第21章 婚約の裏事情
(アスティリア視点)
「ですから、娘の婚約は成人を迎え、学園を卒業してからでも構わないと考えているのですよ」
「ガースン、何を言っているんだい。卒業してからなんて言っていたら売れ残りになるぞ。というか、有能な男はとっくに婚約者がいて、相手がいなくなってしまうぞ」
「閣下。ご心配には及びませんわ。
アスティリアの結婚相手は別に国内に限定しておりませんの。娘は既に数か国語をほぼマスターしていますので。
この国では女性の適齢期が二十歳前後ですが、近頃他国では高学歴で優秀な方ほど、男女ともに結婚年齢が上がっているそうなので、娘も大丈夫ですわ」
「なっ!」
お母様のこの言葉にオークウット公爵親子は喫驚した。
しかし、やがてディズベル様がこんなことを言い出した。
「わかりました。つまりアスティリア嬢が成人する前までに、僕がアスティリア嬢の将来の伴侶として認められるような男になっていれば、再び婚約を申し込んでもいいということですね?」
「まあ、そうですわね。申し込むだけならね。しかし具体的にどんな男性になるおつもりですの?」
「学園に入って常に上位の成績をとり、リーダーとしても周りから信頼と尊敬される人物です」
「つまり?」
「定期試験だけでなく、武道大会やダンスコンクール、弁論大会など各種大会でも好成績を取り、生徒会に入って人をまとめたり、企画立案できる能力を身に着けてみせます。
そして誰からもアスティリア嬢に相応しい、お似合いだと言われる男になってみせます」
好成績であって一番になると言わないところが、ディズベル様の頭がいいところよね。
だけど、お父様はそんな小賢しい人間をあんまり信用しないのよね。
ブリトリアン王太子殿下は四年前にこの地にやって来て、初めての訓練に参加した時、自分より歳下の子にあっさり負け続けて、泣きながらこう言ったのよね。
「今の僕はまるで赤子のように自分では何もできない情けない奴です。
しかし毎日訓練して、絶対にここで一番強い人間になってみせます。どんなに時間がかかったとしても」
って。
だからお父様や辺境騎士団のみんなはこう言ったそうだ。
「毎日欠かさず訓練をやり、必ず一番になるのだと強く心に誓えば、いつかそれは叶うだろ」
って。甘いこと言うなあと後で副団長に言ったら、
「あと二十年も経ったら、今日いたガキども以外はみんな年食っちまって、敵うわけないだろうさ」
と笑っていた。
まあ、二十年くらいじゃ、みんなまだまだイケオジで強いとは思うけれど、あの時みんなは、ブリトリアン殿下ならやるに違いにないって思ったのだろうな。
みんなは人を見る目があるから。私のような人の心が見えるギフトなんてなくても。
それに比べてディズベル様が初めて訓練をした後副団長は、
「あの公子様は二度と訓練には参加しないぜ」
と言ったけれど、実際その通りだった。なんだかんだと色々と言い訳して逃げ回っていたものね。
それに比べてブリトリアン殿下は、この四年間ふた月ごとにこの地に週間滞在して訓練に参加していたけど、来る度に強くなっている。
王宮でも欠かさず鍛錬しているだろうと、お父様や騎士団の皆さんは酷く感心していたなぁ。
こうして結局、私達の婚約話は白紙に戻った。しかしディズベル様は、
「学園に入ったら僕は変わってみせる。君に相応しい人間になって婚約者の座を手にしてみせる。だから待っていてね」
と言って怒り満載の父親と共に王都へ帰って行った。
私は彼らを見送ってホッとしつつも、公爵のクーデター計画についてどう話していいのかわからずに困ってしまった。
自分のギフトの能力について話さないと信じてもらえないだろうな、とは思いつつも、最初はギフトの話はせずに、自分は利用されそうになっていたようで怖いと両親に言ってみた。
私自身の能力や価値ではなくて、私が辺境伯の娘だから、お父様の力を欲していたのではないかと。
すると両親は、すんなりと私の話に頷いてくれた。というよりも、オークウット公爵が王家乗っ取りを計画していることに、数年前から気付いていたという。
オークウット公爵は辺境伯家に近付き、自分の息子と私を結婚させて親戚となることで強固な軍事力を手中に収めて、ブリトリアン王太子を廃しようと画策していた。
そしてその後は、自分の息子のディズベル様を王太子の地位に就けて裏で自分が実権を握るつもりだったのだろうと。
しかしそれを危ぶむ声が出てきたので、オークウット公爵は辺境の地に息子を連れてやって来なくなったのだろうと。
そして案の定その噂はそれ以上広まらず、今ではすっかり忘れ去られていた。
しかしお父様達は、宰相となっていたノーマン様達と共にオークウット公爵の陰謀を防ぎ、その悪巧みの証拠を得ようと動いていたらしい。
そして彼らを油断させるために、私とディズベル様の婚約話はそのまま放置していたらしいのだ。
長いことモヤモヤさせてしまって悪かったと両親から頭を下げられてしまった。
しかし、父が私を愛して大切に思っていたことがわかったので、まあ、仕方ないなと許してあげた。
それに、両家の婚約申請を国王陛下が私情だけで却下するだなんて、私だって思っていなかったもの。
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