第17章 ギフト仲間
このアイナワー王国において十歳の誕生日は、とても重要で特別な日だった。何故ならその日に、子供達は天からのギフトを授かるかもしれないからだった。
それは王侯貴族の身分など関係がないので、特に平民の子供達はとても楽しみにしていた。
まあ大概は些細なギフトであり、それによって人生が大きく変化するわけではないが、それでも心の支えになったり、自信になったりするものだ。
十歳誕生日を迎えた子供達は早朝に礼拝堂へ向かい、そこで無事に十歳まで生きてこられた感謝と、これからも平穏無事で過ごせますようにと祈った後でお供えを捧げる。
どんなものを捧げるかは人それぞれ。その気持ち次第。つまり自分にできる精一杯のもの。
たとえば、一切れのパンのだって、毎日の食事に困っている家の子だったら、金持ちのドレス一着分の価値があるかも知れない。
アスティリアは一年前からその日のために苗から育てて収穫した小麦と、卵から孵化させて育てた鶏の雌を三匹、それからレースで編んだ敷物、そしてそれらを入れるための蔓で編んだバスケットを捧げた。
それらはみな大層手間暇がかかったが、彼女にとってそれはとても良い経験になった。
アスティリアがそのお供え用の敷物のレース編みをしていた時、ちょうど遊びに来ていたディズベルが、
「へぇ~意外だね。君ってそんな女の子らしいこともできるんだね」
と皮肉まじりだったがとりあえず褒め言葉を発した。
しかしアスティリアが畑仕事をしたり、鶏の世話をしたりするのを見た時には、何も口にしない代わりに、嘲りというか、軽蔑というか、怒りの目で彼女を見ていた。
「貴族令嬢なのに、あんなことまでしてギフトを欲しがるなんて惨めだよね」
ディズベルが陰で侍従にこう言っているのを聞いてしまったアスティリアは、深いため息をついた。
別にギフトが欲しいから供え物をするのではなくて、これまで生きてこれた感謝をするために、今の自分の成長を見せるために女神様にお供えをするのに、そんなこともわからないなんて、と。
因みにディズベルはギフトを持っていない。彼曰く、
「全てにおいて恵まれている僕に、今さらギフトの恵みなんて必要ないと、女神様も思ったのだろう」
違うような気もするが、確かに彼には天からのギフトなどいらないだろうと、何となくアスティリアは思ったのだった。
そしてそれから半年後、いよいよアスティリアの誕生日がきた。その日に誕生日を迎えた子は、彼女を含めて七人だった。
天からギフトをもらえるのは、誠意が見えたと判断された者だけだ。だから全員がギフトを貰えるわけじゃない。
普通は牧師が貰えなかった子に配慮して、ギフトをもらえた子には後で一人一人にこっそりと教えていた。
ところがその日は七人全員がギフト持ちとなったので、牧師がみんなの前でそのギフトの名を発表した。
アンは雨を降らせるギフト。
ジムは雨が降るのを止めるギフト。
ベンは緑を育てるのが上手なギフト。
エリーは動物に好かれるギフト。
ダンは火を扱うのが上手なギフト。
ショーンは小さな音を聴き分けられるギフト。
そしてアスティリアは……
「アスティリアお嬢様のギフトは、説明するのが少し難しい。そうですねぇ、大雑把に言うと自分と大切な人々を守れるギフトといったところかな」
「それは喧嘩が強くなれるギフトか? オレが欲しかったな」
「そのギフトがあったら、酔っ払った親父から母さんを守れるかな?」
「近所に嫌味ばっかり言う意地悪なおばちゃんがいるんだけど、やっつけてやれるかな?」
「おねぇちゃんにしつこく言い寄ってくる、髭面で怖い冒険者の人がいるんだけど、そのギフトがあったら、私でもやっつけられるかな?」
牧師がアスティリアのギフトを発表をすると、みんなが彼女のギフトが欲しいと言い出した。
自分のギフトにも驚いたが、同じ年だというのに、みんな色々と悩みがあるのだということをアスティリアは知った。
『譲れるものなら譲ってあげたい。私はそんなギフトを持っていなくても、自分で体を鍛えて強くなれる、そんな恵まれた環境にいるから』
と彼女は思った。しかし、実際にはそんなことはできない。
「ちょっと待ちなさい。勝手に勘違いをしてはいけないよ。
アスティリアお嬢様のギフトは何かを守れる力があると言ったが、それは腕力で守るという意味ではないのだよ。
確かに私達は毎日体を鍛えてお強い騎士様によって、他国や極悪な犯罪者から守ってもらっていますよね。
しかし、騎士様だけでなく、色々な政策を施して下さる文官の皆様がいるから社会は成り立っているのですよ。
それに農家の皆さんが私達の食生活を守ってくれていますし、お医者様はみんなの健康を守ってくれるでしょう?
守るというのは腕力とか武力だけじゃないのだよ。アスティリアお嬢様の守る力というものも、そういうものではない。
お嬢様のスキルは、大切なことを知り、それによって守ることができる力なんだよ」
「えーっ、よくわかんない」
ってみんなは口々に言った。確かに、他の子達のようなわかりやすくて具体的な力ではなさそうだと、アスティリアは思った。
しかし、なんとなく大雑把なイメージが浮かんできて、きっとこれは人の役に立つギフトなんだろうという予感があった。
そして、態々牧師様がこんな言い回しをしたということは、きっと、あまり人には知られない方がいいのだろうな、とアスティリアは思った。
「とにかくみんなは、お嬢様の前で嘘をついてはいけないよ。お嬢様にはどうせそんな嘘は知られてしまうのだからね。
君達はグループだからね、これからも一緒に行動することも多くなるだろう。
人生というのは山あり 谷ありで色々なことが起きるだろう。
将来誰かに困ることが起きるかもしれない。そんな時は、皆がそれぞれ力を合わせれば、きっと困難にも立ち向かえるだろう。
そしてそんな時は、隠したり嘘をついたりしないで、正直に相談するんだよ。わかったかい?」
「「「はい」」」
牧師様の言葉は難しくてよくわからないところもあったが、要するにこの七人は仲間でありギフトチルドレンだから、嘘をつかず、信頼し合って仲良くしろ、ということだろう。
そう思ったアスティリアは、右手を差し出してこう言った。
「これからはみんな友達よ。仲良くしようね」
「「「オーッ!」」」
他の六人が、アスティリアの手の上に次々と手を重ねていったのだった。
この七人のギフトチルドレンの絆が一生続くものだったなんて、その時の彼らは思いもしなかったのだった。
帰りの馬車の中で、アスティリアはかなり興奮していた。仲間ができたこと、特殊なスキルを与えられたことに。
一番最後に礼拝堂から出ようとしたアスティリアは、牧師様に呼び止められて、そこで初めて彼女の能力について説明を受けた。
そしてこう言われた。
「貴女に与えられたギフトは本当に貴重で希少なものです。その力を知られれば、貴女は人から利用される恐れがあります。
それ故にどんなに信用できる方、つまり身内の方にも成人するまでは秘密にしておいた方がいいですよ。
そしてもしそのギフトについて悩むことがあれば、私が相談に乗りますからね」
と。
アリスティアは自分に与えられたギフトがかなりレアなものだと聞かされて、それが嬉しくもあり、怖くもあった。両親にさえ話してはいけないだなんて。
しかし彼女は、牧師の言葉の深い意味をその日の午後に思い知ることになった。
まるで同時通訳者がいるように、ディズベル=オークウット公爵令息様の別の言葉がアリスティアの頭の中に入ってきたのだから。
『これが彼の本当の心の声ってことなの?』
と、彼女はあ然としたのだった。
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