第30章 婚約発表?
(アスティリア視点)
「卒業パーティーでお二人の婚約を大々的に発表しましょう。そうすればオークウット公爵も無謀な計画など諦めるでしょう」
まずオースティン様がこう言った。しかし意味が分からずブリトリアン様と私が揃ってキョトンとすると、引き続いてディズベル様が言った。
「父は愚かにもまだアスティリア嬢と僕との婚約を諦めていないのです。僕の成績ではアスティリア嬢とは釣り合えないことが理解できないのです」
『いや確かにディズベル様と婚約を結ぶ気なんて一切ないけれど、以前にみたいに嫌ってはいないわ。むしろ友情に近いものは感じているわ。
それにそもそもディズベル様が自分と釣り合わないとも思わないし。
彼の総合的な能力が高いことを理解しているし、もし今と違う学年だったら間違いなく学年でもトップスリーには入っていたに違いないわ。
だからオークウット公爵が息子を諦めないことはわかる。
しかし、息子が既に自分ではコントロールできない存在になっていることに、彼が気付けない点でアウトだわ』
と、私は心の中でため息をついた。
なにせディズベル様は父親から廃嫡されようと、王太子殿下に付き従うと心に決めている。そのことを私は知っているからだ。
「ブリトリアン様を廃して僕を王位に就けようなどという思考を巡らせた時点で、父は大罪を犯していて、国家転覆罪に問われてもおかしくありません。僕も連座で処罰される覚悟はあります。
しかし、ようやく平和な世に成りつつある今、後継者争いやクーデーター事件を起こすことは、たとえそれが未遂で終わったとしても、この国及び王家にとって得策ではないと思うのです。
もちろん父には何かと名目を付けて引退させた後で、王家からの罰を与えて頂ければと存じます」
ディズベル様は神妙な顔つきで、淡々とこう言った。
しかし彼の話を聞いて私はあれっ?と思って尋ねた。
「それって、別に殿下と私が婚約する必要はないのでは?
単に我がホーズボルト辺境伯家がオークウット公爵とは絶対に手を組まないと明言するだけで良いのではないですか?」
するとオースティン様は言った。
「そんなことを公言したら、公爵家の謀反を世間に示唆してしまうではないですか。仮に公爵家だけに告げたとしても、陰謀のお仲間の家にまでは上手く伝わらないでしょうし。
しかしお二人の婚約が公になれば、オークウット公爵やその一派はすぐに計画を断念するでしょう? 世間に知られることなく」
と。確かにオースティンの言うことにも一理あると私も思った。
しかし、事が丸く収まった後で、私達の婚約発表はお芝居でしたという訳にもいかないだろう。
だからと言って後で婚約解消することになったら、私はともかく、辺境伯としてのお父様の名誉が傷付けられてしまう。
第一それはお母様を苦しめることになる。娘の私まで自分と同じような目に遭ったら、さぞかしお母様は辛い思いをするだろう。
いくら国のためだとはいえ、私達がそんな目に遭わなきゃならないのは理不尽だ。
それにブリトリアン様のことは好きだれど、いや好きだからこそ婚約者の振りをすることだけは嫌だった。
私はディズベル様とオースティン様を思い切り睨み付けた。完璧な淑女と呼ばれている私が嫌悪感を丸出しにしたことに二人は喫驚していた。
するとブリトリアンも深いため息をついてこう言った。
「罪は罪を犯した者が償わなければ意味がない。関係のない者を巻き込むことは許せない。
僕の側近候補ならそのことをちゃんと理解しておいて欲しい」
「もちろんオークウット公爵にはしっかりと償ってもらうつもりです。
ただどうせブリトリアン様とアスティリア嬢が婚約発表をなされるのなら、それを有効活用した方が合理的かなと思っただけです」
オースティンの言葉にブリトリアン様と私はあんぐりとした。
そして、私は人様からはそんな仲に見えるようにブリトリアン様に接していたのかと、赤面してしまった。
しかしブリトリアンは冷静な顔のままこう言った。
「それは誤解だ。僕とアスティリア嬢は婚約するつもりなどないよ」
と。すると殿下の言葉に今度は二人して喫驚した。
「何故ですか? お二人は思い合っていらっしゃいますよね? それにそもそもアスティリア嬢は殿下の初恋のお相手ですよね?」
「えっ?」
ディズベルの問に思わずアスティリアは驚きの声を上げた。
「それにアスティリア嬢は普段から、ブリトリアン様に忌憚の無い言葉をズバズバ言っているよね?
他のご令嬢は後腐れのない褒め言葉や社交辞令しか述べないのに。
それってブリトリアン様への深い愛があるからできることだよね?
幼い頃はともかく、僕の前では君はいつも、ただお淑やかご令嬢を演じて本音を出さなかったのに」
『確かにそれは当たっているわ。あの当時ディズベル様のことを嫌いになっていて、今さら仲良くなろうとも思わなかったから、わざわざ注意や意見をする気も起きなかったものね。
でも殿下に対して深い愛? うーん。ただ嫌われてもいいって、わざと嫌な女を演じてきただけなんだけど?』
「王太子殿下が辺境伯のご令嬢を妃に迎えることができたら、これほど心強い後ろ盾はありません。
なにしろ隣国に対しても威嚇になりますし、国内の安定も図れるのですから。
しかもアスティリア嬢は見目麗しく、しかも才媛でいらしてこの国の未来の国母にもっとも相応しい方です。というか、アスティリア嬢以外に王妃になれる方はいらっしゃいません」
『ひぇ〜。どうしたの? 突然二人して私を持ち上げて』
国母と言われて私は再びは真っ赤になった。私はまだ十六の純情乙女なのだ。しかし、ブリトリアン様の難しい顔を見て私の気分が急降下した。
ブリトリアン様は眉間にしわを寄せ、深いため息をついてこう言った。
「確かにアスティリア嬢ほど美しくて優秀な女性はいないと思う。しかも心優しくて慈愛に満ちている。彼女はこの国の未来の国母に一番相応しいご令嬢だと思う。
しかし、彼女と僕は結ばれない定めにある。事情は国家の秘密事項だから明らかにはできないが」
するとディズベルとオースティンは、二人で顔を見合わせて目で確認し合った。そして徐ろにオースティン様が口を開いた。
「それは陛下と辺境伯夫人の間で、過去に何か蟠りがあったからなのでしょうか?」
今度は私達が瞠目した。オースティン様は父親のノーマン様から何か聞いたのだろうか?
いや、宰相たるものがたとえ跡取りとして息子を信頼していたとしても、国家の威信に関わる醜聞について話してはいないだろう。彼はまだ成人前なのだから。
私がそう思った時、オースティン様が私の思考を読んで言った。
「父は何も言ってはいませんよ。アスティリア嬢に殿下の婚約者になって頂きたいと話しても。それこそ一言も発せずスルーしました。でも、それで分かったのですよ」
なるほどね。ノーマン様は無言を貫くことで、反対ではないけれど賛成はできない理由があると暗に伝えたのだろう。
「ブリトリアン様、僕達はまだ殿下の信頼は得られていないのでしょうか?
僕達が正式に側近と認められたら、そのわけを話して頂けるのでしょうか?」
「・・・・・・」
「ブリトリアン様、僕のことを信じられないのなら、どうかオースティン君にだけでも本当のお気持ちや悩みを打ち明けては頂けないでしょうか。
僕達はこれからどのようなことがあっても、ブリトリアン様を支えていきたいと思っているのです。
神殿契約でも契約魔法でも結ぶ覚悟があります。貴方を裏切ることは決してありません」
ディズベル様が切なそうな顔をしてこう懇願した。
ブリトリアン様が苦しそうな顔をした。だって彼は二人を信用していないわけじゃないんだもの。私の両親のことを思って口を閉じているだけだから。
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