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第19章 贈り物


(アスティリア視点)

 


ディズベル様がやたらと私のワンピースを気にしているので、私はこう言った。 


「褒めて頂けて嬉しいですわ。私もこのワンピースがとても気に入っているのです」

 

 するとお母様がこう続けた。


「王都にいる私の友人が娘の誕生日にプレゼントして下さったのですよ」

 

 すると、なるほどオークウット公爵様達が頷いた。

 

「髪飾りやブローチも素敵でしょう? 派手ではないけれども上品でしかも可愛らしさもあって、娘によく似合っていますでしょ?」

 

「さすがエリスティア=ホーズボルト辺境伯夫人。素晴らしいセンスですね。どちらのデザイナーの物なのか教えて頂きたいですね」

 

「デザイナーの方が誰なのかは存じませんの。こちらも頂き物ですから」

 

「贈り物なのですか?」

 

「ええ。友人の息子さんからの娘への誕生日プレゼントですわ。

 その方は娘の十一歳の誕生日から、毎年娘に似合う素敵なアクセサリーを贈って下さるのですよ」

 

「「・・・・・」」


 このお母様の言葉に彼らは顔色を悪くした。


『誰なのだ、その友人とは!

 王都を追い払われてから、夫人と付き合いのある王都の貴族など私と妻くらいしかいないと思っていたのに』

 

『あんな野蛮で女らしくないアスティリアにアクセサリーなんて贈っても宝の持ち腐れだと思って、僕は菓子ばかり贈っていた。失敗した!

 一体誰なんだ! 婚約者のいるご令嬢にアクセサリーを贈るなんて図々しい奴は!

 しかもそれを僕の前で堂々に身に着けるなんて、アスティリアはどんな神経をしているのだ。やっぱりまだまだ常識が足りないな。

 公爵家に呼び寄せて淑女教育を施し直して、男に色目を使うような真似を改めさせないと』

 

 対象者が近距離に居れば同時に二人の目くらいは見える。それ故に目の前に座る親子の心はどうにか読むことができた。頭が疲れたけれど。ディズベル様、やっぱり貴方は期待を裏切らない最低な方ですね。私はいつ貴方の婚約者になったのですか?


「そのご令息はずいぶんとセンスが良いのですね。息子にも見習わせないといけませんね。

 その方とはよくお会いになっているのですか?」

 

「ええ。よくお見えになりますよ。彼は主人に憧れていて、主人のように強くなりたいと、辺境騎士団の訓練に度々参加されているので。

 娘へのプレゼントはそのお礼も兼ねていると思いますわ。娘が喜ぶことが主人にとって一番嬉しいことだと理解していらっしゃるのでしょう。主人は娘を溺愛していますから」

 

 溺愛? 大袈裟だなと思って久しぶりにお父様の心を見つめてみると、それが嘘ではないことがわかり、それが嬉しいと思うと同時に恥ずかしくなった。

 娘が喜ぶことが主人にとって一番嬉しいこと。お母様のこの言葉はつまり、お父様は娘である私を蔑ろにした者は絶対に許さないということだ。


 四年も会いに来ず、贈り物も気持ちのこもらないおざなりな物ばかりだった。この結果が何をもたらすのかをようやく気付いたディズベル様は困惑し、焦っていた。

 そしてそんな息子の様子を見て何か察したらしいオークウット公爵が、その息子に対して激怒している気持ちが私の心に伝わってきた。

 

 しかし、お父様はそんな彼らの様子を気にすることもなく、執事に命じてあるモノを持ってこさせた。

 そして珍しく笑みを浮かべながら、そのあるモノをディズベル様に手渡した。

 

「ディズベル=オークウット公爵令息様、来月王立学園にご入学されるのですよね。誠におめでとうございます。

 まさかお忙しい中をわざわざこんな辺鄙(へんぴ)な所にまでお出で頂けるとは思ってもみなかったので、お祝いの品を丁度お送りしようと思っていたところだったのですよ。

 しかし直接手渡せることができて幸いです。どうかお受け取りになって下さい」

 

『やはり、僕にプレゼントを用意してくれていたってことは、辺境伯閣下は僕を怒っていたわけじゃないよな』

 

 ディズベル様は少しホッとしながらも、その贈り物を受け取った。しかしその瞬間に眉間にシワを寄せた。

 なぜならその立派な包装紙に包まれた贈り物は思いの外軽かったからだ。それに。


『あれ? でもなんか思っていたよりずっと小さいぞ』

 

「ありがとうございます。中を見てもよろしいでしょうか?」

 

「もちろんですよ。気に入ってもらえると嬉しいのですが。

 公爵家のご令息が身に付けていてもおかしくないように、王都でも一番古い伝統を持つ店の品なのですよ」

 

 お父様の言葉を聞きながら、ディズベル様は包装紙を解き、長方形の細長い箱の蓋を開けた。そして絶句していた。

 そんなショックを受けて口のきけなくなった息子に代わって、彼の父親が言いにくそうにこう質問してきた。

 

「ほう。素晴らしい万年筆ですね。ですが武官の我が家の嫡男の祝いの品が何故万年筆なのかね?」

 

『普通娘の婚約者、またはそうなるであろう者が学園に入学するときには、護身用の剣を贈るというのが常識だろう。それなのにまるでうちの息子には武官は無理だから文官にでもなれと言っているようではないか。

 それに、辺境伯が王都一の武具鍛冶職人に剣を注文したと聞いていたから、当然息子の入学祝いだと思っていたのだが、あの情報は誤りだったのか!』

 

 なるほど。親子してお父様から剣を贈られると勘違いしていたのか。なんて図々しいのかしら。ディズベル様が、辺境伯であるお父様から剣を贈られるのに相応しい人物だと思っていたなんて。

 

「私はオークウット公爵令息様がどれほどの剣の使い手なのか存じあげないので、剣をお贈りすることはできないでしょう?

 例え護身用であれ剣は飾りではない。人に贈呈するのであれば、持ち手の力量に見合った品を贈らねばなりません。ですから、ご子息に剣を贈るのは止めたのですよ。当然でしょう?

 ご子息の剣は、ご子息の力量を一番把握している父親である公爵閣下が用意されるのが妥当でしょう?

 ですから私は剣以外で学生にもっとも役に立つと思われる万年筆にしたのですが、ご不満ですか?」

 

『剣ダコもろくにない綺麗な手をしている奴に、剣なんて必要ねぇだろう。

 軟弱なお前はせめてこの最高級の万年筆で、ペンダコができるまで勉強しろってんだ! まあ、それも無理かもしれんが!

 無駄な贈り物になりそうだが、まあ、これが最後の贈り物になるのだから、まあ餞別だ』

 

 珍しくお父様の裏表激しい内心に少しだけ驚いた。

 お母様が言っていた通り、ディズベル様のことは本当に腹に据えかねていたのね。

 

 それにしてもお父様の説明は理にかなっていたので、公爵様もそれ以上何も言えず、ただ自分の息子を睨んでいた。

 

『アスティリア嬢は自分に惚れ込んでいるし、辺境伯は自分を気に入っている。

 だからわざわざあんな遠くまでいかなくても、贈り物でも送っておけばいいなどと言っていたのはお前じゃないか!それがなんてざまだ。

 それにまさか贈り物は菓子だけだったとは。 あんな一流なアクセサリーを贈るようなライバルがいたというのに! 愚かにもほどがある』

 

『なんでだ! 

 アスティリアは僕を好きだったじゃないか。辺境伯だって僕を息子みたいだって言ってくれていたじゃないか。

 そりゃあ、もっと真剣に訓練しろと五月蠅いからこっちへは顔を出さなかったのは、まずかったかもしれないけれど、剣術なら屋敷で一応教師について習っていたし。

 それにしても、贈り物はお母様の忠告を聞いておけば良かった。

 綺麗な物を貰って嫌がる女の子はいないわよって確かに言われていたけど、あんな男女にアクセサリーなんて似合わないし不必要だと思っていたんだ。

 まさかこんなに彼女が綺麗で可愛くなるなんて思ってもいかなったんだ。

 お母様は、辺境伯ご夫妻の娘さんなのだから、将来はさぞかし美しく賢い素晴らしいご令嬢になるでしょうって言っていたけど、あれは正しかった。

 くそっ、どうすればいいんだ。今回は正式に婚約を結んでやろうと思っていたのに』

 

 四年も放置していたくせに、まだ私と婚約するつもりでいたのか。お母様の予想通りだった。それにしても私に好かれていると思っていたなんて、自惚れもいいところだわ。

 

 読んで下さってありがとうございました!

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