第24章 破鏡(はきょう)再び照らさず
(ディズベル視点)
「殿下はどう思いますか?」
殿下の側近候補といわれるオースティン=ベンティガ伯爵令息が尋ねると、殿下は少し困ったような顔をした後でこう言った。
「僕には姉や妹もいないので、女性の心理は正直よくわからない。それに僕自身も初恋の人を諦められないでいるのだから、ディズベル君に諦めた方がいいとは言えない。
だけど、想い人のために自分は頑張っているという考えは止めた方がいいと思う。
だって相手が君にそうして欲しいと望んでいるわけじゃないのだから。
あくまでも君がその初恋の相手に振り向いて欲しくて頑張っているだけなのだろう?
僕も彼女に相応しくありたいと思って日々努力をしている。だけど、結局それは自分の為にしていることなのだと自覚しているよ。
だから、最終的に彼女に選んでもらえなかったとしても、僕の努力が無駄になることはないと思える気がするよ」
青天の霹靂というか、目から鱗が落ちたというか……
もし殿下のこの言葉を聞けなかったら、僕は図々しくて厚かましい人間になるところだった。その上惨めで情けない男に。
もし、彼女と婚約できなかったら、こんなに頑張ったのに何故分かってくれないのだと、理不尽な怒りをぶつけて、嫌われるだけでなくきっと軽蔑されることになっただろう。
そして、それで余計に自棄っぱちになって、僕はそれまでの努力を全無駄にして、絶望することになっただろう。
そうだ。僕は僕のために頑張っているのだ。アスティリアのためだなんて思い上がりだ。
このことに気付いてからというもの、僕はとても気が楽になった。
学園で上位の成績をとる、という僕の目標は未だに達成されていない。そのことに父はかなり激怒しているらしい。このままでは自分の計画が予定通りにならないではないかと。
息子の頑張りなど一切認めようともせずに。
しかし、総合的な成績で見れば僕は上位に入っているはずなのだ。僕の努力はちゃんと実っていると思うし、友人達もそれを認めてくれている。それだけで十分だ。
僕は学園に入ってから、客観的に物事を見られるようになった。そして父が何をやりたいのかが見えてきて心底呆れている。いや、軽蔑している。尊敬や愛情がなくなった。
僕はもう父に認めてもらわなくても構わないと思っていた。故に彼の命令に従うつもりはない。たとえ、アスティリアとの縁が結ばれても結ばれなくても。
いや、彼女との縁はもうないだろうなと、正直なところ僕は諦めの境地になっていた。僕でさえ父の思惑に気付けたのだから、賢いアスティリアや辺境伯夫妻が気付かないはずがないのだから。
こうして有意義だった一年が過ぎ、さらにもう一年が過ぎて、僕は最終学年になった。そしてアスティリアが新入生として入学してきた。
アスティリアは益々美しく、かつ愛らしくなっていた。そして既に淑女としての立ち居振る舞いが出来上がっていて、皆の注目を一身に浴びていた。
ああ、彼女の横に並び立つことができていたなら、どんなにか幸せだっただろう。やはり未練がましくそう思ってしまった。
そしていつも僕の目はアスティリアを追っていたから、やがて気付いてしまった。彼女に思いを寄せる多くの者達の中にブリトリアン王太子の姿があることを。
そして素知らぬ振りをしながらも、こっそり王太子殿下を見つめているアスティリアのことも。
そうか。殿下が大切にしている見事な護身用の剣は、辺境伯から贈られた物だったのだな。あの剣はこの国一の刀鍛冶が作ったものだと、クラスの者達が噂していた。
その鍛冶職人はたとえ王家であろうと、自分が気に入った者からの依頼でなければ、注文を受けないと聞いている。
三年前、辺境伯がその職人に護衛用の剣の製作を依頼したという噂を聞きつけた父は、その剣が僕の為のものだと勝手に思い込んだ。
しかし、僕が閣下から贈られたのは高級万年筆だった。剣は恐らく殿下のものだったのだろう。
思い返せば五年前、僕は辺境伯に言われたのだ。
「知り合いの子の訓練をすることになった。君と同じ年だし、一緒に参加しないかね?」
と。
あれはブリトリアン王太子のことだったのだろう。
辺境伯はちゃんと僕にも平等にチャンスを与えてくれたのだ。それを僕は自らの手で捨ててしまっていたのだ。
殿下の方は死に物狂いでその訓練に立ち向かい、体中傷だらけにしながらそのチャンスを掴み取ったというのに。
今さらなのだが、僕は後悔の渦に呑み込まれそうになった。
しかし、どうにかここに踏みとどまることができたのは、これまでの殿下達との友情や、自分のこれまでの努力を無下にはしたくない、その思いがあったからなのだと思う。
読んで下さってありがとうございました!
次は王太子視点です!




