妃殿下と双璧を成す方だったと聞いているけれど」
「全く持ってその通り。あの方以上に美しい女性を今まで僕は見たことがない。
そして、あんなに強靭な精神を持つ女性も」
「強靭? それなら過去の出来事なんて根に持たないような気がするけど」
オースティンがディズベルの予想外の返答に驚くと、ディズベルは何故かそれ以上は口にしたくないとばかりにこう言った。
「僕に聞くよりお父上に尋ねた方が確かなんじゃないのか?」
そう。生徒会役員のこの三人は、この馬車の持ち主と共に目的地に向かっていたのだ。
いくら高位貴族の子息である彼らでもまだ学生であったので、馬車を借りるための金を工面できなかったのだ。宿泊代や食事代を含めればなおさらだった。
そこで、オースティンが友人達と学生時代の思い出作りのために旅行がしたいので、馬車を使わせて欲しいと父親に頼んだのだ。
オードンの町は街道沿いにある宿場町だ。そして、近くに大きな湖や森や高原が広がっていて、ボートや釣りや狩りや乗馬などが楽しめるリゾート地にもなっていて、若者に人気なのだ。
するとオースティンの父でこの国の宰相でもあるベンティガ伯爵は、
「『艱難汝を玉にす』ということわざもあるし、良い経験になるだろう」
と、その願いを聞いてくれたのだ。
『艱難』という言葉を聞いた時点で、オースティンは父親の言った言葉の裏を察するべきだった。出発直前に旅支度をした父親を見た時、オースティンはそう思った。
「怖いもの知らずとは正しく君達のような者を指すのだよ。
エリスティア=ホーズボルト辺境伯夫人はね、王家からの使いを大剣振り回して追い払うような女傑なんだよ」
父親の発した言葉に、オースティンは信じられないという顔をして友人を見た。
ところがディズベルが大きく頷くのを見たので彼は青褪めた。もちろん一年後輩のマインも。
「君達学生だけでどうにかできる問題だと思ったのかい?
君達も一応調べようとしたらしいが、十八年前の出来事をまだ正確には把握していないのだろう?」
「辺境伯夫人にとても失礼な真似をしようとしていることは自覚しています。
それにオークウット公爵の件は僕達なんかが口出しすべきことではないことも理解しています。
でも王太子殿下やアスティリア嬢のことは、間違いなく父上達より僕達の方が知っているし、彼らの幸せを祈っています」
「家族よりも君達友人の方が理解しているというのかね? それは傲慢じゃないのか」
「傲慢なのは父上達の方ではないのですか?」
いつも理路整然としている父親に、オースティンはディベートをしてもこれまで一度も勝てたことがない。
それ故に滅多に父親に反論などしなかった。それなのに珍しくこう言ったので、ベンティガ伯爵は少し驚いた顔をした。
「父上はお忘れになっているのかも知れませんが、子供は親のことが好きであればあるほど大切なことは話しません。
心配させたくないし、余計なことを言って嫌われたくないからです」
「その通りです。だから僕の父は、僕がブリトリアン様に忠誠を誓っていることを知りませんよ。
息子は自分に従うのが当然だと思っていますからね。
ブリトリアン様とアスティリア嬢はとても優しい方達で、エリスティア夫人にこれ以上辛い思いをさせたくないと思っていらっしゃいます。
しかしそれと同時に自分達の思いも誤魔化したくないと、二人の愛を貫くために人目を忍ぶ恋を選んだのです。
しかし、臣下として友人として、そんな辛い選択をしたお二人を放っておくわけにはいかないのです」
「たとえそれがエゴだと言われても、エリスティア夫人に恨まれても、我々はお二人には幸せになって欲しいのです。
そもそもホーズボルト辺境伯夫人を不幸にしたのは、陛下を始めとする今の大人達ですよね?
それを、その時まだ生まれていなかったブリトリアン殿下とアスティリア嬢にそのつけを払わせるのはおかしいですよね?」
ディズベルに続いてマインはこう言うと、ベンティガ伯爵を睨みつけた。
マインは宰相が当時どのような立ち位置にいたのかを調べて知っていた。
あんただって助けようと思えば侯爵令嬢だったエリスティア嬢を助けられる立場にいたくせに、それをしなかったのだろう? 偉そうに言うなよ、と。
三人の若者から真摯で厳しい視線を投げかけられると、珍しく無表情鉄面皮と言われているノーマン=ベンティガ伯爵の表情が崩れ、フッと笑みを浮かんだ。
そして彼はこんな爆弾発言をした。
「君達の言う通りだ。私達が愚かだったからあんな事件が起きたのだ。その後始末は自分達でつけるべきだな。
良い事を教えてくれた君達に、私もお礼として良い事を教えてやろう。
先ほどディズベル君が言っていた通り、ホーズボルト辺境伯夫人は可憐なご令嬢だった頃とは全く別人になっている。
今では正しく女傑になっていてね、辺境伯さえ尻に敷いているくらいなんだよ。
環境が彼女を変えたのだろうね。辺境の地では男女ともに強くないと生きていけないからね。
そんな彼女が、いつまでも過去を引き摺っていると思うかい?
そもそも、昔のまま陛下が駄目人間のままだったら、彼女も陛下を恨んで、本気で彼を排除しようと考えたかも知れないね。
しかしまあ、今は王妃殿下の邪魔をせずに協力しているのだから、今さら陛下を恨んではいないだろう」
駄目人間。
国王は王妃殿下の邪魔はしていない。
協力している。
つまりこの国を動かしているのは実質王妃殿下ということか?
そして一歩間違えていたら、クーデターを起こしていたのはオークウット公爵ではなくてホーズボルト辺境伯夫人だった可能性があったのか?
宰相の口からこの国の実情を知らされて、三人の若者達は顔を引き攣らせたのだった。
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