chapter4_1_01 第二ラウンド
講和条件に関して日本代表団は、国民からの突き上げもあり初期案を強硬に主張します。
日本政府としては、戦争にほぼ一方的に勝利したのに、第一次世界大戦で連合国がドイツに突きつけたものに比べれば、はるかに穏便な案を提案していると主張し、アメリカ代表に講和のテーブルに着くことを強く要求します。
そればかりでなく、同盟国の大英帝国など中立国にまで米政府の説得を依頼します。
一方、有色人種にここまで屈辱的な講和条件を提示されたアメリカ代表団、そして政府は激怒。
同じくこれを知らされたアメリカ市民の多数を占める白人たちも、このような屈辱的な講和を行うぐらいなら、たとえ米本土が業火に焼かれようとも徹底抗戦すべきだと言う主張が、特に東部を中心に盛り上がります。
その後もホノルルでは交渉が続けられますが、結局妥協点を見いだすことが出来ず、ついにアメリカ政府は講和使節団の引き上げを決定、戦争は継続されることになります。
時に1935年7月2日の事です。
ホノルルでかろうじて決まったことは、双方の講和使節団が安全に本国に帰還できる8月末日まで、停戦すると言う事だけでした。
その間、そして講和会議の間、日米双方は戦力の再編成と整備、補充に力を入れます。
これにより、ハワイと西海岸での日米の戦力が著しく増大し、停戦切れと同時に再び激突が始まるものと世界中が予想する状態となります。
では、ここで双方のオーダーを再び見てみましょう。
なお、日米双方とも停戦期間(約半年)の戦時生産の停滞があり、いまだ新鋭艦艇については小型艦を除いて就役しておらず、ほぼ現有戦力のみとなります。
◆日本側(1935年8月時点)
戦艦
「紀伊」、「尾張」、「駿河」、「近江」
「加賀」、「土佐」、「長門」、「陸奥」
「伊勢」、「日向」
巡洋戦艦
「富士」、「阿蘇」、「雲仙」、「浅間」
「葛城」、「赤城」、「愛宕」、「高雄」
「金剛」、「比叡」、「榛名」
航空母艦:1隻
軽空母 :5隻
重 巡 :13隻
軽 巡 :16隻
駆逐艦 :9個水雷戦隊
護衛駆逐艦:10個護衛戦隊
潜水艦 :7個潜水戦隊
◆アメリカ側(1935年8月時点)(含む大西洋艦隊)
戦艦
「インディアナ」、「モンタナ」、
「コロラド」、
「カリフォルニア」、
「テキサス」、「ニューヨーク」
「アーカンソー」、「ワイオミング」、「ユタ」
巡洋戦艦
「サラトガ」
航空母艦:2隻
重 巡 :9隻
軽 巡 :4隻
駆逐艦 :6個水雷戦隊
潜水艦 :6個潜水戦隊
以上、現時点では、太平洋艦隊に二度に渡り壊滅的な打撃を与える事に成功した日本側が、圧倒的に優勢です。
特に水上打撃部隊の戦闘力は2倍以上に開いています。
なお戦時計画で建造中の双方の艦艇は以下の様になります。
◆日本側(1934年2月 計画)
戦艦:48000トン級:4隻
航空母艦:17500トン級:4隻
重 巡 :10000トン級:4隻
軽 巡 :なし
駆逐艦 :32隻
海防艦 :120隻
潜水艦 :48隻
他多数
◆アメリカ側(1934年3月 再計画)
戦艦:48000トン級:各種18隻
航空母艦:17500トン級:4隻
重 巡 :10000トン級:8隻
軽 巡 :10000トン級:16隻
駆逐艦 :175隻
潜水艦 :40隻
他多数
これらの艦は、駆逐艦、海防艦、潜水艦などの小型艦の一部が就役を開始しています。
また、史実の大東亜戦争に比べてこの時点で潜水艦の数が少ないように思われると思いますが、これは日米双方とも計画当初は、「決戦艦隊」の建設に狂奔しているからに他なりません。
特に、主力艦の大半を日本側に撃沈されてしまったアメリカ政府の焦りは大きく、それが異常な数の戦艦建造数に現れています。
当然後にこれにさらなる追加建造が行われます。
そして、これだけの戦艦を建造するには、いかにアメリカと言えど多大な国力の消耗が発生します。
また、主力艦にしぼり双方の大まかな性能を見てみると、日本側は純粋な「富士」級の改良発展型の建造で、一方のアメリカ側は、最終型になるとサウスダコタ級をストレッチし大馬力機関を搭載し、砲塔を48口径18インチ砲にした大型戦艦で、基準排水量で5万頓クラス、48口径18インチ砲2×4基・8門、最大速力28ノットとなります。
一見日本の18インチ砲戦艦とほぼ同じ性能に見えますが、主砲口径が大きく発射速度が25%程度早いので、その分攻撃力はアメリカの新型戦艦の方が高い攻撃力を持ちます。
そして、アメリカの大型ドックの全てが、全く同じ戦艦の量産という未曾有の事業に取り組むことになります。
なお、双方とも国際的に非難されたくないという政治的理由で、表面上は軍縮条約を守り、条約規定以上の戦艦の建造はされません。
しかし、双方の戦艦とも18インチ砲戦艦として4.8万頓では主に防御力の点で不十分なので、結局目いっぱい条約違反する事になります。
ただし、戦艦については日本側が39年、アメリカ側が38年まで実戦配備は無理で、空母も日米双方とも37年にならなければ就役しません。
しかも空母については39年以降にならねば、まだまだ攻撃力が低く補助戦力としてしか期待できないのが現状です。
つまり、再度の大決戦は、アメリカの戦艦が揃い踏みする1939年以降を待たねばなりません。
さて、双方の戦力オーダーが出そろったところで、第二ラウンドに入った太平洋戦争の顛末を再び見ていきましょう。
1935年9月の時点で、日本海軍が圧倒的に優勢で、これに対して大西洋から旧式艦を回航して、何とか戦力を水増ししている米海軍では、アクティブな行動に出るのは自殺行為です。
万が一、日本艦隊が無謀にも西海岸に侵攻してきた時だけ、沿岸の航空隊の援護を受けれる位置から、迎撃を行うのが精一杯です。
ですから、戦争が再開してもアメリカの水上打撃部隊が積極的な活動に出る事はありません。
アメリカの当面の主力は50隻程度の潜水艦です。
これらを有機的に活用し、ハワイやマーシャルに陣取っている日本海軍の補給線を締め上げ、彼の継戦能力にダメージを与え、来るべき反撃を少しでも有利な条件にすべく頑張る事になります。
一方、日本海軍もどちらかと言えば手詰まりです。
西海岸の侵攻も、1934年末期なら相手の迎撃網も不十分なので、艦砲射撃を目的とした攻撃もかろうじて可能でしたが、十分に防御された米本土への攻撃は、沿岸からどのような反撃が来るか予想がつかない事もあり、かなり無謀なものと言えます。
しかも、アメリカの水上部隊がまたのこのことこちらに現れる可能性も低い以上、決定的な戦闘の可能性も低くなります。
また、同盟国の大英帝国に参戦を促して、ミリタリーバランスを覆すという方法も、英国がそれを望まない以上難しい状況です。
ですから、停戦が切れるまでに、ありったけの船で本土に資源を運び込み、前線に補給物資を届けてしまい、それでしのいでいる間にアメリカが仕掛けて来るであろう、ドイツ海軍のような通商破壊に対抗する手段を構築する必要があります。
そして日本政府は、英国政府に同盟を盾にとって、参戦しないならせめて技術を供与しろと強く要求します。
これは、英国としても同盟国日本に負けられては国際政治上色々と面倒があるし、またとない新装備の実験場なので、快諾といかないまでもいくらかの条件をつけて了承し、日本政府に多数の技術者と顧問団共々英国の技術が停戦の間に渡ってくる事になります。
もちろん、英国はせっせと武器商売にも励みます。
また、日本もアメリカのパナマ=西海岸ルートで通商破壊を行い、彼らに同様の負担を強いる事にもなります。
かくして、1934年の派手な殴り合いから一転して、1935年から再開した太平洋戦争は、何とも地味なスタートとなります。
その目的は、日米双方ともシーレーンの確保とシーレーンの破壊です。
決戦海軍を標榜としてきた日米双方からすれば、不本意極まりない状態ですが、双方これ以外決定的手段がない以上、当面はしかたありません。
1935年いっぱいは、通商破壊に双方終始するかに見えますが、こうした地道な事が苦手な日本人たちは、それと同時に派手な手段でアメリカ側に打撃を与える作戦を模索します。
作戦としては、アメリカ太平洋艦隊を撃滅したように、一撃でアメリカを半身不随にできるようなのが一番です。
そして、太平洋側からアメリカを一撃で半身不随にできる場所は、もはや一カ所しかありません。
そう、「パナマ運河」です。
ここを徹底的に破壊して、長期に使用できなくすれば、アメリカ側に与える打撃は計り知れません。
うまくいけば、アメリカの戦時生産を大混乱に落とし、再度アメリカを講和のテーブルに着かせる事も夢ではないでしょう。
かくして、日本海軍の一部でかの地の奇襲攻撃作戦の立案、実施が停戦中の末期から開始されます。
作戦の骨子は、隠密裏にハワイを抜け出した高速艦隊が、一撃でパナマ運河を破壊するという極めて単純なものです。
そして具体的には、太平洋側を艦砲で、カリブ海側を空母艦載機で攻撃し、これを破壊します。
なお、これを欺瞞するために、ハワイに全艦隊を集結させ、その艦隊をハワイとアメリカ西海岸の中間まで進出させ、米太平洋艦隊を牽制し、機会があれば決戦に及びこれを撃滅するという、まことに日本的玉虫色的な状況も作られます。
パナマ奇襲作戦に参加するのは、高速の巡洋戦艦からなる第二艦隊と各空母艦隊の抽出部隊よりなります。
詳細は、巡洋戦艦が破壊のために長大な射程距離を要求される事から、「富士」級の全艦と空母が「蒼龍」と高速で比較的航続距離の長い「祥鳳」級からなります。
なお、この作戦のために日本中からありったけの空母艦載の攻撃機が集められ、3隻合計で80機もの攻撃機が準備されます。
さらに、この作戦のために日本空母ではしない露天搭載をおこない、搭載数を増やし作戦の成功率を上げる努力もされるでしょう。
全ては、日本人の大好きな一発勝負のためです。
そして、それ以外の全連合艦隊が、勇躍東太平洋へと赴きます。
奇襲部隊は当初はこれと共に出撃し、その後給油船複数を伴って欺瞞航路取りパナマへと向かいます。
作戦決行日は、日本時間の1935年12月8日。
一方、アメリカ軍としても、日本軍が西海岸でなくアキレス腱のパナマを攻撃する可能性を全く否定した訳ではありませんが、基本的に日本海軍に対して海軍が圧倒的に劣勢なので、こちらに戦力を分散すれば日本軍に各個撃破のまたとない好機を与えるだけで、日本海軍が他に目もくれず西海岸に押し寄せたら目も当てられない惨状になります。
そして、シーレーンよりも市民を守ることこそが軍の第一の使命である以上(どちらも重要なのは変わりないが)、パナマ方面には警戒のための航空隊と水雷戦隊が置かれるだけになります。
また、海軍の主力もサンフランシスコでなくサンジエゴに置き、可能な限りどのような事態にも対処出来るようにします。
もちろん、同方面に敵が来襲するのを察知するために、ハワイから同方面にかけて濃密な索敵網も形成されます。
1935年11月末に日本艦隊の全力出撃を知ったアメリカは、極度の緊張状態に入り西海岸各地は、日本軍迎撃のための準備と住民の臨時避難が開始されます。
そして月も変わり、アメリカ西海岸が日本艦隊の幻影に怯えているその頃、パナマ近在を航行中の輸送船が、日本の大艦隊発見と言う驚くべき報告を無電で知らせた後、消息を絶ちます。
発見されたのは日本時間で12月8日午前遅く。
つまりパナマでは7日の深夜と言う事です。
常識なら膨大な数の船舶が航行するパナマだと、沿岸から数100海里までくれば何がどうなろうと発見されるのは必然です。
そして、当の日本艦隊も、発見されることを前提に行動しているので、そのまま作戦を継続します。
日本側の計画は、夜半に艦隊が侵入し、まず太平洋側を破壊し黎明をもって航空隊を放ち仕上げをすると言う単純なものです。
日本側の関心は、むしろパナマの守備兵力でしたが、パナマと西海岸の偵察や英国などからある程度情報を察知しているので、これを気にすることなく砲撃部隊が突入をします。
艦隊最大速力の28ノット(約50km/時)で進撃を開始し、深夜になる頃運河の10km沖合に到達し、いまだ混乱が続き照明が煌々と照らし出す運河に向けて砲撃を開始します。
46cm砲32門、一回で46トンを超える砲撃は、パナマを運河の護岸ごと瞬く間に破壊してしまい、太平洋側を1時間足らずで壊滅させてしまいます。
砲撃の効果を確認した砲撃部隊は、防衛のための米水雷戦隊を適当にあしらいつつ、敵制空権下からの離脱を計ります。
そして、黎明少し前、各空母を飛び立った約100機の攻撃隊が、米防空隊の待ちかまえるパナマ上空に到達。
激しい制空権獲得競争の後、エア・ディフェンスを突破した日本攻撃隊が、次々に攻撃を行います。
ただし、こちらは投下される爆弾が250kgか500kgの重さしかないので、致命的な損害を与えることはできず、それなりの結果(一時使用不能)で満足しなければいけません。
そして、攻撃を終了した日本航空隊は、さっさと沖合の母艦目指して撤収していきます。
その間、敵空襲に備えていた日本艦隊ですが、パナマの防衛が洋上攻撃などを前提としていない米陸軍航空隊だったため、偵察機にこそ発見されますが、米側が予想していたより沖合に空母が展開していた事もあり、特に大きな損害を出すことなく離脱に成功します。
米側の攻撃が失敗する理由は、陸軍重爆の水平爆撃の命中率が極めて低く0.5%程度しかないので、手前にいた「富士」級にすらロクに命中弾を与える事ができず、また「富士」級では500ポンド爆弾程度では致命的な損害を与えることが極めて難しいからです。
ちなみに、お約束としてガトゥーン門扉は破壊され、湖は一度干上がっている事でしょう。
そして、日本側の攻撃が成功した最大の原因は、敵地のど真ん中に貴重な戦艦や空母を目の先まで派遣して攻撃を仕掛けてくるという、軍事常識をほとんど無視した攻撃を行ったためです。
さらに、洋上の空母から遠方の陸地に対する攻撃自体も、それまでの軍事常識を無視していると言えるでしょう。
「パナマ運河破壊さる!」この悲報は瞬く間に全米に広がり、ハワイ陥落以上の衝撃を持って市民に迎えられる事になります。
東海岸の市民にとっては、ハワイは単にプライドを傷つけられたぐらいのダメージですが、パナマを破壊された事は、流通や経済を少しでも知る者にとっては大きなショックとなります。
それは、アメリカ経済の物流面が根底から揺らぐ事を意味しているからです。
このパナマ奇襲は、市民レベルで日本に対する復讐の声を強くさせる事になり、本来なら攻撃を阻止できなかった無能な海軍に向けられるべき批判も、マスコミの誘導によりすべて対日批判へとすり替えられます。
一方の日本海軍は、艦艇の半数は失うつもりで送り込んだ部隊が無傷で帰還し、しかも大戦果を上げた事を大いに喜び、政府もこの勝利を武器に、英国など中立国を仲介に再びアメリカ政府に講和を打診します。
しかし、アメリカは今度は全国民レベルで、これを断り日本本土を灰燼に帰すまで戦い続けるとの論調がアメリカ全土を覆い、日本政府の声に耳を貸そうともしません。
英国など中立国からの勧告も当然無視されます。
こうして日本側の儚い期待もむなしく粉砕され、戦争はさらなる長期化の様相を呈するようになります。
■戦線拡大へ ▼





