第20章 婚約話の再燃
それにしても、このままのんべんだらりとこの関係を放置するのは嫌だな、とアスティリアは思った。
何故なら二年後には彼女も王都へ出て王立学園に入学する予定だからだ。
学園でディズベルから婚約者みたいな扱いをされたら嫌だし、他人から誤解されて的外れな嫌がらせをされても困ると思った。
ディズベルの内面を知らなければ、多くのご令嬢が彼に興味を持つに違いない。
ディズベル様は名門公爵家の嫡男で、王家の血を引くことを証明する金銀メッシュヘアーで見目麗しい。王立学園に入学できるのだから頭もいいのだろうと。
父親は馬鹿にしていたが、あそこはいくら身分が高くても難関試験に合格しないと入れないことをアスティリアは知っていた。
そもそも両親ともにそこの卒業生であり、母親はイーリス王妃と並んで首位で卒業していたのだから。
アスティリアは容姿と運動能力は父親似なのだが、頭の出来は母親似のようだ。今の時点で入学試験を受けても合格するだろうと教師陣からは太鼓判を押されている才女だった。
そして以前は母親に酷似と言われていた性格は、いまでは両親を足して二で割った感じだと、すぐ下の弟に言われている。
ちなみにその弟のクリストフは、外も中も母親のミニチュアみたいな感じのクールなしっかり者で、シスコンであることが唯一の欠点であった。
そして末の弟ロックスは色味だけが母親と兄と同じ金髪碧眼で、それ以外は父親似の甘えっ子のシスコンだった。
『お願い、ここでスパッと縁を切って下さい』
アスティリアが思わず縋るような思いで父親を見た。
すると、彼は娘を見て優しく微笑むと、今度はオークウット公爵様親子に向き直ってこう言った。
「オークウット公爵。最初にも言ったが、娘ももう子供じゃないので、そろそろ世間体も気にしないといけないと思っているのだ。
だから、オークウット公爵令息様との関係もこの辺りではっきりさせたいと思っている」
「ああ、もちろんだとも。四年も二人の関係を放置したことは大変申し訳ないと思う。
しかし国にあらぬ疑いを受けるのも嫌なので、息子の訪問を控えさせてもらっていたのだ。
だが、ディズベルも学園に入学することだし、やたらにご令嬢に言い寄られても困るので、この辺で身を固めておきたいと考えているのだ。
アスティリア嬢とディズベルの婚約を正式に結びたいと思うのだが、どうだろうか。四年前とは違い、もう王家からの嫌がらせもなく許可が下りると思うし」
オークウット公爵はこう言ったが、お父様は首を横に振った。
「残念だが、私達夫婦は大事な娘をオークウット公爵家のご令息と婚約させるつもりはないよ。
私は娘を、誰よりも何よりも愛してくれる者にしか嫁がせる気はないのでね」
「待って欲しい。確かに息子の態度や行いは傲慢で、アスティリア嬢を蔑ろにしていたことは否定できないようだ。
本当に申し訳ない。心から謝罪する。しかし、息子もまだ幼かったのだ。もう一度だけチャンスを与えてくれないだろうか」
「辺境伯閣下、アスティリア嬢、これまで本当に申し訳ありませんでした。これから態度を改めます。どうかこれからの僕を見て下さい」
「これから態度を改めることは貴方にとっても良いことですから頑張って下さい。
しかしそのことと娘との婚約は関係ないのでは?
そもそも娘に拘る必要はないでしょう? オークウット公爵令息様ならどこの高貴なご令嬢とでもご縁が結べるでしょう?」
「アスティリア嬢ほどのご令嬢はいません。ディズベルはオークウット公爵の嫡男として、いずれ王太子殿下の側近としてこの国を支える人間になるでしょう。
そしてそんな息子を支えられるご令嬢はそうはいません」
『辺境伯と親類になれば、百人力だ。人前にも出られないような軟弱な王太子を廃して、ディズベルを王太子にできる。
そしてこの国を我がオークウット公爵家が支配するのだ』
突然とんでもないオークウット公爵の心の声が聞こえてきて、アスティリアは思わず声を上げそうになって、必死にそれを堪えた。
それって、クーデター?
ブリトリアン王太子殿下を廃するって、幽閉する気? それとも殺す気?
しかもお父様や私を利用して?
冗談じゃないわ!
冷静に冷静に。
大事な時にこそ冷静にならないと、正しい状況判断ができずに失敗する。上に立つ者が判断を誤ると多くの部下の命が危険にさらされる。
国境地帯での実地訓練の時、事あるごとにお父様や副騎士団長から言われ続けた言葉だ。
しかも、これは重大事項ではあるけれど、今すぐ命に関わるという緊急事態ではないのだ。慌ててはいけない。
それに私は今淑女の仮面を被っているのだ。それをとってはいけない。
ここはお父様を信じて様子を見ようと私は思った。
「そこまで娘を買って下さることには感謝します。しかし、私は娘の未来を狭めたくないのです。
今思うと四年前の私の判断は間違っていたと思っています。
婚約は本人達が責任を持てる年頃になってからするべきものです。親が勝手に決めるものではありません。
妻のことを顧みれば分かることだったのに」
『以前の私は本当に人を見る目がなかった。オークウット公爵なんて単に同級生というだけだった。
特に仲が良かった訳じゃないのに、懐かしいね、これからも仲良くやろうなんて言われて友人だったと錯覚してしまったんだ。
辺境伯である俺を利用しようと近付いてきただけじゃないか。
しかもディズベルの見かけの可愛らしさに絆されて、一時でも娘の婚約者にしようと考えたなんて、昔の自分を殴ってやりたい気分だ。
あの時陛下に申請を却下されて、どれ程感謝したことか。もし、あのまま婚約が成立していたら、俺はエリスティアの糞両親と全く同じ糞親父になるところだった。
エリスティアにだって、よく考えてと何度も言われていたのに』
お父様が平静な顔の裏で酷く後悔しているのがわかった。しかし仕方ないですよ。
お父様のモットーは来る者拒まずですし、これまでなら大概の悪人でも矯正できていましたからね。
けれど、公爵様を物理的に矯正する訳にはいかなかったでしょう。もし実力行使していたら、さすがに手が後ろに回って牢獄行きだったでしょうしね。
おそらくですが、お父様もお母様に教育というか指導されているうちに腹芸ができるようになったのでしょうね。
まさに今、お父様の知らなかった一面を見せられていますよ。
読んで下さってありがとうございました!




