第28章 勧誘の目的
(ブリトリアン王太子視点)
そして、学園に入学して二年後、ついにアスティリアが入学してきた。
彼女の焦げ茶色の髪にあのオレンジ色の髪飾りを見つけた時は、キュンと胸が高鳴り、思わず涙が出そうになった。
彼女が大切だと思う日に、今でもこうして自分の贈った物を身に付けてくれていることに。
しかし、当然僕は彼女に直接声をかけることはできなかったので、手紙を書いて侍従に届けてもらった。
それはディズベルも同様で、彼女に接触することはなかった。
見目麗しい公爵令息である彼もまた女生徒に人気があったので、彼が近づけばアスティリアに迷惑をかけることを理解していたのだろう。彼は一皮剥けたようだった。
しかし、ディズベルのアスティリアへの思いはまだ残っているようだった。
彼の目は僕同様にいつも彼女の姿を追っていたし、彼女が男子生徒に声をかけられているのを見ると、ハラハラしているのがよくわかったから。
そう。珍しい女性の新入生代表だったこともあって、アスティリアは一年生の中でも一番目立っていたのだ。
彼女はどちらかというと小柄な方だし、落ち着いた焦げ茶色の髪の髪を後ろに編み込んでいたので、とにかく真面目を絵に描いたような雰囲気を醸し出していた。
しかしよく見れば、ハッキリクッキリした美しい顔立ちをしていたし、伸びた背筋とその仕草はとても洗練されていて、まるで高貴な姫君のようだったのだ。
しかも一見するときつく見られがちな顔立ちのアスティリアだが、プライベートで見せるその笑顔の愛らしさや可愛らしさといったら、その破壊力は凄まじい。
しかも彼女はとにかく優しくて面倒見がいいので、誰にでもすぐに好感を持たれる。それ故に彼女はすぐに多くの友人に囲まれるようになったのだった。
そして入学式から三週間くらい経った頃、ディズベルが僕にこう言った。
「ホーズボルト辺境伯のご令嬢は、幼き頃より毎日の鍛錬を欠かさず行っているそうで、女性でありながらかなり腕がたつ方だと聞いています。
まあ、そんなことはブリトリアン様の方がよくご存知なのでしょうが。
しかしいくら剣の腕が立ち、武道を嗜んでいると言っても、腕力ではやはり男性には敵わないでしょう。
ですから不測の事態が起きないように、殿下は何か対策をなさっているのですよね?
いざという時にはブリトリアン様がご令嬢を守ってくださるのですよね?
王家は辺境伯との関係を最重要視していらっしゃるのでしょうから」
僕はアスティリアが男性に声をかけられるために、腰から下げた剣を強く握っていた。そんな僕の姿を見てディズベルは僕の思いを察したのだろう。
いや、もしかしたら僕の護衛用の剣を見て、それが誰から贈られたものなのかを悟っていたのかもしれない。
しかし、これまで彼は僕にそれを問うことも、文句を言うことも、喧嘩を吹っ掛けることもなかった。そしてヤケになることも。
「ああ。ちゃんと考えているよ」
そう僕は答えた。すると、ディズベルはふわりと微笑んだのだった。
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そして新学期が始まった二月後に定期試験があった。その結果、予想通り新入生の一位はアスティリアだった。
生徒会の会長になった僕は、副会長になったディズベルと宰相ベンティガ伯爵令息のオースティンを連れて、一位から三位までの成績を取った新入生のもとを訪れて、生徒会に入らないかと勧誘した。
二位の子爵家の二男の令息と、三位の伯爵家の三男の令息は大喜びで、僕達の要請をその場ですぐに受けてくれた。
生徒会に入るということは即ち将来を約束されたようなものだったからだ。特に後継者ではない下位貴族の二男三男にとっては。
しかし一位だったアスティリアは案の定戸惑った表情をしていた。普通女性が上位の成績をとっても、裏で辞退するのが慣例になっていたからだ。
それなのに王太子である生徒会長と高位貴族の令息である二人の副会長が、わざわざ一年生の教室にまでやって来て、皆の前で勧誘するとは!
「このご時世、男尊女卑の考え方は古いというのが世界的な潮流になっています。特に学園内では性別や身分の差を無くすことが常識になっています。
ところがそれと同時に、我が国ではこれがまだ建前だということも周知の事実でしょう。
実際にこれまでは、たまたま男子だけが上位の成績をとっていただけと言い訳をしてきました。
しかしその結果、近頃他国からは女子教育を疎かにしている恥ずかしい国と、我がアイナワー王国は侮蔑されるようになってしまいました。
そこで今回、久し振りにホーズボルト辺境伯令嬢が一番だったということで、我が国の名誉回復のためにも、是非とも生徒会に入って頂きたいのです。そして、我が国の女性の力を皆に知らしめてもらいたいのです」
「つまり、私にこの国の広告塔になれということですか?」
オースティンの勧誘に対してアスティリアはこう尋ねた。
上級生、しかも生徒会役員に対して物怖じすることもなく話しているアスティリアに、周りのクラスメイト達は驚愕の目を向けていた。
そしてこの時オースティンは目の前のご令嬢が王太子である私の初恋の相手だと初めて気が付いたようで、珍しく驚いたように僕の顔を見た。
彼の父親である宰相は、王家やホーズボルト辺境伯家と深い関係にある。
しかし公私をはっきりと分けている父親は、まだそれを息子には伝えてはいないのだろう。
だからアスティリアと僕の関係をオースティンは知らなかったのだ。ディズベルとは違って。
しかし、今のアスティリアの言動で察したのだろう。
相手が王太子だろうが、高位貴族の子息だろうが、先輩だろうが、物怖じせずにはっきりと物申すご令嬢など、滅多にいるものではないから。
最初のうちアスティリアは、何故自分を勧誘しているのだという疑惑の眼差しを向けた。そしてまるで僕達の真意を確かめるかのように、代わる代わるじっと見つめていたが、やがてこう言った。
「わかりました。そのお話をお受け致します。精一杯頑張らせて頂きます」
と。そして彼女は丁寧に頭を下げたのだった。
アスティリアの母のエリスティアとイーリス王妃は、学園史に残るくらいの才女でしたが、生徒会役員ではありませんでした。
もちろん男尊女卑が今より強かったせいもありますが、エリスティアはお妃教育に忙しくて活動するのは無理でした。
そしてイーリスは留学生だったのでそもそもその資格がありませんでした。
読んで下さってありがとうございました!
気候変動で頭痛と胃の痛みが酷かったので、今日の投稿は一度です。
気圧変化のストレスで頭だけでなくて、胃まで痛む人って、作者以外にもいるのでしょうか? とにかく痛い!




