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第22章 公爵家の事情


(ディズベル=オークウット公爵令息視点)

 

 アスティリアと婚約ができなかったことで、僕は父から酷い叱責を受けた。あれだけアスティリアとの関係を深めろと言っておいたのに、お前は何をしていたのだと。

 確かに僕は自惚れていたのかも知れない。アスティリアは僕に夢中で、僕が何をしても何を言っても僕をずっと好きでいるに違いないと。

 あんな()()()の田舎の令嬢なんて、僕の言うことには素直に従うものだと無意識に思っていた。都会的でお洒落でスマートな僕に嫌われたくはないだろうからと。彼女はとうの昔に僕に見切りを付けて、単に相手にしていなかっただけなのに。

 

 それにまさか僕以外にも彼女と接触している、王都の男がいるなんて思いもしなかった。

 彼女が身に着けていたアクセサリーは、素朴でありながら理知的で気品のある彼女によく似合っていた。女の子なら誰だって、ただいくら値が張るとは言え、ただ物珍しいだけの菓子を適当に送ってくる僕なんかよりも、あんなハイセンスな贈り物をする男を選ぶよな。

 

 僕の母は装飾品にとても詳しいので、僕も宝石やデザインにはかなり目が利くと自負している。

 だから、アスティリアが身に付けていたアクセサリーがかなり上等で、意匠も素晴らしいということは一目でわかった。相手がかなり上位の貴族の子弟なのだろうとも簡単に予測がついた。

 しかし僕だって本気を出せば、あれに負けないだけの品を贈れるとそう思ったのに、

 

「二人の関係はもう、何もないまっさらな状態に戻したいのです。

 ですから、今後娘に親しげに話しかけたり、名前を呼び捨てにするのも止めて下さい。

 もちろん贈り物も一切寄越さないで下さい。受け取るつもりはありませんので」

 

 と辺境伯に言われてしまった。

 名誉挽回するための贈り物もできなくなったし、ライバルに対して幼なじみなのだとマウントを取ることもできなくなった。

 

 

 そんな僕にできることといえば、辺境伯夫妻に宣言した通り学園に入学したら生徒会に入り、常に上位の成績をとるという目標を達成するしかないと思った。

 そしてそれはそれ程難しいことではないと思っていた。あらゆる面で僕の持つ能力はかなり高いと、家庭教師達から評価を得ていたからだ。

 学園の入学試験の成績も五番だったし。

 ところが、そんな僕の思いがいかに甘い考えだったかということを、僕はすぐに思い知ることになった。

 

 というのも僕にとって運が悪いことに、僕の生まれた年は優秀な人間の、いわゆる当たり年だったのだ。

 総合力からすると、僕だってそこそこ優秀だと自負している。

 ところが、同級生の中にはやたらスペシャリストが多く、僕の存在はあっと言う間にその中に埋没してしまったのだ。

 

 剣、槍、弓、体術、馬術、ダンス、楽器演奏、歌唱、絵画、刺繍、弁論、数学、詩歌、歴史、外国語……それぞれ天才と呼ばれるような人物がいたのだ。

 

 ただし、第一関門の生徒会役員にはなることができた。僕より入学試験で上位だった二人が指名を受け入れなかったからだ。

 生徒会役員になれば将来色々と有利に働くので、希望する者が多いのだが、中には自分の自由な時間の方に重きを置いていたり、人とのコミュニケーションを嫌って断る者もいる。

 女生徒の場合は男性ばかりの環境に恐れをなして、指名される前に断りを入れる者がほとんどだという。

 そしてこの生徒会に入ったことで、僕はの自分の有り方というか人生が変わることになったのだった。


 公爵令息でしかも容姿が整っている僕は、入学早々女生徒に声をかけられたり、手紙をもらったりした。

 しかし、僕がそれで浮かれたり、いい気になるということはなかった。

 それはアスティリアが好きで彼女に悪い噂を聞かれたくない、という理由が一番大きかったのだが、それ以外にも僕を冷静にさせる原因があった。

 それは、生徒会室の僕の前の席に座ることになった、僕なんかじゃ足元にも及ばないほどの美丈夫のせいだった。

 

 彼はいわゆる女性の憧れであろう痩せマッチョ。男の僕でさえ見惚れてしまうほど素晴らしい体型をしていた。しかも、金銀メッシュの輝く髪に、水色と黄緑色のオッドアイをした、まるで神々しいばかりに輝くご尊顔。

 

 そう。王太子殿下だ。

 

 

『王太子は病弱で王宮に引きこもっていて、未来の国王には相応しくない。確かに王家の血は流れているが、同時に汚れた血も混じっている。

 そんな人間よりも、よほどお前の方が血筋的に国王に相応しい』

 

 二年前、酔った勢いで父がこう言った時、その不謹慎な言葉に僕は震え上がった。

 確かに祖父は王弟だった。つまり曽祖父は国王だった。それ故に僕もかなり低いが王位継承権は持っている。金銀メッシュヘアーはその血のせいなのだろう。

 しかし直系の王太子がいるにも拘わらずそんな発言をするなんて、不敬罪どころか国家転覆罪に問われかねない。

 

 その時は本気かどうかわからなかったが、僕とアスティリアの婚約が失敗した時の父の怒りを見て本気なのだと思い知ってゾッとした。

 それでも父に見捨てられるのが怖くて、アスティリアとの仲を復活させるためにも、学園に入学したら必死に頑張らねば!と強く決心したのだ。

 しかし、入学したその日のうちに、父の望みは過ぎた望みというか、身の程知らずの野心だということがわかった。

 

 新入生代表とし登壇したブリトリアン王太子はそれはそれは神々しく、まさに王族という風貌と、堂々たる態度で周りを圧倒していていたからだ。

 

 どこが病弱で貧相なんだよ。そんな出鱈目な情報しか持ち合わせていない時点で、父は詰んでいる。

 それに僕は父が必死になって隠していたあること知って、呆れてしまった。

 なんと父親の自慢の金銀メッシュヘアーはなんとまがいものだったのだ。

 学園に入学して間もなかったある日、僕は父が浴室でこっそり金髪の一部を脱色しているのを目撃したのだ。

 そしてその時に僕はようやく納得したのだ。何故三人兄妹の中で自分だけが父親に目をかけられていたのかを。

 何故父親が自分に似た末娘や愛する妻に似ている次男に対してああも素っ気ないのかと不思議だった。

 いくら僕が嫡男だったとしても、弟も妹も見目麗しく優秀で、僕とそれほどの違いがあるとは思えなかったのに。


 父が僕を特別視していたのは、僕の髪が王族の色である金銀メッシュだったからだ。

 これまで直系の王族の多くがオッドアイに金銀メッシュヘアーであったと歴史書には記されている。もちろんそのどちらかだけだった王もいたらしいが。

 普通の水色の瞳に金髪だった父は、そのことに強いコンプレックスを持っていたようだ。

 だからこそ、自分の息子に王族の印が出たことが嬉しかったのだろう。僕の存在が自分の王族の血を引いていることの証になると思えて。


 父はその自分のプライドを守るためだけに僕を大切にし、本来の自分と同じ金髪の弟や妹を蔑ろにしてきたのだろう。その理由を知って僕は馬鹿馬鹿しくて笑ってしまった。そしてゾッとした。

 母が僕達兄妹を平等に接してくれていたおかげで、兄弟仲は良かったが、一歩間違えていたら僕は弟妹を見下して兄弟仲は最悪になっていたかも知れないのだから。

 所詮父は僕の能力を認めて目をかけてくれていた訳ではなかったのだ。僕の容姿が王族の印を持っていて、王位乗っ取りに利用できると思ったからなのだと。


 僕はこの時点で父親を見限った。父の言いなりになって、父の策略に乗る真似は絶対にしないと心に誓った。そして父と一線を引くことを決めたのだ。

 しかしだからと言って、このこととアスティリアのことは関係ない。

 あんなに可愛く綺麗になった彼女と婚約したいという気持ちは変わらなかった。だから一生懸命に努力して頑張った。勉強も運動も武道も芸術も。

 


 

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