第31章 結ばれない理由
(アスティリア視点)
「ブリトリアン様、私からご説明させて頂いてもよろしいですか?」
「いや、貴女に話をさせるわけには……」
「男の方って人の心の機微に疎いですから、私からお話した方がいいと思います。
ディズベル様オースティン様、もう二十年近く前のことですから、お二人はご存じないかも知れませんが、年配の方なら皆さんご存知だと思いますよ。
私の母はフォーリナー侯爵家の娘で、幼い頃から王太子殿下、現在の国王陛下の婚約者でした。
しかし学園の卒業パーティーの場で、私の母は王太子から婚約破棄されたのです」
「婚約破棄ってどうして?」
「王太子殿下がとある男爵令嬢と浮気をして、その彼女から嘘を吹き込まれたのです。殿下の婚約者だった私の母から酷く虐められていると。
母は冤罪で婚約破棄をされ、牢屋へ投獄されました。そしてその事で実の両親からは廃籍されて平民に落とされました。
その上、その男爵令嬢に唆された殿下によって、母は当時女性から嫌われていた辺境伯の元へ追い払われたのです。
その後、隣国から戻られた国王陛下並びに王妃殿下によって、母の冤罪は晴らされ、嘘偽りを述べた男爵令嬢は捕縛され、投獄されたそうです。
そしてその後すぐに王太子殿下はこの国に留学していた隣国の王女と結婚されて、ブリトリアン殿下がお生まれになったのです。
そして私の母は幸せなことに父に見初められて、親類の伯爵家の養女にして頂いて、父と結婚することができたのです」
かなり簡略化して私はこう説明した。男爵令嬢が魅了持ちだったという話は当然割愛させてもらった。
実際の陛下は私の母だけを愛していたが、魅了魔法を掛けられて浮気をして、母を断罪したのだ。
しかしその事実は伝えず、陛下には単なる愚かな浮気者になってもらった。王太子殿下の出生の秘密がばれると困るので。
「「・・・・・・」」
二人は私の話を聞いて喫驚していた。まあ当然でしょうね。
彼らは私達が両思いにもかかわらず、ただ純情過ぎて思いを告げられずにいると思っていたのだろうから。
もちろん政略的に何かあるとは思っていたみたいだけれど。
それにしても、人の思いなんて姿形はないし、色も匂いもないはずなのに、他人には見えてしまうものなのね。
ううん、そうじゃない。
誰かを思って見つめていたからこそ、自ずと見えてきたのかもしれない。
以前のディズベル様は私のことなんてなんの興味もなかったから、私に思いを寄せられていると勝手に解釈していた。
けれど今は友人として私達を大切に思ってくれているからこそ、自分達でさえ確認し合ったことのない思いに気付いたのだわ。
私は自分の思いを誰にも気付かれたくなかったし、秘密にしておきたかった。
けれど、そう思いながらも心の底では誰かに知っていて欲しかったのかもしれない。だから私はディズベル様とオースティン様に向かって深々と頭を下げた。
すると、彼らも頭を下げて何も言わずに生徒会室から出て行った。
そして生徒会室には、ブリトリアン様と私だけが残された。
「すまなかった。辛いことを貴女の口から言わせてしまって」
「いいのですよ。しかし、私達の世代では両親達の事は知られていないのですね。意外でした。
『人の噂も七十五日』ということわざって本当なのですね。良かったです」
「王家が圧力をかけたからね。それに産みの母の件は、貴女の母上以外の関与した者全員に誓約魔法をかけたから。
でも被害を受けた者達は皆、今でも辛い過去を忘れらずに苦しい思いをしているのだろうね」
ブリトリアン様の言葉に私は被害を受けたという人々に思いを馳せた。
男爵令嬢に夢中になって婚約者を捨てた男性達の半数が廃嫡され、残りの半数は廃籍されて家を出された。
そしてその彼らに婚約破棄された女性達は、王家の計らいで全員別の人と縁を結ぶことができたという。
しかし、その新たな縁で幸せになれたかどうかは分からない。まあ、それは別に彼女達に限ったことではないが。
私達の間には暫く沈黙が流れたが、やがてブリトリアン様が口を開いた。
「アスティリアは学園を卒業したらどうするつもりなの?」
突然の問に私は考えもせずにふと本音を漏らしてしまった。
「まだ決めていません。でも、王城の女官になれたらいいと思います。そして王妃殿下のお手伝いができたら、なんて考えています」
するとブリトリアン様急には瞳を輝かせてそれはいいね、と言った。私なら間違いなく合格するし、王妃殿下も喜ぶと。
しかし私は慌ててこう訂正した。
「ちょ、ちょっと待って下さい。まだはっきりと決めたわけではないのです。辺境地に帰って騎士団のお手伝いをする道もありますし」
すると、殿下は急に顔を曇らせた。
「何故女官にならないの? アスティリアの能力とバイタリティーがあったら、閉鎖的で他国より遅れている我が国を変えられると思うのだが」
「そんな大層な力など私にはありません。ただ、お母様がずっと望んでいたことを私が代わって少しでもできたらいいな、と少し思っただけです。
でもよく考えたら、ブリトリアン様が結婚なさって、王太子妃殿下と仲睦まじくしている姿を拝見するのは、やっぱり私には無理なような気がします。
私は意外とメンタルが弱いし、もしおかしな言動をして誰かに面倒をおかけしたりしたら大変です。ですから、城勤めはやはり止めることにします」
私は珍しく慌ててしまい、よく考えもせずにこんな言葉を発してしまった。
しかしすぐに、これではブリトリアン様に愛を告白しているのも同然ではないか、と気付いてパニックに陥った。
「あっ! 違う、違うのです。私はあの……」
「アスティリア」
ブリトリアン様は私の名を呼びながら、私の両手をとって私の顔を見つめた。その瞳は熱い熱を帯びていて、私は息を呑んだ。
「僕は貴女以外の女性と結婚する気はないよ。だから、貴女が女官になってもいやな思いはさせない。
貴女が誰かの元に嫁ぐまででいいから、側にいてくれないだろうか」
「王太子である貴方がお妃様を迎えないなんてことか許されるわけがないですわ。殿下は国王陛下のたったお一人のお子様なのですよ」
「養子をもらえばいいさ。王位継承権を持つ者は数人いるのだから。
そもそも本当は僕自身が王位に就くべきではないと思っているのだが、今更無責任にそれを放棄するわけにはいかない。
だから、後継の国王を立派に育て上げてから退位するつもりだ。
できればオークウット公爵家のディズベル君に子供が生まれたら、養子にしたかったのだが、現公爵のこれまでの行いが知られたら、それは難しいだろう。それが残念なのだが」
「ブリトリアン様、一体何を仰っているのですか? 貴方ほど国王に相応しい方はいませんよ」
「僕が国王に相応しい? ふふ。僕が国王に相応しくないと最初に教えてくれたのは貴女なのに、おかしなことを言うね」
ブリトリアンの言葉に私は瞠目してしまった。かれこれ八年の付き合いになるが、そんな皮肉めいたことを言われたのは初めてだった。
今まで何も言われなかったけれど、やっぱり私って色々とブリトリアン様を傷付けてきたのね。
まあ、わざと嫌われるようなことばかりを言ってきたのだから当然だけれど。そう思いながらもやはり胸は傷んだ。
それでも嫌われついでに大切なことは言わなくちゃ。ここで私は覚悟を決めたのだった。
読んで下さってありがとうございました!




