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八八艦隊育成計画 第二章 皇国の行く末  〜Chapter 2 Future of Red Sun〜  作者: 扶桑かつみ
chapter2

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chapter2_09 第二次世界大戦(戦況推移1941年冬~)

 さて、明けて1942年。

 この年の戦局の推移はどのようなものになるでしょうか。

 

 純粋な戦争遂行能力なら枢軸、英ソはほぼ互角ですが、欧露はすでにドイツの占領下で、英国の生命線の一つは途絶しています。

 よって6:4ぐらいで日独が有利と言ったところでしょうか。

 もちろん、純軍事的なら枢軸側が圧倒的に優勢です。

 しかも、もうすぐ日独はインド洋で直接つながる事が出来るので、共同作戦などより密接に行うことが出来るようになり、さらにこの差は広がります。

 

 各戦線ごとに見ると、西欧ではドイツとイギリスが海峡を挟んで激しく航空戦を展開して、一進一退の空の攻防を続けています。

 大西洋でもドイツのUボートなどの通商破壊とそれを守る英海軍との熾烈な戦いが展開されており、こちらも予断を許さない状況です。

 

 また、ソ連戦線では、ドイツがモスクワをソ連の反攻から防ぎきり、翌年のウラル侵攻のための体制を立て直しているところです。

 

 同じく極東でも、極東主要部を制圧した日本軍が、今度はバイカル湖目指してのシベリア方面での攻勢を開始すべく、体制の転換を図っています。

 

 もちろんソ連では、この次の攻勢を何とか防ぐべく、懸命の防戦準備が行われています。

 ですが、物資の欠乏が厳しく、政治的中心にして主要工業地帯であるモスクワ地域、穀倉地帯にして鉱工業地帯のウクライナ地域がすでに陥落しており、この上で油田地帯であるコーカサス地帯を抑えられた時点で、その命運がつきることは間違いないとすら言える状態です。

 しかも、まだウラルの工場は稼働し始めたばかりで、工場移転と戦争の混乱、物資の欠乏で生産も思うに任せません。

 しかも、自国の事で手一杯となりつつある英国の援助は、日を追うごとに先細りするばかりです。

 

 一方、圧倒的な戦力を持つ日本海軍により制圧されてしまったインド洋戦線は、日本軍の勝手し放題です。

 とりあえず、日本は「大東亜共栄圏」と言うお題目の実現すべく、インド全土解放のための準備をしたいところですが、その為の陸上戦力は全てシベリアに取られてしまったので、戦時に編成された部隊がやって来るまで、当面は通商破壊と英国の拠点つぶしが作戦の主なものとなります。

 日本艦隊の脚は、インドだけでなくオーストラリアやアフリカ東岸から遠くケープにまで及びます。

 

 そして、この日本軍のインド洋全土の完全制圧のために、英国側は増援はおろか補給すら満足に送れず、北アフリカ戦線はドイツ軍の攻勢もあり崩壊寸前となります。

 恐らく長くは持ちこたえる事は不可能でしょう。

 

 また、インド方面軍と現地の連合艦隊を合わせれば、一カ所ぐらいなら局地攻勢に出る事も十分可能ですので、軍編成を無理矢理改変し、新たな攻勢のための陸上戦力を新たに1個軍程度再編成します。

 テンションの高い日本軍としてなら、戦力がたまるまで待つよりも、こちらの方が選択されやすい戦略判断でしょう。

 

 日本軍の作戦目的は、インド東部全域の制圧です。

 これを、海軍が水上艦隊、航空艦隊によって全面支援します。

 

 当面の戦術目標は、カルカッタ。

 この地域を圧倒的海空戦力でもって制圧し、近在に海上から強襲上陸をしかけ、短期攻略を目指します。

 そして、ここを拠点に勢力を伸ばしていき、印度独立の本格的な足がかりとするのです。

 


 では次に、それぞれの国のこの時点と目指すべきでの戦争目的を見て見ましょう。

 

 まず、目指すべき戦争目的は、英国は間違いなく世界の海洋覇権の維持です。

 「ルール・ブリタニカ」これしかありません。

 これが維持出来ないとき、栄光の大英帝国はその終焉を迎え、たとえこの戦争で生き残れたとしても、その後には欧州の地方国家の地位が待っているだけです。

 

 次にドイツは生存権の拡大です。

 一応は中・東部ヨーロッパとヨーロッパ・ロシアでの覇権の確立が目的となります。

 これが本来の戦争目的の筈だからです。

 

 ソヴィエト連邦は、それまで東欧で色々していますが、一方的にドイツに戦争を吹っかけられた形になっているので、祖国防衛と言う形になります。

 しかし本来の外交理念は徹頭徹尾、伝統的領土拡大主義と共産主義イデオロギーの拡大です。

 ですから祖国防衛から反撃に転じて、全欧州を真っ赤に染め上げるのが最終的な目的となります。

 

 そして、我らが日本の目的は、防共同盟の目的たる共産主義の打破は勿論ですが、それよりも大東亜共栄圏の確立と東亜植民地の白色人種からの解放、有色人種の差別の撤廃、それによる新秩序の構築が重要となります。

 

 もちろん、真の目的は自らのアジアでの覇権を確立し、より強大な国家を作り上げる事です。

 もちろん、昭和日本に高度な大戦略などありません。

 帝国主義的な風潮の残る近代において、大国でないと、強くないと国を守ることすら出来ないから、ただそれが理由です。

 


 次に、この時点でのそれぞれの目的は、英国は祖国と各シーレーンの防衛です。

 ドイツは、先ほどと同様総統閣下の言葉を信じる限り、ソビエトの打破と英国との妥協の成立による生存権の確立となります。

 ソ連は、祖国防衛。

 現時点では、これ以外もはや何もありません。

 そして日本は、東亜を解放しソビエトも叩きほぼ目的を達成したので、後はいかに戦争を終わらせるかです。

 これ以上続けたら収支決算が大きな赤字になりかねないからです。

 

 以上のように、日独が終戦目指して攻勢を続け、連合国側が滅亡から免れる為に防戦すると言う図式に変化は全くありません。

 

 そして、一番ゴールに近いのは目的達成が楽な日本帝国です。

 日本側の今後の予定としては、42年秋までにドイツと共同でソ連を叩きつぶし、43年中ぐらいまでにインド全土を解放して大東亜共栄圏を完成させ、43年の夏までにシーレーンを締め上げる事で英国を屈服させて、ある程度利権を返す事で講和と言う形に持ち込み、めでたく終戦と言う形になります。

 

 もしかしたら、日本の戦時生産が軌道に乗ってきているので、それをフルに動員すれば、自力で英本土に乗り込むことも不可能でないかもしれません。

 

 ビジョンもへったくれもなく、単なる力押しに過ぎませんが、世の中戦争なんてそんなもんです。

 数ある火葬戦記のような劇的な変化など早々発生する訳ありません。

 ましてやヤン・ウェンリーなどの介在する余地などありません。

 敵よりも多い戦力を奇策によらない正当な戦術で運用する側が、近代戦争では勝利するものです。

 


 劇的な変化と言う言葉が出てきたので、少しこの辺りも考えてみましょう。

 

 このような状況の場合、火葬戦記で必ず発生するのがモスクワ占領やそれに類する状況が発生したときに起こる、スターリン暗殺と共産主義体制の崩壊です。

 ドイツ有利ですが何度も未遂事件が発生したヒトラー暗殺などもこれに含まれるでしょうか。

 

 果たしてスターリン暗殺と共産主義体制の崩壊可能でしょうか? 確かにスターリンの暗殺は発生する可能性は低いとは言えませんが、共産主義体制の崩壊に関してはかなり疑問が伴われます。

 それは、スターリンによる粛正のせいで、赤軍の方がより勢力が非常に減退しており、多少の事では共産党に対して逆転できるとは思えません。

 まあ、だからこそ軍事クーデターと言う安易な発想に達するのでしょうが、スターリンのおかげで、軍隊の活動に異常に制約と監視の目を向けていた政治状態で、クーデターなど本当に可能なのでしょうか? しかも、ソ連赤軍はドイツとの戦いでさらに疲弊して、人的資源も払底しています。

 私個人としては、クーデターはほぼ不可能としか思えません。

 それは、歴史がある程度証明しているとも思います。

 ゆえに、この世界では最後まで徹底的に抗戦を続けることになります。

 

 同様にヒトラー暗殺ですが、拡大戦争を続けるドイツですが、今の時点では戦局を有利に展開しており、クーデター側が大きな支持を受ける可能性も低いので、その点では発生する可能性そのものが低くなります。

 

 それに、実際異常な強運により何度も危地を潜り抜けた彼の御仁ですので、あまり成功しそうに思えません。

 あの強運には、何やら人知を越えたものすら感じてしまいます。

 

 次に、英国の早期崩壊です。

 

 この世界では、史実通り1940年夏から秋に英国本土は守られました。

 つまり、バトル・オブ・ブリテンは英国の勝利で終わっている訳です。

 史実でも見る限り、多少の偶然はありましたが、英国の勝利の第一は、戦前から準備されていた防空システムの勝利だと思うので、ちょっとした偶然ではひっくり返らないでしょう。

 もちろん、ゲーリングが腹上死したりと言ったお約束も発生しないものと仮定しました。

 

(もっとも、ミスの少ない側が勝利すると言う典型なのが1939~1941年の欧州戦線と言えます。

 史実ドイツの勝利が常に綱渡りの上に成り立っている点が多々見られるから、一度どこかで変更すると予測が難しいと言うのが、そのままの歴史である大きな理由です。)

 最後に、連合艦隊の大規模な海上戦力の欧州派遣によるミニタリーバランスの変化ですが、八八艦隊があるのだから、一個艦隊ぐらい派遣して、それをドイツ海軍と共に大暴れさせれば王立海軍ぐらい撃滅できようと言う意見もあるかも知れませんが、日本から見ると欧州は遙か彼方です。

 そこに継続的は補給を維持しつつ多数の戦艦を派遣する時の経費の大きさは、自ら補給線を作り上げなければいけないのですから、容易に天文学的な単位となります。

 物理的に考えれば、史実の国力ではまず不可能、2~3倍の国力があってどうにか可能と言う程度でしょう。

 もちろん、米国が何も文句を言ってこないと言うのが前提条件です。

 

 そして、連合艦隊はこの時点では、「防守艦隊」から「侵攻艦隊」への変貌を遂げつつありますので、しっかりとした補給線さえ確保出来るなら、欧州に脚を伸ばすことも不可能ではないでしょう。

 もちろんこれは、史実の3倍の国力があって、インド洋と地中海が完全に枢軸国側の勢力圏にあり、東アジア・太平洋が平穏であるからこそ可能な話しで、それ以外の前提ではほぼ成り立ちません。

 

 これは、史実と同質の海軍の場合、膨大な数の補給艦(給油艦)と近在に巨大な艦隊の拠点がないと、日本艦艇の設計上遠征はできないからです。

 日本生まれの彼女たちは、基本的に日本近海での行動を前提としており、英国艦のようなスタミナはないのです。

 

 そして、その支援が可能な英国を敵としている以上、欧州くんだりまで出かけることは、物理的に相当の苦労が必要となります。

 

 ですから、この想定でも八八艦隊は、1942年以降は足場固めの意味もあり、インド洋でまるで水浴びのような暢気な戦争する事になります。

 

 また、八八艦隊の戦艦達を戦力として有機的に運用するには、それに付随する多数の補助艦艇があって初めて可能となります。

 つまり、戦艦一個戦隊でなく、丸々一個艦隊を送り込まないとロクな働きなどできません。

 軍艦というのは、個艦でなく、艦隊というシステムの上での1個の部品に過ぎないのですから。

 

 少し脱線しますが、史実の日本海軍は艦隊決戦のみを考えて作られたシステムなので、史実のように海上護衛に失敗して敗北したのは必定だったと言えます。

 

 勿論、八八艦隊が主役の座を務めているこの世界の連合艦隊は、戦争を経るごとに少しずつ変化しており、第一次世界大戦と太平洋戦争の戦訓により海上護衛総隊(艦隊)も保有しています。

 ただ、これについては海軍予算の大半は連合艦隊に消費され、その能力は英国などに比べるとまだまだ低く、せいぜい東南アジア地域のシーレーン防衛で手一杯です。

 八八艦隊の彼女たちは、自ら欧州への道を切り開かねばならないのです。

 本末転倒のような気もしますが、それが日本海軍の現状です。

 


 なお、念のため言っておくと、この歴史的想定は、八八艦隊と日本帝国、そして最初に八八艦隊と喧嘩した合衆国以外の物理的な情勢以外は全く変化していないとしています。

 大半の歴史上の人物達は、謎の死を遂げたりせず、史実と同様にあがいています。

 恐らく多少暢気なのは、史実より巨大な軍事力と国力を持った日本人と戦争に不干渉を決め込んだ米国人だけと言えるでしょう。

 


 さて、以上の事を踏まえてもう一度歴史のレールに戻りたいと思います。

 なお、ここからは、また八八艦隊中心に話を進めたいと思いますので、残りの第二次世界大戦の推移はかいつまんで進めていきます。

 

 日本とドイツの共通の目標は、42年6月からの対ソ第二次夏季攻勢です。

 東西からの大攻勢で、ソ連にとどめを刺す事がその目的となります。

 

 史実においてドイツは、コーカサスの油田地帯などを狙った攻撃を行い、ソ連の継戦能力を奪おうとしました。

 

 この想定でも、すでにモスクワを陥落させていますので、ウラルに直接向かわなければ、こちらに兵力が向けられる事になります。

 そして、その可能性は十分高いと言えるでしょう。

 

 反対側の日本の最終的な目的は、この場合バイカル湖、イルクーツクになります。

 これについては、もうこれしか選択肢がありません。

 

 また、日本のインド戦線での目標は、英シーレーンのさらなる破壊とインドの混乱の助長と解放の促進、できうるなら中東への足がかりの構築です。

 

 そして、それぞれの攻勢が始まるまではその準備に追われて、どちらの戦線も激しく動くことはありません。

 

 ついでにいえば、全ての戦争当事者が二正面戦争をしていると言う、極めて奇妙な状態となります。

 

(英←独→ソ 独←英→日 独←ソ→日 英←日→ソ)


 その間、唯一激戦が展開されるのが、北アフリカ・地中海戦線です。

 英国の補給途絶と海軍力の減退により勢力を著しく減少させている英第八軍を、ロンメル将軍率いるDAK(ドイツアフリカ軍団)が激しく攻撃します。

 目標はスエズです。

 

 ですが、この戦場に八八艦隊の鋼鉄の戦乙女達に、お呼びがかかることはあまりなさそうです。

 また、英海軍は地中海と大西洋で忙しそうで、もうインド洋には来そうにないので、せいぜい英軍の拠点への艦砲射撃か空母の護衛として出かけるぐらいです。

 どうにも、英国海軍を叩きすぎたからかもしれません。

 何事もホドホドが肝要です。

 

 あ、そうそう、欧州への路を切り開くために、英国の拠点の一つであるセイシェル諸島の攻略を日本軍は行わねばならないので、その時に出番があるでしょうが、まあこちらも他と同様で大した仕事はないと言えるでしょう。

 インド洋にまともな機動戦力を置いておく余裕のない英国軍では、彼女たちの相手にもなりません。

 


 さらに時間を進めますが、1942年の夏にはロンメル将軍率いるDAKがスエズに達します。

 補給も増援も途絶えた英軍にこれを止めるすべはありません。

 ついでに言えば、東洋で王立海軍がこてんぱんにのされているので、英海軍の全ての戦線で海上戦力が減退し、制海権の維持も難しくなっています。

 (戦艦だけ沢山あっても仕方ないからです。)

 英軍は、戦線をシリアに後退させ、さらに後は、危険な地中海を通って海上から本国に逃亡するしかありません。

 42年後半からはDAK改め、ドイツ中東軍団による中東地域の制圧と、コーカサスに向けての南からの侵攻が始まります。

 

 そして、ここで英国の退路を完全に遮断するため、ドイツから同盟国の日本に中東への派兵が要請されます。

 

 日本としては、インド解放とシベリア侵攻に全力を投入したいところですが、同盟国からの要請を無下に断る事もできないし、戦時動員のおかげで陸上戦力ぐらいなら何とか捻出できそうなのでこれを承諾し、連合艦隊から一個艦隊と陸軍から2個師団程度が中東へと派遣され、42年中にはペルシャ湾かイラク辺りでドイツ軍と握手する事になります。

 また、外野にして一部スポンサーと化しつつあるアメリカ合衆国も、自らと同様一応の自由主義国である日本に中東を押さえるよう強く言ってくるので、商売上それなりに熱心にこの方面への兵力投入が行われる事となります。

 


 そして広大な北のユーラシアの大地では、1942年6月にいよいよ日本軍と枢軸軍全軍による対ソ第二期夏季攻勢が始まります。

 

 作戦目的は雨期の訪れる9月までに、ドイツはウラル山脈とコーカサスを、日本はバイカル湖一帯までを占領する事にあります。

 

 この枢軸軍の総力を挙げた攻勢に参加する将兵の数は、後方要員まで含めると実に500万人以上に達します。

 その大半が欧州正面枢軸国により構成されていますが、枢軸国側がいかにこのソ連との戦いに国運を賭けているかを現すものと言えるでしょう。

 

 これに対してソ連赤軍は、本来なら1000万人以上の動員能力があるはずですが、この1年の戦いですでに200~300万人の兵力を失っており、しかも大人口地帯の欧州ロシアを押さえられているので、せいぜいこの半分の500万人の動員が精一杯となります。

 そして、頼みの援助がない以上、戦車や大砲の数はそれなりにありますが、後方兵站がガタガタです。

 しかも首都を落とされ、体制の権威が大きく失墜しているソ連指導体制での士気は、お世辞にも高いとは言えず、数字以上の劣勢にあります。

 対する枢軸側は、勝利とソ連打倒による終戦と言う明確なビジョンを持っているので、異常に高い士気を持っています。

 


 1942年6月28日、枢軸軍全軍による夏期攻勢作戦が東西同時に発動されます。

 なお、この時の攻勢作戦名はドイツ側は「ブラウ作戦」、日本側は「烈号作戦」とされていました。

 

 そして、この攻勢を止めるすべは、史実と違い各国の援助の途絶え、生産拠点と兵員の多くを失ったソ連赤軍にはなく、壮絶ですが虚しい総力戦の末、42年冬までにソ連赤軍は事実上瓦解、戦線も全面崩壊し、ソ連はウラル山脈の奥のシベリアの奥地に押し込められてしまいます。

 

 事実上のソ連敗戦、そう呼んでよいでしょう。

 

 その後は、ソ連はシベリアの奥地にある以外の石油をはじめとする大半の資源の供給が絶たれた事になり、援助もないので後はズルズルと降伏の道を歩むしかありません。

 

 かくして、1942年冬までに実質的に独ソ戦はドイツの勝利で終了し、度重なる敗北で指導力を問われたスターリンは失脚、その後権力闘争の結果スターリンよりもはるかに小物が権力を掌握するでしょうが、事実上の独裁国家での政変は、政治的に致命的な失点であり、勝利に乗じる枢軸側に抗することはできないでしょう。

 

 そして、ドイツはウラル山脈より西の全てを支配する事になり、そして自らの戦争目的を達成する事になります。

 

 もちろん、日本もすでにガタガタのソビエト軍を追い、バイカル湖まで押し掛けます。

 また、同時にモンゴルも大東亜共栄圏とお題目に従い解放し、自らの勢力圏に組み込みます。

 これで北の大地も安泰です。

 

 なお、42年冬にはソ連は、枢軸国との単独講和に応じる事になり、戦争の舞台から引き摺り降ろされる事になり、そしてこれにより枢軸国側は、悪夢の二正面戦争から解放され、最後の目標に向けての行動に移れるようになります。

 


 北の大地は片づいたので、次は我らが日本軍が錦の御旗を先頭にして解放を進めるインド戦線です。

 

 この方面の英軍は、主力が北アフリカ送りにされ、しかも本国からの補給も補充も増援も途絶えているので、日本軍に攻撃され消耗を続けるだけです。

 しかも、民衆の支持は解放者側の日本にあります。

 いかな在インド英軍としても、本国からの補給はなし、制空権、制海権もなしでは、後退する以外道はないでしょう。

 しかも、在インド軍は兵卒の大半が現地人により構成されていますから、反逆はなくても士気が低いことが容易に想像できます。

 

 在インド英軍はまさに内憂外患の状態で、ズルズルと後退を続け、デリーを失うまでもなく降伏を余儀なくされるかもしれません。

 

 また、その近くの中東戦線ですが、こちらも補給の途絶えた英軍を相手に、もはや枢軸軍の切り取り放題です。

 主に活躍するのはドイツ軍でしょうが、中東も枢軸側の手に落ちます。

 

 なお、英国はこの方面にはロクに戦力も残っていないので、想定については考えません。

 

 中東はドイツと日米の二つの勢力に二分されます。

 

 恐らく、イラク=ペルシャ辺りがお互いの勢力境界になるでしょう。

 



■第二次世界大戦 遙かなるロンドン(1942冬~) ▼


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