第23章 友人談義
(ディズベル視点)
そしてやがて学園に入学して一年が経った。努力の結果、僕はそこそこの成績を残すことができた。
しかし、何一つとして一番にはなれなかった。それは全てにおいてそれぞれスペシャリストがいたからだ。
しかし、その素晴らしいスペシャリスト達でさえ、誰一人一番になった者はいなかった。何故なら彼らの上には王太子殿下がいたからだ。
文武両道、才気煥発、才徳兼備、その上美丈夫ときたもんだ。完璧過ぎて嫉妬心すら一度たりと湧かなかった。
それどころかいつしか僕は、殿下に尊敬の念を抱いていった。しかしそれは、殿下が完璧だったからじゃなかった。
それは入学して半年くらい経った頃だった。乗馬訓練の途中で雨に降られて、校舎に戻ってきて服を着替えていた時に、僕は殿下の体の至る所に傷跡があることに気が付いた。
「ブリトリアン殿下、随分と傷跡がありますね。一体どうなさったのですか?」
同級生の質問に殿下はにこやかな笑みを浮かべて、
「僕の勲章さ。ほとんどが本格的に剣術の訓練を始めた四年前のものだから、大分薄くなってきているけどね」
と答えた。
殿下は努力せずになんでもできる天才なのだと思っていた。
ところが、比喩表現ではなくて彼は本当に、血を流すような努力をしてこんなに強くなった、ということを初めて知った。
しかも、殿下はその努力も失敗も隠したりしなかった。おそらく、勉強や芸術も普段の努力の賜物なのだろう。
そしてその後で、何故かみんなで好きな女性の話になって盛り上がった。
特に、殿下の初恋の話には大いに興奮させられた。
なにせ初対面のご令嬢に一目惚れした殿下が、その場で婚約して欲しいと申込み、あっさりと振られたというのだから。
この世に殿下を振る女性がいるとは驚きだった。彼は当然学園一の人気者で、モテモテだったからだ。
まだ婚約者のいない殿下には多くのご令嬢達が我先にと近付こうとしていた。
ところが殿下の場合は男女関係なく人気があったので、接近しようとするご令嬢方は皆、取り巻きのご令息達に追い払われていた。
そのせいで未だに殿下は特定の女性と付き合うことがないのだと思っていた。しかしそうではなかった。そもそも殿下には思う方がいたのだった。
そしてその場にいた全員が呆気に取られた。
何故なら殿下が振られたその理由が、とてもじゃないが信じられないようなことだったからだ。
『あなたはとても優しくて良い人のようですね。
だからこそ、私はそんな方とは婚約いたしません。
だって素直で優しい人って、悪い人の話も疑うこともなくすぐ信じてしまうでしょ?
そして信じたら、絶対に疑わないでしょう? 誰が何を言っても。別の事実があっても。
私、真実を訴えても信じて貰えないなんて、そんな辛いことには耐えられませんし、とても我慢できないと思うのでお断りします』
優しくて良い人とは婚約しないとは、一体何なのだ。意味がわからない。
それじゃあ、殿下のような好青年より、僕のような他人を見下すような性悪の方がいいというのか!
僕と同じ気持ちになった友人がそう尋ねと、殿下は首を横に振った。
「そういう単純なことではなくて、真実は一つじゃない。物事は見方によって変わる。
だから一つの見方しかできない良い人間は好きではないということなのだと思う。
上に立つ者には様々な誘惑に晒される。つまり悪人に騙される恐れが多々あるのだから、広い視野を持てない人間では駄目だと注意勧告してくれたのだよ。
もし一人の人物の言葉だけを正しいと信じてしまったら、せっかく忠告してくれる他の者の意見には全く耳を貸さなくなってしまう恐れがあるだろう?
どちらが正しいのかまだ分からないというのに。
それ故に素直で良い人間が、果たして本当正しくて良い人なのかがわからない。だから、そんな人とは婚約しません、って言ったのだと思う」
「殿下はそのご令嬢と今でもお付き合いはあるのですか?」
「学園に入学してからは手紙のやり取りだけだけれど、その前は時々逢っていたよ。
彼女はぼくとは結婚したくはなかったみたいだけれど、別に僕を嫌ってはいないと言ってくれたので。
だから、僕は彼女に少しでも相応しくありたいと勝手に色々努力するようになったんだ。
つまり今の僕があるのは彼女のおかげだな」
僕達より年下だというそのご令嬢のあまりの見識の高さに、僕達は目を見張った。
それと同時にその言葉によって自己反省し、自分心と体を鍛え直そうとした殿下の度量の大きさに感心した。
自分は優秀で何でもできる年下の女の子に嫉妬ばかりしていた。そして、自分のプライドを守るために上から目線で物を言い、爵位の高さを使って従わせようとした。自分ではなんの努力もせずに。
殿下の初恋話をきっかけに、みんなも初恋話に興じ、各々が自分の体験談を語り合った。
僕もアスティリアとの話をすると、わかるわかると皆も共感してくれた。
ただし一人の友人が言いにくそうにこう言った。
「男って馬鹿だから好きな子に、つい見栄や意地を張って偉そうな態度とったり、意地悪したりして後悔するんだ。
そして、必死に謝ってやり直そうとするんだよね。彼女は自分を愛してくれていたのだから、きっと許してくれるに違いないと信じて。
だけど、それって男の妄想だって姉が言っていたよ。
女は割り切りが早い生き物だから、一度気持ちが冷めると、もう二度と再燃しないって」
「えっ?」
「それ、僕も聞いたことある。でもそれって当たり前だよね。
女性の輝ける期間、つまり適齢って男性と比べるとかなり短いだろう? それを過ぎたら良縁に巡り逢う機会がグンと減ってしまう。
だからいつまでも過去を引き摺っているわけにはいかないよ」
「なるほどな〜
でも女ってクールだよな」
「クールっていうよりさ、そうせざるを得ないのだろう。
だって居残っていたら世間体が悪いだの、邪魔だのって、親兄弟から追い出されるんだぜ。
しかも関係もない奴らからも行かず後家だとか、問題ある女だとか、石女だとか罵られてさ。
男なんて三十近くまで独身で好き勝手なことをしていたって、あんまり悪く言われないのにさ。
改めて考えると不合理だよな」
友人達が皆頷いた。
言われてみればそうだと思ったが、僕は素直に頷けなかった。だってアスティリアには、僕とのことをなかったことにして欲しくはなかったから。
それに僕はアスティリアのためにこんなにも頑張っているのだから。
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