94 思慮
中央大陸は、この世界にある五つの大陸のうち、もっとも大きな大陸だ。
だが、そこに住む人数は東大陸などと比べてそう多くはない。
というのも中央大陸の人口のうち、実にその九割以上を魔族が占めているのだ。
魔族は人族などに比べて寿命も非常に長いため、子を授かりにくい。子を授かるのが難しいというのは、そのまま人口が増加しないことに繋がる。
莫大な大陸面積に対して、少ないといえる人口数。
それが齎す結果の一つが、中央大陸に存在する都市の少なさである。
小さな村程度の集落ならば存在するのだろうが、少なくとも旅人が滞在するような場所ではないだろう。
そのため中央大陸を旅する際には、町から町に移動するための距離の長さなども十分に考慮しておく必要がある。さらには、街道すら満足には整備されていない。
徒歩など論外、馬車を使ってでさえ険しい道のりになることが確定している。
故に、今回の旅において、トモヤ達はこれまでとは異なった移動手段を取ることにした。
その移動手段こそが、トモヤ達が現在乗っているものである。
人の乗る屋形や御者台を含め、形状こそ通常の馬車と酷似してあるが、何よりの相違点は馬車であるにも関わらず馬が存在しないことであろう。
ではどうやって車輪を動かしているか。
答えは簡単、トモヤの魔力によってだ。
外観からは窺えないが、四輪の車輪の中心部分に魔力を動力源とする駆動装置が埋め込まれている。
ここに魔力を注ぎ込むことによって、車輪を動かすことが可能になる。
この仕組みなどに関しては、フラーゼの協力、そしてトモヤの持つ終焉樹の核より生み出された剣から頂いた記憶によって思い付き、作成することに成功した。
車輪を動かすには莫大なエネルギーが必要であり、現時点では魔力量が∞のトモヤにしか満足に操作することはできない。
しかしその分普通の馬車などとは比べ物にならない速度で、長時間平野を駆けることができるのだ。
トモヤはその相棒に対し、何よりも速く駆け抜けるという意味を込め、【ラピドゥス】と命名した。
特に何か意味があるというよりも、ただの気分を上げるためだ。
耳に残る軽快な音を鳴らしながら、ラピドゥスは駆ける。
索敵で確かめた結果によると、次の町まではあと半日と言ったところだろうか。
「トモヤ、隣いいだろうか」
「ん? ああ、もちろん」
御者台にトモヤが一人座り、雄大な景色を眺めながらラピドゥスを操作していると、屋形からリーネが出てくる。
リーネはトモヤの許可をもらうと、そのまま横に座る。
ラピドゥスが駆ける音と、屋形からルナリア達の話し声だけが聞こえる。
けれどそのような状況にあってなお、リーネと二人でいる時間はとても落ち着き、心地よいものだった。
リーネと一緒にいる時は、いつもそうだ。
お互いに無言であったとしても、それに気まずさを覚えることはなく、安らかな気持ちになれる。
それはやはり、トモヤがリーネに好意を抱いていることも大きく関係するのだと思う。
「トモヤは」
無言を打ち破るように、リーネが呼びかけてくる。
「トモヤは普段のシアの振舞いを、迷惑だとは思っていない、という認識でいいのだろうか?」
「……ん?」
思いもしていなかった言葉に首を傾げる。
すると、その反応をどういう意味だと捉えたのかは分からないが、リーネは焦った様子で両手を胸の前で横に振る。
「いや、そのだな。純粋に疑問に思ったんだ。シアがトモヤに寄せる気持ちは知っているし、なぜあのような行動をするかも理解している。ただ、最初のうちはその想いが一方的なもので、トモヤも迷惑しているのではないかと思い注意していた。
けれど君たちはなんというか、そのやりとりを楽しんでいるように、途中から見えるようになったんだ。だから、私も君達の関係について色々と言うのは止めた」
「…………」
「とは言っても、そもそも初めから私がトモヤ達にあれこれ言う権限などないことは十分に理解しているのだが……すまない、今言ったことは忘れてくれ」
「……リーネ」
そう言われても、簡単に忘れることなどできそうになかった。
リーネに返すべき言葉を探しつつ、同時にリーネの発言の意味を熟考する。
リーネは問うた。
トモヤはシアの積極的すぎるとも言える行為に対し、迷惑だとは思っていないのかと。
その答えについては少し悩むところがあるが、結論を言ってしまうならば、今すぐに止めてもらわなければ困る程には迷惑だと思っていない、というのが適切だろうか。
程度はともかく、トモヤ自身もまたシアに対して好意を抱いているのは確かだ。
そのような相手から積極的に迫られることは決して嫌ではない。
それになんだかんだ言っても、シアも最低限は弁えている……はず。
何より、トモヤは告白への答えを待ってもらっている立場なのだ。
その立場から、シアのことを責め立てようとは思わない。
それがリーネの問いに対するトモヤの考え。
シアがトモヤに告白したことはリーネも知っているため(シアの行動から、自然とバレた)、それで答えになっているはずだ。
ただ、だからと言って、それをそのまま言葉にすればいいという訳ではないことは、トモヤもよく理解していた。
リーネにしては珍しい、はっきりとしない語調。
浮かない表情のまま、視線を下ろす振舞い。
彼女の問いの真意には、単純にトモヤ達の関係を心配する以上のものが含まれている気がした。
だからこそトモヤはリーネに真摯に向き合うためにも、勇気を振り絞って口をひら――
「――誰か、近付いてきてる」
「ッ、シア」
――こうとした瞬間、屋形から顔をのぞかせたシアが告げる。
二人の話を盗み聞きされていたのかと一瞬焦ったが、そうではなさそうだ。
となると、シアの用件は言葉の通りだろう。
「シア、それは本当か?」
「うん。それも複数」
確認を取った後、トモヤも続けて索敵を使用する。
距離にして一キロと少し。
その距離から8名の魔族らしき存在が、寸分狂わずこちらに向けて駆けてきていた。
広大な大地にて、他人と遭遇することすら稀。
加えてこの状況。偶然であるはずがない。
索敵で位置を確認し終えると、千里眼を併用する。
一人一人の様子を窺い、違和感を覚えつつも、ラピドゥスを停止させる。
トモヤは立ち上がると振り返り、リーネ、シア、そしてその横からぴょこっと顔を覗かせるルナリアに向けて言った。
「装いから察するに、敵だ。ここでアイツらを迎え撃つ」
リーネとシアは真剣な表情で、ルナリアだけはきょとんとしたまま二人に合わせるように頷いた。




