95 圧倒
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その集団のリーダーである魔族のアグロスは、決死の覚悟で大地を駆けていた。
鷹の頭を持つ魔族であるヴィーガが千里眼のスキルを用いて見たところ、この先に馬車が走っているのを確認したという。
どういう原理なのか馬車であるにも関わらず馬は見当たらなかったというが、問題はそこではない。
その馬車の中には、まだ若い人族の女性が乗っているということだ。
ここ中央大陸において、人族の存在は珍しい。
それが美しい女性であるならなおさらだ。
他にも人族の青年や魔族の少女がいるようだが、障害にはなるまい、
アグロス達の目的を叶えるには絶好の機会。
これを逃す訳にはいかなかった。
彼の距離まで1キロを切った。
念話のスキルを用い、作戦を伝える。
このスキルは保有者がいれば、その者を媒介とし複数名での会話を可能にするスキルだ。
もっとも干渉範囲に関しては、アグロス程度の保有魔力量では半径100メートル圏内が関の山だが、今に限ってはそれだけでも十分役に立つ。
アグロスの指示に応えるように、それぞれが展開していく。
その理由は当然、馬車を取り囲むためだ。
完全包囲、そして一斉攻撃により一気に蹂躙する。
(悪く思うなよ。こちらにも、こうしなければならぬ理由があるのだ!)
罪悪感を無理やり吹き飛ばし、とうとう作戦を決行する。
(さあ、いくぞ!)
とうとう敵を肉眼で捉えられる距離になり、気迫を込めて指示を送る。
瞬間――――
「防壁、発動」
小さく、けれども芯のある声が響く。
気が付いた時には、もう既にそれは終わっていた。
馬車を中心として半径100メートルの大きさに張られた透明の壁の内側に、アグロス達全員が閉じ込められる。
これほどの馬鹿げた規模の結界……いや、防壁など聞いたことはない。
この先にいるのは、間違いなく化物と称されるべき存在――
「おい、お前ら」
一体何者なのか、その答えを得るための間を与えぬように。
馬車の御者台に悠然と立つ一人の青年が言った。
「何が目的で俺達を襲う。その答え次第では、こちらにも考えがある」
据わった目。その身より漏れ出る、莫大な量の魔力。
その一言はもはや、アグロス達にとって死刑宣告にしか思えなかった。
しかし、だからといって今さら引くわけにはいかない。
そう思っているのはアグロス達だけでなく、仲間の七人も同じはずだ。
ゆえに。
「アースリフト!」
アグロスは手を前に伸ばし、最大限まで質を高めた魔力を放出する。
大地に浸透した魔力は地魔法の中でも強力なそれにへと変容し、激しい振動とともに隆起した巨大な岩石が男に向かって放たれる。
「それが、お前らの答えでいいんだな」
「――――ッ」
が、いったいどういうことか。
アグロスによる最大火力の魔法は、男が軽く腕を振るっただけで薙ぎ払われた。
それも大地に込めた魔力まで吹き飛ばす勢いで、だ。
けれども、まだアグロスの攻撃が止められただけ。
“アグロス達”の猛攻はまだ終わっていない。
「フレイムランス!」
「ウォータースラッシュ!」
「ライトニングキャノン!」
男がアグロスに意識を割いている瞬間を狙い、彼らを包囲していた他の七人が一斉に魔法を放つ。
本来ならば彼らを殺さない程度の威力に抑えるはずが、男の纏うオーラに押されたのか、無意識のうちにそれぞれの全身全霊の一撃を放っていた。
このままでは馬車の中にいる少女達をも巻き込んで殺してしまうかもしれない。
それでは目的は達成されない。
だが、ここでアグロス達の命が尽きるくらいであれば、その方がまだマシだ。
アグロスは鋭い眼で、数々の魔法が男に迫るのを見――
「永久残火」
「なっ!」
刹那、炎の斬撃が咲き乱れた。
馬車を覆うようにして出現した炎の檻は、アグロス達の放つ魔法の全てを完璧に防いでみせる。
出力が違い過ぎる。
これでは、攻撃が向こうに届くはずがない。
だが一体、いつの間に男はそのような対策をしてみせたのか。
魔法が迫るのを、ただ無造作に眺めているようにしか見えなかったのに。
必死に答えを探ろうとするアグロスに、さらなる追撃が襲う。
「兆越秘射」
「ッ、か、はっ!」
死んだ、そう直感した。
すぐに勘違いだと理解した。
どこからか。
本当にどこからか突然現れた矢が、アグロスの胸に突き刺さっていたのだ。
しかもその矢尻はあくまで胸の薄皮一枚を貫くという、神懸かり的な力加減によって命までは奪わない場所で止められていたのだ。
それもどういうことか、その矢を受けたのは自分だけではなかったようだ。
念話を通じ、全員から驚愕と安堵、そして最後に絶望の感情が押し寄せてくる。
ああ、間違いだった。
彼らに勝負を挑んだのは。
こちらの攻撃を全て真っ正面から受け止め、そして全員を一斉に殺すだけの攻撃手段を持つ。
そんな者を相手にしたことこそが間違いだったのだ。
(……すまない、スーシャ。私では、お前を救うことができなかった)
この後に待ち受けるであろう最悪の結末を予見し、アグロスは“あの町”に残した娘のことを思い出すのだった。




