chapter4_2_1 After the War(1935~1939)
(この節は全般状況の解説となるので、「甲案」の修正案を選択された方は等しく同じとなっています。ご了承ねがいます。)
太平洋戦争では、僥倖にも恵まれ圧倒的勝利を納めました。
当面、太平洋上に八八艦隊を有する日本に仇なす国は存在しません。
では、これからの日本の行く末はどうしましょう。
国内は戦中から続く内需の拡大、(武器)輸出の好調、版図の拡大、賠償の獲得といいことずくめです。
また、先年の対戦相手の合衆国は、依然アジアへの進出を虎視眈々と狙っていますが、戦後勝手に経済が崩壊してフラフラな状態です。
このままぽややんと、経済拡大とそれに伴う軍備の拡張を行っていれば、特に問題もないようにも思えます。
英国の世界秩序維持のもと、全世界的には適当に振る舞い、アジア経営を英国の文句の出ない程度に進めれば日本の100年の繁栄は確実のようにも思えます。
(この頃、史実を引っかき回したドイツの勢力は、小さなものと見られていました。)
では、ここで少し世界全体の流れを日本中心に主要各国ごとに見てみましょう。
まずは、先年の対戦相手であるアメリカ合衆国。
この国は、不景気のまっただ中です。
軍需生産こそ政府の膨大な国債の発行による予算投入で継続されていますが、経済そのものは景気回復の兆しもなく、戦時でもない軍備への投資と拡張はいずれ頭打ちになるのは明白です。
世界の三分の一以上を誇る巨大な生産力も、列強からはそれ故嫌われ疎外され、それまでの投資先のドイツも戦争の間に全体主義に染まってしまい、アメリカの経済進出をむしろ嫌っています。
その上、勝てるはずだった日本との戦争で、実質的になけなしの植民地の大半を失い、いまだ潜在的には巨大な生産力を抱えつつも、それを活かす事が全くできずのたうち回っています。
しかし外交的には、依然アジアへの進出を狙っての外交を続けており、さらに合衆国から見て過酷だった講和条約への不満、日本が実質的に支那市場の一部を牛耳っている現実などから、太平洋戦争以前同様、反日的な外交を展開する点に変化はありません。
その上、太平洋戦争での敗北とその後の講和会議から、対英不信も大きくする事になります。
それは、元々対英不信の大きな国柄ですし、結局支那で一番大きな顔をしているのが英国だからです。
よって、政府レベルでの憎しみもより大きなものとなります。
ですが、現状(1930年代半ばから1940年代初頭)では、軍備はガタガタで、海軍に至っては一から再建せねばならないほどですので、単なるうずくまった巨人に過ぎません。
また、これを日本から見れば、元々対アメリカ貿易は支那貿易よりも大きな比率を持ちます。
つまり、最大の貿易相手です。
戦勝したことで、無茶な関税障壁もなくなったのですから、商売もしやすくなっています。
しかし、石油は満州で大油田が発見されたので、開発さえ進めば、わざわざ遠くから輸入する必要もなくなります。
鉄鋼生産など重化学工業も経済の進展とともに順調に発展しているので、屑鉄輸入などはその必要性すらなくなりつつありますし、以前からの樺太での油田開発の影響もあり高純度なハイオクタン・ガソリンすら製造が可能となりつつあります。
つまり、今まで政府レベルでは実質的に頭を下げて商売していたのが、対等に近くなったと言うことです。
アメリカにとっては気に入らない事ばかりです。
特に、日本は自国での工業生産力を上げ、その商品が日本だけに対する関税障壁の実質的消滅によりアメリカ国内に大量に流れ込み、日本をますます富み栄えさせる上に、それによりさらに大きな顔をしているのですからなおさらです。
反対に欧州との関係は、強化したい気持ちはありますが、英国との仲は相変わらず最悪な上に、したたかな英国相手に付け入るスキは非常に少なく、表面的には友好関係を保っているフランスなどは、殊に話が貿易の事となるとブロック経済の中に閉じこもってしまい、ドイツは政府主導の全体主義政策下にあり、自由主義を標榜とするアメリカとしては受け入れられないし、つけ込むスキもあまりないのが実状です。
また、ソ連貿易も対外的には五カ年計画の成功が大きく宣伝され、社会主義の奇蹟などと言われている割には、思ったほどアメリカ商品を買ってくれません。
もちろん、パートナーとして考えると、自由主義を標榜する合衆国が社会主義国を受け入れる事など到底できません。
ただし、各国から非難されているアメリカの「万里の長城」と呼ばれる高い関税障壁については、棚に上げておくのは当然です。
つまり、戦後アメリカにとって友好的に重視すべき外交相手はいないと言う事です。
何かをしたければ、すべて自前で何とかしなくてはいけないと言う事です。
幸いにも1940年になれば海軍だけは復活するので、それまでツメを再び研ぎつつも、忍従自重です。
そして、引き続きアジアへの進出を強化し、最後のフロンティアをアメリカが独り占めにすべく邁進するのです。
当然、その邪魔をしてくるであろう日本を今度こそ完全に粉砕し、首都東京すら蹂躙し、先年の恨みを倍にして返してやればいいのです。
次に、いまだ世界帝国として君臨する大英帝国。
不景気は、広大な海外領土にものを言わせたブロック化経済政策と支那経営の強化で乗り切り、第一次世界大戦の借金返済も一段落し、ようやく復調の兆しが見えつつあります。
いまだ、海軍は世界最大であり、金融力もアメリカの凋落が著しい今、当面は世界一です。
植民地の多さも外交の狡猾さも言うことありません。
多少衰退したとは言っても、いまだ誰もが認める世界帝国です。
その英国の当面の拡大方面は支那大陸です。
最後の市場である支那大陸で主導権を握りつつ、商品を売りさばき影響力を増大し、ここから絞れるだけ絞り、大英帝国の栄光を取り戻さねばなりません。
もちろん、自国植民地については言うまでもありません。
また、近年成長著しい日米独の軍事力もなんとか封じたいと言うのが、偽らざる気持ちです。
さらに共産主義国家の跳梁も阻止せねばなりません。
世界帝国とは、かくも大変です。
まあそんなこんなで、支那近在の軍事強国である日本との関係は、可能な限り維持すべきと言えます。
ドイツには、反共の防波堤として史実同様の政策が実行されます。
英国人は粘り強いかも知れませんが、平時の外交はそれ程巧妙とは言い切れません。
英国にとって合衆国政策は、当面ほぼ考えなくてもかまいません。
日本がせっかく潰した海軍が数年後にある程度復活しますが、不景気のどん底で、その上結局また日本と対立するのが明白なのですから、これにまた便乗すればいいのです。
それに、この国と英国の間には、長期的な友好関係が生まれたことなどなく、対抗者として以上に考える必要などどこにもないのですから。
次は、ドイツ共和国(第三帝国)です。
この国では1933年にナチス党率いるアドルフ・ヒトラーが政権を握り、ベルサイユ条約の破棄、大胆な大規模公共投資による経済の建て直し、軍備の復活などなどドイツ再建を目指して邁進中です。
この国にとっての最大の問題は、当面は経済と国威の回復ですが、それ以上にドイツ経済が内需の面で回復した後に来る生存権と経済圏の拡大をどうするかです。
ドイツ経済は合衆国のそれについで巨大であり、これを全て受け入れるだけの市場は近在にはありません。
しかも、国内とその影響圏には近代国家の血液たる石油は少なく、農業生産力も国内人口全てを食べさせる事は難しい状況にあります。
かといって、東には天敵たるロシア人の建設した共産主義国家ソビエト連邦があり、海の向こうには、今は融和外交で比較的穏便な関係を維持しているが、世界帝国を自認するジョンブル達の国が目を光らせています。
この二つの勢力をどうするかも大きな問題です。
凋落著しいフランス人の国など、軍事力が復活すれば後はどうにでもなるので、あまり視野にはいれません。
ですから、英国とソ連をどう扱うのかが、この国の重要な外交となります。
この政策に打ってつけなのが、ソ連の反対側にあり、英国との関係も今だ深い日本帝国です。
この国と反共と言う点で連帯できれば、外交上大きな勝利となります。
そう、まさに史実と同じように考えるわけです。
しかも、ソ連の目を東に向けさせるだけでなく、日本と同盟や協力関係を結べば、英国とも間接的に繋がりを強くできます。
その上日本の海軍力は、今のところ世界第二位で、その戦闘力は強大だったはずのアメリカ海軍を叩き潰した事から折り紙付きです。
しかも、この東洋の国とドイツは特に直接の利害関係もなく、これを達成するのは容易なように見えます。
かくして外交面で、対日融和、友好外交が1930年代半ば以降、対英融和、反共の政策と共に進められます。
あと、ドイツにとって中立と言える合衆国政策です。
依然対外政策を重視する民主党が政権を運営している点は危険と言えますが、不景気の中成長しつつあるアメリカ・ナチス党などを支援して、かの経済大国を味方にできれば、後ろ盾として非常に心強いものがあります。
せっせと援助して、親独傾向と全体主義的風潮を育てる事になるでしょう。
もちろん、イタリアとも連帯しますが、これは経済と軍事力の復活した後のドイツにとっては、それ程重視すべき対象ではありません。
元々国力は圧倒的にドイツが上なのですから。
あとはフランス、イタリアそして支那が大きな勢力と言えますが、日本にほとんど関係ない仏伊二国は考えない事にします。
それにこの両国は、史実と同じルートをたどれば、大したことはできません。
と言うことで、支那だけ見てみましょう。
当時の支那は、中央では中国国民党(国府軍)と中国共産党(共産党)が支那大陸の覇権をかけて激しく勢力争いをしています。
それ以外の軍閥も跳梁も、混乱の度合いの強まりにしたがい著しくなります。
北の満州では日本が勢力圏を確立し、既成事実としてこの地を実効支配しつつあります。
そして、支那での利権獲得を目指して、イギリス、日本、アメリカ、ソ連などが様々な手段を以て、この国を引っかき回しています。
特に、華南と華中では英国の勢力が大きくなっています。
そして支那の総主権は一応国府軍の手にあり、この地に最も大きな影響力を持つ列強の日英が主に支援しています。
一方、共産党はその名の通りソビエト・ロシア、コミンテルンが支援しています。
なお、コミンテルンは他の中小の支那領内の地方組織にも武器や資金を流しており、支那大陸の混乱を助長しています。
それは、革命とは混沌の中から生まれるからです。
ですが状況としては、円滑な支援と武器輸入、軍事顧問団の活躍により国府軍が優勢に戦いを進めています。
国府軍は、日本に満州を奪われた事を認めた訳ではありませんが、現実的にどうしようもないので黙認しています。
また、支那全土に利権を大きく持つ大英帝国も深刻な問題と言えるでしょう。
しかし、中華思想的考えから見た場合の最大の問題が共産党です。
この獅子身中の虫を撃滅することが、何よりも優先せねばならない事です。
一方共産党は自らの勢力拡大のために、日本かイギリスをなんとか国府軍と戦争状態に持ち込めないか画策しますが、日本も英国も共産党の手にのる事はなく、国府軍への支援を深くして対抗してきます。
(日本が史実のように動乱に巻き込まれないのは、満州以外に日本の拠点が少なく、邦人進出も少ないので共産党の攻撃対象にあまりならないのが大きな原因です。
通州の虐殺事件のような事はおきません。日本は基本的に万里の長城の北側の満州でせっせと開拓に専念しています。)
そして、支那にて日本が選択すべき方策は、満州経営を重点的に進め、それ以外では英国追従をするか、支那全ての利権獲得をかけて対抗勢力を全て排除するために大規模な進出(出兵)を行うかです。
ですが、当面は支那での混乱と内乱が拡大・長期化するほど、日本の主力商品たる兵器需要は伸びます。
そして、支那からより大きく恨みを買うのも、自分たちよりむしろなりふり構わず金儲けをしている英国人です。
となると、自ら大規模な出兵までしてこの儲け口を潰すという手はないでしょう。
しかも、他の列強も支那の戦火を消すつもりはありません。
また、満州経営の資本参加に講和条件として合衆国の参入も認めているなら、これを恩着せがましくせっせと市場を開放してやり、合衆国に恩を売ると共に、満州の一面の荒野を合衆国資産で開発してもらえます。
ただし、これは合衆国が対日友好外交を行えばの話しと言う事になります。
もちろん、当時の世相として、国力的、軍事的に問題視するほどの力のない支那各政府の意向は、自分たちに都合のいいもの以外は無視されます。
以上が、当時の大まかな状況です。
ここで日本が選択すべき外交は何でしょうか?
英国は、自らの景気回復のため支那経営を強化し、相変わらず父親のように(または、猟犬をしつける主人のように)小言を言ってきますし、ドイツは何やら反共のためとせっせとラブコールを送ってきます。
合衆国は、戦後景気回復のチャンスを事実上の軍拡と再度のアジア進出にかけて、景気がどん底になってなお軍隊の拡張を可能な限り推進し、日本や支那大陸に何かと文句を言ってきます。
ソ連は、五カ年計画が大成功と言っている割には、不気味に沈黙していますが(軍の粛清でそれどころでないから)、主義、歴史的にこの国とは対立以外はありえないので、現状通りです。
支那政府は、支援してもらっている事を棚に上げ、被害者面だけをして、何かと英国と日本の文句を世界中で言い立てていますが、世界の他の国はロクに相手もしてくれません。
唯一、アメリカ合衆国だけが、アジア進出のためのイギリス、日本などの排除のために大々的に味方についてくれて、何かと援助までよこしますが、経済力はともかく国際的に孤立したアメリカの言う事を、利権すら脅かされている他の列強が聞く耳を持つわけありません。
フランスは、古い体質にしがみついて、相変わらず何がしたいのかよく分からず、イタリアはファシズム政策の元、背伸びした外交をすることしきりです。
世界中、もうどの国も我が儘勝手です。
まあ、日本もその例外ではありませんが・・・。
さて、親英方針を堅持しつつ従来の外交方針を守るか、反共のためソ連の反対側にあるドイツとのつながりを強くするか、新たなアジア経営確立のため、再び対米外交を強化するか、独占をめざして支那経営を強化するか、いったい何を選択しましょう。
どうも、あっちを立てればこっちが立たずと言った状況にも思えます。
もっとも、これら以外にも、アメリカをアジアから排除したのを機会に「大東亜共栄圏」の確立を目指して、欧米列強のくびきからアジアを解放し、その盟主となりアジアを導いていくと言う方策もあります。
マハンの理論に従えば、勢力圏的にはこれが一番妥当な線かもしれませんし、泥縄式に史実が辿ったルートの一つです。
もちろん、流されるまま何もしないというオプションもあります。
(これが一番日本らしいかも・・・。)
では、どのような道へ進もうとするのか、日本の国内事情を見てから再び考えてみましょう。
1935年に日米講和は成り、日本は合衆国の渡洋戦力を一時的に撃滅するだけでなく、かの国から多数の利権を獲得する事にも成功しました。
しかも、世界不況の中、戦勝と満州経営、支那貿易の成功、そして何より日本産業そのものの成長もあり、経済の飛躍的躍進にも成功、日本の未来はバラ色のように見えます。
満州事変などにより、軍部の権威が一時的に大きくなりますが、太平洋戦争のような大戦争が勃発すれば、曲がりなりにも挙国一致体制を作らざるを得ず、それは結果として政府が軍部のコントロールを取り戻す事になります。
また、戦争の勝利に大きく貢献したのが、政治不介入を旨とする海軍で、彼らが主流となりつつあり、陸軍の不満は多少ありますが、国内景気は好調で国民に大きな不満はないことから、クーデターなどと言う事態にまでは発展しません。
それは、陸軍の一部がクーデターしても、総スカンを喰らうだけで、誰もついてこないからです。
それに、やたらと統帥を振りかざすような風潮は、戦争で軍規が一度引き締められ、ある程度豊かになった日本に、史実のようにあまり育つ環境にはありません。
よって、お約束の「5.15事件」や「2.26事件」はなしです。
高橋是清も永田鉄山も元気に頑張っているでしょう。
また、軍事面では海軍主導になっているので、ソ連対策こそ叫ばれるでしょうが、支那利権の直接拡大への動きは大きなものにはなりません。
経済・貿易面でも国民はそれを必要としていません。
支那への大幅進出を唱えるのは、英国などに支那を好き勝手される事に不満を持つ陸軍の一部と、大陸に利権を持つ一部の資本家に過ぎません。
支那での収支決算は、武器輸出のおかげで概ね大きな利潤を揚げている以上、政府レベルとしては彼らの意見は、適当に流しつつも無視してよい事になります。
それに、当面はせっかく国際的にも認知された満州経営に全力を投入せねばならず、陸軍の任務も日本にとっての最大のフロンティアにして祖国防衛のための最前線たる満州を共産主義から防衛する事にあり、支那本土にかまける余裕はありません。
一方南洋では、一部の島を版図に加え、さらにフィリピンとハワイを実質的に自らの勢力圏とする事にも成功しています。
当然この国が独立しようとも、その後も自らの勢力圏とできる事にもなります。
となると、これらの地域を含めた自勢力圏内の国々との繋がりを強化しつつ、外交を展開すると言うのが、近隣外交としては比較的順当な政策となります。
もちろん、八八艦隊を中核とする帝国海軍は、東アジア、西太平洋、北太平洋に圧倒的なプレゼンスを展開しており、もはや世界のいかなる国も、これを無視する事はできません。
あと、近隣外交でもう一つ無視していけない国内的ファクターが、先ほども出たいわゆる「大東亜共栄圏」です。
有色人種たる日本人がアジア解放を行うのは、今後の100年を考えれば、最も行うべき政策の一つとすら言えますし、最低でも今後しばらくのアジアを主導できる事は間違いありません。
しかも、その為の最大の障害となるアメリカは、既にこてんぱんに叩きのめしました。
フィリピンもハワイも実質的に解放済みです。
次はこれを東亜全域に広げるのが、日本帝国だけを考えれば拡大方向としてもある程度合致します。
しかし、これには重大な問題がいくつかあります。
それは、この政策を選択した瞬間から、同盟者であった大英帝国を見限り、敵とする必要があるからです。
それに、太平洋戦争を行った1930年代半ばの日本に、もう一度大国と戦争を行う気力は、主に物的面からありません。
好景気の中とは言え、否、好景気だからこそ最低5年は休憩が欲しいところです。
ですが、英国との関係を維持し続ける限り、ある程度の安寧は約束される代わりに、いつまで経っても外交面では英国の風下に立たなくてはならず、国家の生き残りと言う現実面では最も妥当でも、ナショナリズムと言う点ではかなり納得のいかないものになります。
このナショナリズムから考えると、アメリカに勝利したお人好しでお調子者の日本人たちが、フィリピンのように白人の手から全てのアジアの同胞たちを解放し、東亜の真の夜明けを実現しようと言う建前の元、アジア解放と新秩序(日本を中心とした新支配体制)の確立を図ろうとするのは、やはり必然とすら言えるかもしれません。
一方、大国との近隣外交で最も重要なのが、近年とみに脅威を増しているソ連対策です。
満州防衛は勿論ですが、ソ連の西側の陸軍大国ドイツとの繋がりを強くするのも重要に見えます。
反共をカードに日本に言い寄ることしきりで、これもとても魅力的です。
かと言って、対英外交もこれまでの関係や支那利権もあり無視することもできません。
そして、依然としてアメリカ外交を無視する事もできません。
それは、太平洋をはさんで存在するかの大国が、世界でも有数の生産力を持っており、そのはけ口として依然としてアジアを狙っているからです。
日本としてはスキを見せるわけにはいきません。
英独は今はお互い協調路線をとっていますが、いつ何時、第一次世界大戦のように敵対するとも限りません。
ですが、英国も反共と言う点では、日本、ドイツと同じであり、日本外交にとってはこれが大きな突破口に映るのではないでしょうか。
となると、この場合選択は大きく二つあります。
ひとつは、玉虫色的政治の好きな日本人としては、英独の間をうろうろしながら、何とかして日英独反共同盟を画策しつつ、英国などとアジア関係を再び強くして、アメリカを支那市場から完全に排除すべく努力するというのが、妥当な線ではないでしょうか。
つまりは、史実のアングロ同盟に対するユーラシア同盟の逆パターンの構築を狙う訳です。
また、もう一つは、アジアでの日本だけの覇権確立を目指して、形だけ同盟を解消した英国との寄りはそのまま戻さず、アメリカを初めとする欧州列強勢力のアジアからの排除を目指し、最終的には日本を中心とした「大東亜共栄圏」の確立を目指すのです。
この場合は、対ソ対策のためドイツとのラブコールにだけ応える事になります。
つまり、結果として、史実がほぼ辿ったルートを歩いていくのです。
もちろん日本人には、欧州各国の思惑など考えも及んでいません。
幾多の火葬戦記のように、まるで予言者のような政治家や先の見える人は、史実同様国家の中枢部には多数存在しません。
あっても少数派です。
よって、1930年代半ばからの日本の外交方針は、国内的には満州、フィリピン、ハワイ経営の強化で、国外的には反共同盟の画策のための英国、ドイツへの接近です。
これらは、どちらの政策を選択するにせよ、有効だからです。
そして、その上で合衆国を排除するために、日本だけによるアジア独占を目指すか、支那経営での対英追従により、当面の利益だけを求めつつ英国と共にアメリカ排除を行うかです。
大東亜共栄圏については、お題目が芽を出す程度で、まだ具体化しません。
それにここでそれを言い出せば反共同盟が御破算になってしまいます。
大戦略的には、何をしているのかいまいち分からない状況ですが、この当時の日本政府ならこの程度の外交が限界ではないでしょうか。
しかし、果たして日本の思惑通りに事が運ぶでしょうか? 八八艦隊の世界においての史実の違いは、日米と支那の状況だけです。
世界外交の中心と言える欧州の状況は、全くと言っていいほど変化ありません。
かの、ヒトラー総統も大ドイツ復活をかかげ意気軒昂です。
では、次からは、史実の流れを見つつ日本の行く末を見ていく事にしましょう。
■After 02(1935~1939)
◆1936年~1940年頃の世界情勢
年代
主なできごと
1936年
(日米海軍軍縮条約)
イタリア、エチオピア侵攻
ドイツ、ラインラント進駐
日本、2.26事件
日独防共協定成立
1937年
日華事変勃発
1938年
ドイツ、オーストリア併合
ミュンヘン会談
スペイン内乱
1939年
ノモンハン事変
ドイツ、チェコ併合
独ソ不可侵条約成立
独、ポーランド侵攻、第二次世界大戦勃発
1940年
ソ連、フィンランド侵攻
ソ連バルト三国併合
ソ連国連除名
1940年5月
ドイツ 西欧侵攻
だいたいこれが、史実の歴史的大事件になります。
そして、最初の海軍軍縮会議のみが、現状での「火葬」と言う事になります。
ですがその後も日本では、先述した通り2.26事件も日華事変も発生していません。
この間日本は、負け知らずの強大な軍隊という番犬を従えて、英独米など列強の間をのらりくらりと顔色を伺いつつ、域内の経済発展にのみ邁進しています。
こう書くと、何やらタチの悪い成金のようにも思えますが(笑)。
さて、この八八艦隊の世界では、実際世界はどう動くでしょうか。
史実を見ても分かる通り、最も元気に世界を引っ張り回すのはドイツ第三帝国です。
ついで欧州のルールとは違う外交方針を持つ日本帝国、社会主義という全く違うルールを持つソビエト連邦となります。
第一次大戦の勝者たるイギリス、フランスなどは、基本体制の維持という方針ゆえ保守主義に囚われて、ドイツに引っ張り回され右往左往するばかりです。
また、再度のアジア進出をかけて不気味に軍拡を行っているアメリカ合衆国の動向も、海軍力の復活とともに徐々に活発になってきます。
日米軍縮会議の後真っ先に発生するのは、ドイツによるラインラント進駐です。
これは、ヒトラー、強いてはドイツ国民の悲願の一つでもあるので、ヒトラー率いるドイツ第三帝国が史実通りの展開をしている限り、同じタイムスケジュールで進行されるでしょう。
これは、ミュンヘン会談までのドイツによる近隣外交も同様です。
ですが、ここでドイツ第三帝国にとって問題となるのが、対ソ連外交です。
1936年の時点では、まだ日独伊三国防共同盟は成立していないどころか、日本とは接近中の段階であまり関係が深くなっていません。
いまだ英国など西欧各国とも比較的友好的で、国連の常任理事国にも名を連ねる日本に、ドイツにそこまで肩入れする理由がないからです。
ですから、この次の段階で世界的な流れを握っているのが、いまいち方向性のハッキリしない日本と言う事になります。
日本が、東亜解放と反共のためにドイツと手を結ぶか、現状維持と経済的繁栄を重点に置いて再び強い親英外交に戻るか、この選択いかんで、その後の世界の流れが全く変わってしまいます。
それが分かっている英独は、しきりに日本を自陣営に取り込もうと、あの手この手を使ってくることになります。
もちろん、合衆国としてはどちらと手を結ばれてもやっかいなので、こちらも明に暗にと妨害工作をしてきます。
はたして日本政府は、と言うより日本帝国臣民は何を選択するのでしょう。
ここで日本外交は、次代のパートナーを再び選択しなくてはいけなくなりました。
選択は1936年にドイツからのラブコールに応えて、反共という目的のもと「日独防共協定」を締結するか、英国のラブコールに応え再びよりを戻すかです。
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■日独防共協定を締結 (chapter4_2_2 へ進む)
「大東亜共栄圏」確立を目指して、日独枢軸を画策する。
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■英国との間に支那利権に関する協定を結ぶ (chapter4_3_2 へ進む)
現状維持を目指して、対英追従をしつつ日英独による反共同盟を画策する。
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