89 隠し事
勢いよく部屋に飛び込んできたフラーゼは、そのハイテンションのまま、140センチ程の小さな体を大きく動かし決めポーズを見せてくる。
そんな彼女が発した言葉を聞き、トモヤは驚いた。
「な、なんだと、フラーゼが天才だって!?」
「ちょっとトモヤさん! なんで驚くんすか!? アタシに天才だって言ってくれたの貴方っすよね!」
「あ、ああ、確かそうだった……気がする、うん、たぶん」
「なんでそんな自信なさげなんすか!」
以上の楽しい挨拶を交わした後、フラーゼは「はぁ」と一つ溜め息をつく。
感情を落ち着かせることができたのか、彼女はすぐに満面の笑みを浮かべた。
「さあ気を取り直していきます! さっそくっすが、これをどうぞ!」
「なんだこれ?」
フラーゼが取り出したのは、二つの手頃なサイズの石だった。
丸く綺麗にみがかれているのは分かるが、それ以上何か特別なところは見当たらない。
……いや。
「魔力が込められてるのか」
「ビンゴっす! 正確には術式を埋め込んだんすけど、これでトモヤさん達が心配している問題が解決できるんすよ!」
「「…………?」」
いまいち要領を得ず、トモヤとシアは顔を合わせて首を傾げる。
「まあ、実際に試してみた方が早いかもですね。じゃあ配役決めてやってみましょう。アタシがこっちで、トモヤさんはそっち!」
「ああ、分かった。けど俺は何をすればいいんだ?」
「何もしなくて大丈夫っす! ただ座っててください!」
言いながら、フラーゼは自分の分の石だけを掴み離れていく。
距離は部屋の隅から隅まで。
今から何をするつもりなのかとトモヤが疑問を抱いていると、フラーゼはぽつぽつと言葉を零し始める。
「以前、アタシがトモヤさん達に作ったネックレスのこと覚えてるっすか?」
「魔力を放出することでルナやリーネの居場所が分かるようになったやつのことか?」
「そう、それっす。今回はそれを応用してみたんすよね。あのネックレスに埋め込んだ術式の効果が現れるまでには、発動者の魔力を拡散させ、対象者の魔力を見つけて、その位置情報を発動者の元まで戻すっていう三段階の工程があるんす。ただその分使用する魔力量も多くなるんで、普通は大した距離まで探せないんすよ。あっ、トモヤさんとかは例外っす」
「だろうな」
要するに、ネックレスに埋め込まれた術式とは索敵のスキルと似通ったものなのだろうとトモヤは判断した。
ルーラースライムを倒す際、世界全土まで索敵を使用することのできたトモヤならば、フラーゼの言葉通りの結果を残せるだろう。
けれど今、その話がどう関係してくるのだろう――
「そこで! この天才のアタシは閃いたんす! 三段階の工程のうち、魔力を拡散するという一つに絞ることによって魔力の節約をする。より大きな範囲をカバーすることができるんすよ。じゃあ、やってみます」
言って、フラーゼは目を瞑ると口を閉ざす。
静かなフラーゼというのも不思議なものだなと思いつつも、じっとその光景を見届ける。
「――――」
瞬間、トモヤはフラーゼが自身の魔力を手に持つ石に込めるのを感じた。
するとその魔力は凄まじい勢いで膨張し、やがて指向性を持ってトモヤに――否、トモヤの持つ石に向かってくる。
やがて魔力が辿り着くと、トモヤ側の石は赤く輝きだし、けたたましい警報のような音を鳴らしだした。
「と、いう訳です!」
実験は成功したのだろうか。フラーゼは満面の笑みを浮かべてそう言った。
「なあ、フラーゼ」
「はい、なんですかトモヤさん!」
名を呼ぶと、彼女は目を輝かせて、まるで頭を撫でられるのを待つ忠犬のようになる。
が、
「俺達のためにこれを作ってくれたことに対して感謝を言いたいのはもちろんなんだけど……そもそもこれを何に使うのか、その説明をしてほしいんだが」
「あっ」
根本的な問いに対して、フラーゼはその発想はなかったとばかりに目を開くのだった。
◇◆◇
数十分後、いつの日かルナリアと遊んだ川のそばに座りながら、トモヤは一人ぼーっと水の流れを眺めていた。
考えているのは、先ほどのことについてだ。
あの後、フラーゼは改めて説明をしてくれた。
二つの石は、魔力を拡散する石(拡散石)とその魔力を感知する石(感知石)に分かれている。
そのうちの拡散石を世界樹の守り人に、感知石をトモヤ達が持つことによって、その効果が発揮されると述べていた。
つまり、もし世界樹の守り人では対応できない程の敵が現れた場合に拡散石を使用することによって、トモヤの持つ感知石が反応する。
通常ならば、そこから対応することなどできるはずないのだが、トモヤやシアに限ってはその例から外れる。
そう、シアの空間飛射ならば、世界中のどこにいようとその場所から敵を射抜くことが可能だからだ。
フラーゼはトモヤ達がどうやってルーラースライムを倒したのか、そしてシアが旅立つことになった今、この場所に残される問題はなんなのか。
以上の情報を正しく認識した上で、こうすれば解決できるのだとひらめき、この魔道具を作ってくれたのだ。
後で改めて感謝の気持ちを伝えなくてはならない。
これで、今度こそ、中央大陸を越えて南大陸に行くための準備が整ったことになる。
「…………」
そんな状況のなか、トモヤには幾つかの気がかりがあった。
誰かに相談するわけにもいかないような悩みのため、こうして一人になれる場所まで来たのだ。
ルナリアがわざわざここまで来るとは思えないし、これでゆっくりと考える時間が取れる。
「トモヤか? どうしたんだ、こんな所で一人だなんて」
「……リーネ」
そう思っていたからこそ、突然聞こえたその声に少しだけ驚いた。
振り向くと、そこにはラフな格好をしたリーネが立っていた。
「隣に失礼しても構わないか?」
「ああ」
考え事があるとはいえ、リーネを追い返す訳にもいかないため素直に頷く。
リーネはトモヤのすぐ横にくると、燃えるような赤髪をふわりと靡かせて腰を下ろした。
その拍子に流れてきた甘い香りがトモヤの鼻腔をくすぐるが、なんとか鋼の意志で無表情に徹しておく。
彼女がどうしてここに来たのか、疑問に思ったものの問おうとは思わなかった。
二人は無言で川の流れを眺め続け、ときおり吹く風の音だけがそっと耳を撫でる。
気まずい雰囲気ではない。
それどころか、リーネと一緒にいるとそれだけで不思議と心地良さのようなものまで感じる。
この世界に来てからトモヤが誰よりも長く共に過ごしているのが彼女だからだろうか。
(この世界、か……)
ついさっきまで悩んでいたことを思い出し、トモヤの表情に僅かに陰りがさす。
「……ルナのことで、何か悩んでいるのか?」
「えっ?」
突然のリーネの問いに、トモヤは驚き顔をそちらを向ける。
そこには、優しい笑みを浮かべるリーネがいた。
きっと、彼女は全て理解しているのだろう。
「ああ、そうだ」
だからこそ、トモヤも覚悟を決めて頷いた。
「中央大陸を通るって言った時のルナの顔、リーネも見たか?」
「うん。普段のルナに比べたら、少しだけ元気がなくなっていたな」
「……だよな。てことはやっぱり」
「……だろうな」
言葉に出さずとも、両者に共通の見解がある。
それは、ルナリアを引き取ったばかりの時のことだ。
白銀の髪、ミューテーションスキル、神聖魔法、などなど。
リーネはありとあらゆる観点から、ルナリアが中央大陸から追放されたであろうことを確信し、トモヤに説明してくれた。
一体ルナリアの身に何があったのか、詳細までは分からない。分かるのは、ただ追放されたという事実のみで、ルナリアが中央大陸を恐れる理由としては十分すぎるということだ。
そんな中で、無理に中央大陸を通る必要があるのだろうか。
遠回りをしてでも東大陸から向かう方がいいのではないか。
いや、極論を言えばトモヤがステータス・オール∞を活用すれば、旅の楽しみが減るというデメリットはあるものの、たかだか一日足らずで辿り着くこともできるだろう。
それなのに何故、トモヤがそれらの提案をすることができなかったのか……
その理由を、トモヤは自覚していた。
それを提案するためには、トモヤは正しくルナリアの事情を知る必要がある。
ルナリアから、昔に何があったのか聞き出さなければならなくなる。
そうせずに中央大陸をルートから外したとして、ルナリアはトモヤが彼女を気遣ってそうしたのだと、きっと気付く。
……その後に生まれるであろう状況は、想像するに難くない。
お互いに本心を見せないまま、勝手に推測し、勝手に気遣うような関係になってしまう。
それは果たして、本物の関係と言えるだろうか。
少なくともトモヤは、そうは思わない。
トモヤがルナリアと築くべき関係は、きっと――
「――そうか。君はそんな風に考えているのか」
何故だろうか。
一人で悩むべきだと思っていたにもかかわらず、気が付けば不安の幾つかを吐露していた。
リーネは最後まで静かに聞き届けてくれたが、その途中、少しだけ驚いたような反応を見せていた。
「中央大陸を渡るルートを提案したのは、私の間違いだったな、すまない」
「いや、リーネが謝ることは何もないだろ」
「……ならいいのだが。ただ、少し意外だな。トモヤなら、迷わずルナを苦しめないための道を選ぶものだとばかり思っていた。そんな君がどうして、このことでそこまで悩んでいるのかは分からない。ただ……」
「ッ!」
そっと、トモヤの手にリーネの手が重ねられる。
動揺するトモヤの反応をよそに、続けて言う。
「トモヤがどんな選択をしようと、私はトモヤを信じる。それだけは覚えていてほしい」
「……リーネ」
まだ説明していないことは幾つもある。
それなのに、リーネはまっすぐな目を向けてくれる。
言葉がつまり、次に何を言うべきなのかが分からなくなる。
すると、リーネはそのままさっと立ち上がった。
「それじゃ、私はそろそろ戻る。トモヤ、また後でだ」
「……ああ。ありがとう、リーネ」
「ふふっ、感謝を言われるようなことをしたつもりはないがな」
微笑み、去っていくリーネの後ろ姿を眺める。
その後ろ姿を眺めながら、トモヤは不意に、数日前のシアとの“あの会話”を思い出していた――――




