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ステータス・オール∞  作者: 八又ナガト
第四章 中央大陸編
98/137

98 魔族

 誰かを救うためという条件において、トモヤは自身の力を(その場の環境に適した上での)最大限まで使用することを決めている。

 今回は当然その状況に当てはまり、さらにはリーネやシアという強力な仲間がいる。

 そんな彼らの進撃が止められることなど考えられず、現実に有り得なかった。


 高速で駆け抜けるトモヤ達は見張りの四名に気付かれることなく、無事町の中に潜入することを成功する。

 目標の教会に向かいながら、大声を出すわけにはいかないため念話を使用し、二人に指示を出す。


(よし、教会まではあと少しだ。リーネ、シア、頼んだぞ)

(ああ、任せておけ)

(うん、私は先に位置についておく)


 言って、シアは集団から離脱し、町の中心から少し離れたところにある時計台の上に登っていく。

 この町全体を見下ろせる絶好の場所。

 接近戦が得意でない彼女にとって、もっとも戦いやすい位置取りなのだ。


 それぞれの準備が整ったことを確認したトモヤは、リーネと視線を交わし頷き、目と鼻の先に迫った教会を見据えた。

 そこでようやく、教会の周りを見張っていた魔族の一人がこちらの存在に気付く。


「何しにきやがった、貴様等! この中にいるのは貴様等の――」

「黙れ」


 それ以上、魔族の言葉が紡がれることはなかった。

 目にも止まらぬ放ったトモヤの拳が魔族の腹に減り込み、そのまま彼の意識を刈り取ったからだ。

 必要を感じなかったため、殺してはいないが。


 だが、この場には他にも魔族の仲間がいる。

 遅れて、彼らもまたトモヤ達の存在に気付き敵意を向けてくる。


「リーネ、後は任せた」

「ああ、任された」


 だがトモヤは残りをリーネに任せ、自分は教会の巨大な扉を力強く蹴り壊した。


 今回の作戦で大切なのは、何よりも短い時間で作戦を終えることだ。

 教会の周りにいる魔族、そして異変に気付き町の外周の見張りから戻ってくるであろう魔族に関しては、リーネやシアに任せることにした。

 実力から考えても、二人なら問題なく成し遂げてくれるはずだ。


 故に、トモヤに与えられた役目のうち、本番はここからだ。

 破壊された扉から教会内に突入し、トモヤは瞬時に状況を把握する。

 人質であろう、捕らわれた800名程の女子供の魔族は、長時間に渡る拘束による疲労が大きいのか、もはやトモヤの登場に対して反応する気力もないかのようだった。

 誰もが、感情の籠らぬ目で虚空を見つめている。


 そして問題は残りの魔族。

 彼女達の周りにいる十名程の魔族は、突如破壊された扉と、そこにいるトモヤの存在に大きく目を見開き――


「悪いが、視認すら許しはしない」


 ――その瞬間には、既に殲滅は終了していた。

 暴風を生み出し教会内を一瞬で駆け抜けたトモヤの攻撃により、全員の意識が刈り取られたのだ。

 今度ばかりは、彼らが声を漏らすことも許しはしなかった。

 猶予を与えることにより、人質を少しでも危険に晒すことができなかったから。


「ふー。これで終わりか」


 パンパンと両手の汚れを払い、息をつく。

 予想通りといってはなんだが、呆気なく片が付いた。

 外にいる魔族達も、間もなくリーネ達が制圧するだろう。


「っと、その前に」


 トモヤは教会内を見渡すと、彼女達に身の安全が保障されたことを伝える方が先決であると判断する。

 そして、口を開けようとした直前、その違和感に気付いた。


「……なんで、誰も何の反応もしないんだ?」


 自分達を捕らえた魔族が目の前で倒されたというにもかかわらず、彼女達は虚空を見つめたまま微動だにしなかった。

 歓喜か、もしくは突然現れたトモヤという存在を前にして、少しは驚くなどの反応を見せてもいいはずだろう。


 いや、そもそもこの違和感は、最初に千里眼で様子を窺った時からあった。

 自分達の命が危険に晒されているとはいえ、幼い子供を含めた“800名全員”が、微動だにせず、静寂を保ち続けるなど有り得るのだろうか。


 答えは当然、否だ。

 だとするなら、これは一体――


「――ッ!」


 突如、トモヤの眼前に、棘のように鋭い漆黒の何かが迫る。

 反射的に掲げた腕にぶつかり棘は弾け散る。

 無論、その程度の攻撃ではトモヤを傷付けることはできない。

 が、不意打ちを仕掛けられたのは事実。

 一体何が起きているのか。


「オット、これは驚きましたネ。まさか今の一撃を簡単に防がれるトは」


 そう疑問に思うトモヤに対し、投げかけられる言葉があった。

 芯の入っていない、ふわふわとした男性らしき者の声が、教会内にこだましたのだ。

 静かに身構えるトモヤ。

 そんなトモヤの前で、異変は続く。


「……これは、一体」


 床に座り込む女子供達から、黒色の靄のようなものが溢れ出てきた。

 その靄は部屋の中心に集うと、やがて一人の男の体を成す。

 細長の顔。額から生えた二本の角。鋭い眼。違和感を覚える程の巨大な牙。

 そして、細身の体に道化師のような衣装をまとった男――魔族だった。


「ソレ二、もう少しでこの者達の魂を取り込むことができたというのに……エエ、エエ、本当に、あまりにタイミングの悪い客人ですネ」


 男は理解しがたい内容の言葉を吐き捨てると、最大限に警戒するトモヤの様子を上から下まで舐めるように見た。

 そして、何かに納得したかのように一つ頷く。


「……アア、なるほど。そういうことですか。アナタは、彼らが頼った救援か何かなのですネ……やはり、欲張るのはよくありませんネ。ここにいる者達だけで妥協するべきでした。もっと生贄が欲しいと、欲をかいて彼らを解放したのは間違いでした」

「…………」


 トモヤがアグロス達からの依頼を受けて助けにきた存在であるということは、すぐにバレたようだった。

 だが、男がその結論に至るまでの間に、トモヤも幾つかの思考を終えていた。

 まず、この男はデッケの町を襲った集団のリーダー格のような存在なのだろう。

 部下に見張りを任せている間に、自分の目的を果たそうとしていた、

 その目的こそが、おそらく先ほどの発言の中にあった――


「魂を取り込む、と言ったな。それはどういうことだ」

「言葉の通りデス。ワタシの持つスキル魂魄こんぱく魔法は、自身と他者の魂を自由自在に操ることができるのデス。当然、他人の魂を自分の中に吸収することも可能なのデスよ。そうすることでその者の魔力、そして時には技能や記憶すら奪うことが可能なのデス」

「……魂魄魔法」


 聞き覚えのないスキルだった。

 少なくともそんなスキルを使用する者と、トモヤは出会ったことはない。

 だが、直感的にそのスキルはミューテーションスキルではなくノーマルスキルだと理解した。

 つまり、オール∞というスキルを持つトモヤが使用することが可能だということだ。


「なあ、他に訊きたいことがあるんだが」

「オヤ、なんですかネ?」


 情報を脳内で精査した後、トモヤは続けて質問を投げかけようとする。

 どうやら男はその問いに答えるつもりがあるらしく、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべていた。


「お前達はもともと、代わりの人質を連れてくることでここにいる者達を解放するという約束をしていたはずだ。けど、お前の言い分からは、まるでこの人たちを殺そうとしていたように聞こえるんだが」

「…………」


 その問いを聞き、男は驚いたように目を見開く。

 だがそれも一瞬。すぐに表情を崩し気持ち悪い声を漏らす。


「ヒ、ヒヒ、まさかその言葉を本気で信じたのデスか!? そんなはずないデショウ! もし他の人質を連れてきたのなら、その者達の魂も取り込んでいただけです! ああ、哀れ! 哀れデスね! 彼らが無駄な努力を重ねた末に連れて来たのが、そんなことも分からないような無知ナル少年だったとは! ――ああ、もういいデス。質疑応答は終わりにしようと思うのデスが、構わないデスか?」

「……最後に一つだけいいか」

「エエ、特別に構いませんよ。ド・ウ・ゾ?」


 心の底から湧き上がる感情を抑えながら、トモヤは問うた。


「お前が魂を取り込む対象なのが女子供だけなのは何故だ? 俺達に救援を求めてきた彼らの方が、魔力の質も量も上だったように思うんだが」

「アア、そんなことデスか。その答えは簡単です。時にね、取り込んだ魂に思いが残っている時があるのデス。その魂が叫ぶのですよ、まるで自分が死んだことが認められないとばかりの悲痛の想いをネ。アア、つまりその問いへの答えはこうデス――」


 一呼吸、言葉を止めて。

 男は告げた。


「汚らしい男どもの叫びなど、それこそ苦痛なだけデス。デスガ女性や幼き子の叫びは違う! あれらは、このワタシに甘美な感情を与えてクレ――」

「分かった。もう、いい」

「フム、まだ説明の続きでしたが、分かっていただけたのならばよかったデス。では、今度こそ質疑応答は終わりに――」

「死ねよ、お前」


 それは、自分でも驚くほどに、低く冷たい声だった。

 右手は左腰に携えた剣――創造で創り上げた普通の剣の柄に。

 そして、魔力を込めながら引き抜き。

 そのまま振るった。


瞬刃スアル・エジト

「なッ――」


 瞬間、男の体が真っ二つに斬られ、上半身と下半身に分かれた。

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