第16章 幼なじみの本音
(アスティリア視点)
「こんな遠い辺境の地まで、ようこそいらっしゃいました。ご無沙汰しております。公爵様、ディズベル様」
私がカーテシーをしながら王都からの久し振りの客人に挨拶をすると、二人は瞠目して一瞬固まった。
「アスティリア?」
「はい」
私が返事をすると、お父様がこう言った。
「ディズベル様、お互いもう幼い子供ではないので、娘の名前を呼び捨てにするのはそろそろお止めになって下さいね。
四年前は野蛮で下品だった娘も、その後妻から厳しく再教育を受けたので、父親の私が言うのもなんですが、十四歳で既に立派な淑女だと、王妃殿下からもお墨付きをもらっているのですよ。
ですから、これからはそのおつもりで娘に接して下さいね」
お父様、私がディズベル様にモラハラやパワハラを受けていたことを、本当に知っていたんだわ。そして口には出さなかったけれど、腹を立てていたのだと私は初めて知った。
そしてお父様の言葉に驚いたのは私だけでなく、オークウット公爵様親子も同様だった。
「何を言っているのだ、ガースン。アスティリア嬢は確かに少し会わないうちに、とても美しくて素晴らしいご令嬢になっていて目を見張ったが、以前から立派なご令嬢だっただろう?
さすがはかつて社交界一の完璧なご令嬢と名高かった、エリスティア=ホーズボルト辺境伯夫人のお嬢さんだと思っていたよ。
あの時点で、どんな高貴な家に嫁いでも問題なかったくらいに。なあ、ディズベル?」
父親であるオークウット公爵の問に、彼の息子のディズベル様は驚いた顔で父親を見た。
「えっ? あの……」
ディズベル様が戸惑っていたので、私は助け舟?を出した。
「公爵様。どんな高貴な家の方々でも、公と私では話し方や接し方は変わるものでしょう?
四年前の私はまだ幼くて、ディズベル様のことを勝手に身内のように思っていたのです。
ですがディズベル様の方は違っていたらしくて、私のことを礼儀も知らない下品で野蛮だと思っていらしたようで、度々お叱りを受けていましたの。
私の勘違いで馴れ馴れしくして不快にさせてしまったことを、今更ですが深くお詫びいたします。
今後はそんな誤解を招くような真似はしないように心掛けますわ」
私の言葉に二人はまたもや驚嘆した。そして、公爵様が彼の息子を物凄い形相で睨んだので、ディズベル様は慌てて言った。
「誤解なんかじゃなくて、君は僕の特別だよ。けれども少しお転婆なところがあるから、怪我をしないように、少しお淑やかにした方がいいと言っただけだよ」
『木登りとか、かけっことか、釣りだとか、ポニーに乗って競馬だとか、令嬢のやることじゃなかったよ』
まるで同時通訳者がいるように、ディズベル様の別の言葉が頭の中に入ってきたわ。彼の心の声ってやつですね。
そして彼が黙ってからも、彼の心の声が引き続き聞こえたわ。
『それに男の僕となんでも本気でやり合って、勝ちを譲る気も一切なかった。男を立てる気もない令嬢なんて淑女失格だった。いくら野蛮な辺境伯の娘だからってさ。
でも、まさかこんなに変わっているなんて。可愛いというか、綺麗だ。
あの子は絶対美しくて素敵なご令嬢になるわ、って母上が言っていたけれど本当だった』
うちの領民や辺境騎士団の皆さんは、まあ純朴というのか裏表があまりないので、心を覗いてみても、普段通りで極端に違う思考はしていない。むしろ、きつい言い方をしながらも、
『ごめんよぉ。本当は嬢ちゃまにきついことは言いたくねぇんだ。可哀想だし、嫌われたくねぇしよ。
だけどここで甘やかしたら嬢ちゃまのためにならねぇからな』
と、そんな優しいことを思ってくれている人達ばかり。
だからこそ、四年前の誕生日に突然、ディズベル様の本音である心の声が聞こえてきた時、そりゃあ驚いたわ。
『こんな野蛮な辺境伯の娘に、王都一お洒落な店の帽子を贈るだなんて、母上も無駄なお金を使うよな。似合うわけがないじゃないか。
こんな田舎者には、ちょっと珍しいお菓子でもあげておけば大喜びするのにさ』
上品そうに水色の目で私に微笑みながら、彼はこう思っていたのだもの。
元々ディズベル様に恋心を抱いていた訳ではなかった。普通に幼なじみとしか思っていなかったし、婚約の話も、あまり深く考えてはいなかった。まだ子供だったし。
でも、十歳の誕生日にディズベル様の本音を聞いて彼を信用できなくなった。
そしてその後放置されたことで、幼なじみの情も消えてしまった。
だから四年ぶりにディズベル様の心の声を聞いても、私は全く動じなかった。彼は全く変わっていなかった。彼はブリトリアン殿下とはずいぶん違うわ。
ディズベル様に対する失望感が益々深くなった私だった。
アスティリアが何故人の心を聞くことができるようになったのかは、次章でわかります。
読んで下さってありがとうございました!




