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ステータス・オール∞  作者: 八又ナガト
第四章 中央大陸編
92/137

92 伏せるもの

 夢を見た。

 まだ幼く、大切な誰かと楽しく遊んでいた頃の夢。

 それについての記憶を呼び起こさないようになってしまったのは、果たしていつからだっただろうか――


 ◇◆◇


「……低い天井だ」


 目を覚ました。

 簡易テントで寝ているため天井は低く、少し手を伸ばせば届いてしまいそうだ。

 トモヤは立ち上がろうとし、ふと自分の横で寝ているルナリアに気付いた。


「すぅ、すぅ……んんっ」


 横向きに寝ているためか、輝くような綺麗な白銀の髪は流れ落ちるかのように、さらりと少女の表情を隠す。二本の角はクッションにぐにょりと埋まっている。

 トモヤがさっと片手で髪をかきあげると、ルナリアの美しい肌が現れる。

 ふっくらとして柔らかな頬を優しく撫でてやると、それだけでトモヤの心は満たされるような気がした。

 ルナリアと一緒にいて、触れ合えば何物にも代えがたい幸福が訪れる。

 それはこの世の真理であり、今さら説明する必要もないはずだ。


 それからどれ程の時間が経っただろうか。

 ルナリアはその身を小さくよじらせた後、ゆっくりと目を開ける。

 焦点が合わないまま、深い海を閉じ込めた碧眼がトモヤを見つめる。


「ん……? とも、や?」

「ああ、おはようルナ」


 そこでようやく自分が目覚めたことに気付いたのか、ルナリアは頬に置かれたトモヤの手を見て嬉しそうにはにかむと、続けて言った。


「おはよっ、トモヤ!」


 今日もまた、新しい一日が始まる。



 簡単に服装を整え二人でテントを出る。

 既にここは中央大陸フランリッデ。大陸の中でも北部に位置するこの地帯は、世界樹の存在する北大陸から近いこともあって魔力が豊富な方だ。

 草木は豊かに生え茂り、空から光を照らす太陽とのコントラストが素晴らしい。

 中心部に向かうにつれてどんどんと乾燥した大地に変わるらしいが、どれほどの違いであるのかは実際に見てみないことには分からない。


 トモヤは気を取り直し、視線を横に向けた。

 そちらにはもう一つ簡易テントが置かれているのだが、気配から察するに中には誰もいない。既に彼女達は外に出ているのだろう。


「トモヤ、ルナ、起きたのか。おはよう」

「……おはよ」


 噂をすればなんとやら。

 声がした方向に視線を向けると、そこには二人の女性の姿があった。


 燃え盛るような赤色の長髪を靡かせる彼女はリーネ・エレガンテ。

 この世界に来てからトモヤが誰よりも頼っているといってもいい、気高くも底抜けの優しさを持った、大切な仲間だ。

 清らかな水を纏っているかのような、潤いと輝きを持つセルリアンブルーの長髪を靡かせる少女はシア・エトランジュ。

 普段は無口で表情に変化がないように見えるが、実は誰よりも感情豊かであるといっても過言ではない。冷静である時には思考力も優れており、頼りになる大切な仲間だ。


「ああ、おはよう」

「おはよっ! リーネ! シア!」


 俺達の返事を聞いた二人はにっと笑う。

 と、そこでトモヤは気付いた。

 リーネのすぐ後ろに、既に討伐済みの小さな魔物の姿があった。


「リーネ、なんだそれ」

「これか? これは朝の修練の際に遭遇した魔物で、ハングリーバードだ。せっかくだから朝食にでもしようかと思ってな」

「私が捕えた。いえい」

「なるほど」


 確かに飛ぶ魔物を捕らえるなら、リーネよりもシアの方が適しているだろう。

 それより、リーネの修練の場に現れた魔物をシアが倒したということは、一緒に出掛けていたということだろう。旅を続けて早20日足らず。随分と仲良くなったものだ。

 テントのグループ分けの時に、常に二人が一緒であることも関係しているかもしれない。


 ちなみに旅を開始した当初は、グループ分けの際には第一に誰がルナリアと一緒になるかという奪い合いになっていたのだが、今はこの形で落ち着いている。

 ただ、その理由に関して思い出すのは後にしよう。

 トモヤはそう判断した。


「というわけで、これから調理しようと思う。トモヤ、色々と器具を出してくれ」

「いや、それだったら俺が作……」

「二人は寝起きだろう。私達に任せてくれていい」

「いや、そういう意味じゃないんだが……うん、まあ分かったよ」


 促されるまま、トモヤは調理の役目をリーネ達に渡す。

 異空庫から幾つかの調理器具や調味料を取り出し手渡すと、リーネとシアの二人はさっそく準備を開始していく。


「よし、炎魔法の準備はできたぞ」

「水魔法で消火の準備も、できた」


 何やら恐ろしい単語が聞こえた気がするが、気にしないでおく。


「よし、ルナ。こっちも準備するか」

「うんっ!」


 異空庫からさらにテーブルや椅子などを取り出し、剥き出しの大地に置く。

 異空庫の中に戻す際には清浄魔法をかけるため、汚れを気にする必要はない。

 ついでに、朝食が鶏肉だけというのも何なので、幾つかのパンを取り出して置いておく。

 これで十分に活力のつく食事にはなるだろう。


 何はともあれ準備完了。

 トモヤが自分の椅子に腰かけると、続けてルナリアも座る……トモヤの膝の上に。


「えへへぇ」


 そしてお馴染みの満面の笑み。

 もうトモヤも慣れたもので、自然とその頭に手を持っていき優しく撫でる。


「えいっ!」


 だが奇しくもルナリアが取った行動はいつもと少し違った。

 もっとトモヤと触れ合いたいとばかりに、後頭部をぐりぐりと胸に押し付けてくる。


「ちょ、ルナ、いたいいたい」

「ふえっ? あっ! ごめんね、トモヤ?」

「いや、やっぱり痛くないから大丈夫だ」


 ルナリアの角がガシガシと胸に当たることにより痛みを感じツッコむが、ルナリアがしゅんとして謝る姿が可愛かったため瞬時に許す。

 そんな中、トモヤはふと、自分がいま痛みを感じたことを思い出す。


 防御ステータスの仕組みの問題についてだ。

 トモヤの防御ステータスは∞、つまりはどんな攻撃を喰らおうともダメージを受けることはない。だが、そこには少しの例外がある。

 トモヤが受け入れてもいいという痛みに関しては、防御ステータスの効果は現れないのだ。

 例えばルナリアから受ける痛みに関しても、命に関わるものならともかく、日常の触れ合い程度で生じる傷などは、トモヤにとって否定するべきものではない。

 むしろ望むべきものだ(語弊のないようにお願いしたい)。


「と、そうだ」


 ルナリアについて考えている途中、大切なことを思い出す。

 そろそろ“以前のそれ”から30日が経とうとしてるだろうか。


「ルナ、左手を出してくれ。アレをしよう」

「あれ……? あっ、うん、分かった!」


 ルナリアはトモヤの膝の上でぐるりと半回転すると、小さな左手を前に出す。

 そして、トモヤは言った。


「ルナは、俺と一緒にいてどう思ってくれてるんだ?」

「えっとね、楽しいよ! だいすき!」


 瞬間、トモヤとルナリアの左手が輝きを灯す。

 複雑な形の紋様が現れたかと思えば、瞬く間にその光は消えていった。


「よし、とりあえず成功だな」

「うん、そうだね!」


 成功を見届け、微笑み合うトモヤとルナリア。

 では一体何が成功したのか、その答えは“契約魔法”だ。

 思い出すのは、懐かしいルナリアと出会った日。

 その日、トモヤとルナリアはこういった契約を結んだ。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 奴隷特殊契約

 所有者:トモヤ・ユメサキ

 奴隷:ルナリア

 奴隷紋:所有者と共にいてどう感じるかを、定期的(最低30日に一度)に所有者に伝えること。その内容如何によっては契約が断ち切られるものとする。

 所有紋:奴隷に対する衣食住の提供、契約内容を逸脱した行為の強制の禁止。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 このうち、所有者であるトモヤの義務はルナリアに対する衣食住の提供。

 こちらは全く困ることもなく、これまで成し遂げてきている。

 そしてルナリアの義務である、トモヤと共にいてどう感じるかを伝えるという項目については、実はこのように機会があるごとに実行しているのだ。

 お互いの義務を成し遂げると、左手に刻まれた、普段は隠された契約紋が輝きを放ちその成功を証明するという訳だ。


 もっとも、トモヤとルナリアが結んだ契約内容から言って、もしその義務が成し遂げられなかったとしても奴隷側であるルナリアにペナルティはなく、契約が解除されるだけ。

 それだけで二人の絆が隔たる訳でもなし、こだわる必要などないことなのかもしれない。


 何はともあれそんな風にして、トモヤとルナリアは良好な関係を築き続けていた。


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