88 行く先
フェンリル――終焉樹内でトモヤやリーネが、トレントやフィーネスと戦っている間、ルナリア達を守ってくれていた存在だ。
あの時にトモヤが言葉を交わすことはなかったものの、それについては感謝を告げたいと思っていた。
ルナリアも、再び会いたいと日頃から零していたこともあり、こうして改めて召喚したのだ。
そんなこんなで、トモヤとリーネは思っていたよりも気さくなフェンリルに軽く自己紹介をした後、感謝の言葉を伝えることにした。
「という訳だ。フェンリル……いや、フェイだったか。あの時はルナを守ってくれてありがとな」
「私からも礼を言わせてくれ。本当にありがとう」
『よい。召喚に応じた以上、主を守りその意志に応えるのは我の役目だ』
言いながら、フェンリル――フェイは、『うむ』と声に出して頷く。
南大陸では三大神獣の一柱と言われているらしいが、印象としては随分親しみやすいなというのが正直なところだった。
『して、わざわざ我を呼び出した用件はそれだけか?』
「いや、それなんだけど……ほら、ルナ」
フェイの問いに対して、トモヤはフェイに抱き着きながらモフモフ感を堪能しているルナリアに言葉を投げかける。
すると彼女ははっと用を思い出し、離れて言った。
「えっとね、ずっと会いたかったから呼び出したんだよ!」
『……ふむ』
会いたかっただけという、決して特別ではない理由。
そんな理由で呼び出されたと知っては不満を抱くかもしれないかとも考えていたトモヤだったが、その予想とは裏腹に、フェイは納得したように頷く。
『確かに、タイミングが合わず幾度かの召喚の願いを断り続けておったからな。このような機会をもらえたこと、我としても喜ばしい』
「ほんと? じゃあ一緒にあそぼっ!」
『うむ。もっともそれは、主が我に供給する魔力が尽きるまでだが……と、以前よりも格段に主の魔力が上昇しておるな。これは驚きだ』
「えっとね、たしかトモヤがたおした魔物のぶんだけ、わたしがつよくなるんだよ!」
『……そちらのトモヤと名乗った者は、もしや主の奴隷か何かであるのか?』
「違う。逆だ逆。一応、ルナが俺の奴隷なんだ」
首を傾げるフェイに対して、トモヤは説明する。
本来ならば奴隷が魔物を倒した際に、契約主に経験値がいくという仕組みであるが、トモヤ達の場合はそれが逆であるということを。
『成程。そのようなことが可能であるとはな……ところで、大気中の魔力の質などから察するに、ここは北大陸であろうか。以前、我を召喚した場所からは随分と離れておるな』
「それはまあ、俺達は世界中を旅してるからな。とはいえ今は東大陸から北大陸ときて、次はどこに行こうかと悩んでるところなんだけど」
『何か目的があっての旅ではないのか?』
「そうだな、今は楽しむことが第一優先だ」
フェイの問いに、一つ一つ丁寧に答えていく。
その中で、トモヤも自分の頭の中で色々と情報を整理していた。
これまでは、トモヤならば終焉樹の核を剣にすること、リーネならば新たな剣をフラーゼに創ってもらうという目的があった。
それらが完遂された今、改めて新たな旅の目的を決める必要がある――その中でも一番重要なのは、やはり自分達が楽しめる場所に行くということだった。
説明に納得したのか、フェイは一つ頷くと、顔を上げて言う。
『ふむ。であるならば、我が暮らす南大陸に来るがよい。近く、大規模な祭りが開かれる。移動する期間を差し引いても、十分に間に合うだろう。加え、我が住むリュコス国がお主達を歓迎することはこの名にかけて保障しよう』
フェイの言葉を聞いて反応したのはトモヤではなくリーネだった。
「その祭りについては私も話だけ聞いたことがある。フェンリルを崇めるリュコス国、キャスパリーグを崇めるカッツェ国、そしてテウメッサを崇めるヴォルぺ国といった、南大陸の三大国が協力し十年に一度開かれるものだな。そうか、思い返せば来年がその年だったか」
『如何にも。そしてその祭りには他大陸からも多くの客人を招くことになっておる。無論、我にもその権限はある。故にお主達も招待しようと思ったのだ』
「なるほどな。それは結構おもしろそうだな。俺は良いと思う、リーネやルナはどうだ?」
「もちろん賛成だ」
「うんっ! フェイの住んでるばしょ、行ってみたい!」
「よし、まだアイツの意見も聞くことにはなるだろうけど、ひとまずは前向きに検討ってことでいいか」
「ああ」「おー!」
トモヤの言葉に、リーネとルナリアは元気よく返事を返す。
その様子を眺め笑いながらも、トモヤはこれからのことを考える。
「けど、そうなると一度東大陸に戻る必要があるな。それから最南にまで行って、南大陸に向かう感じか。これは結構めんどそうだ」
「? トモヤ、君は何を言ってるんだ?」
「えっ?」
『そこの少女の言う通りだ。わざわざ二度、海を渡るルートよりも、陸繋ぎでやってこれるルートを選んだ方が都合が良かろう』
「陸繋ぎで行けるルート……?」
「ああ、つまり――」
『うむ、つまり――』
首を傾げるトモヤに対して、リーネとフェイは同時に告げた。
『「――中央大陸を通るルートだ」』
そんな。
いつの間にか、無意識のうちにトモヤの頭の中から除いていた選択肢を。
「中央大陸を、通る?」
少し言葉の意味を理解する時間を使った後、ようやくトモヤは声を絞り出す。
「待ってくれ。中央大陸には多くの魔族や、それこそ魔王っていうのがいるんじゃないのか? そんな場所を通るのは危険じゃないのか? それに――」
「魔王だと? 確かにそういった存在については聞いたことがあるが、中央大陸を横断するだけならなんの問題もないだろう」
「――なに?」
これまでの認識を覆すような発言。
うろたえていると、何かを察したのか次にフェイが口を開く。
『ふむ、どうならお主は何か勘違いしておるようだな。確かに中央大陸には魔王が存在し、その配下にある者が他大陸などに攻め入ってくることはある。だが、その配下というのは限られた人数しか存在せん。魔族のほとんどは、他の種族に対して敵対心を抱いておらず、むしろ好意的に接してくる者ばかりだ』
「それは本当か?」
『うむ。もっとも少数とは言え魔王の配下が存在するが故、中央大陸から魔族が他大陸に行く際には様々な制約が存在するが、お主達には関係のないこと……と、言う訳でもないか』
言って、フェイはルナリアの方を見た。
何故だろうか。ルナリアの表情には少し陰りがあった。
そんなルナリアを見て何か思うところでもあったのか、フェイはすぐに視線を外す。
『それでも、やはり問題はなかろう。北大陸から中央大陸に向かう際には、検問も厳しくはない。中央大陸から南大陸に行く検問の際には、此度のように召喚魔法を使用してもらえれば、我が駆け付け事情を話すとしよう』
「……いいのか?」
『無論だ』
こくりと頷くフェイ。
これで中央大陸を通って南大陸に向かうことが可能であると分かった。
けれど……
「……ルナ」
「っ!」
名を呼ぶと、ルナリアはピクッと肩を震わせる。
そして、ゆっくりと見上げてくる。
「……なぁに?」
「いや、そのだな」
トモヤには一つだけ心残りがあった。
それを解消しないことには先に進めない。
だが、質問に適した言葉が思い浮かんでこなかった。
だから――
「ルナも、今言ったルートでいいか?」
「……うん」
――そんな当たり障りのない問いしかできず。
それでも、彼女は。
「わたしは、トモヤと一緒なら、どこでもだいじょうぶだよっ?」
微笑みながら、そう返してくれるのだった。
◇◆◇
「ってことになったんだが、どうだ?」
「分かった。それで構わない」
「了承はやいな……」
フェイを帰還させエトランジュ家に帰ったトモヤは、さっそくシアに事情を説明した。
すると彼女は悩む素振りを見せず一瞬で頷いてみせた。
「私としても、他の大陸に行ってみたいとは思っていたから。それが中央大陸と南大陸なら、なお良い」
「だったら、これで決定か」
これで中央大陸を通って南大陸に行くという案について、リーネ、ルナリア、シアという全員の了承を得たことになる。
「じゃ、次は時期についてか。シア、世界樹の守り人についてはどうなってるんだ?」
「メルリィを含めた六人が、交代しつつ務めを果たす。問題が起きた時のみ、全員が集結するということになった。人数的には問題ない。けれど戦力に関しては、少しだけ心許ない。皆を鍛えるのにもう少しだけ時間がかかりそう」
「ああ、確かそんなことも言ってたな」
話によると、数年前までこの国の実力者のトップ2が、シアとその姉であるマーレだったらしい。その二人が国から離れようというのだから、ちょっと面倒なことになっているらしい。
もちろん他の者達も一定の実力は持っているのだが、以前のようなルーラースライムクラスの敵を倒せるほどではないのだ。
そこで、皆がある程度の実力をつけるまでシアが鍛えてやることになっていたのだが、それももう少し長引くみたいだ。
「ふーむ、なんかこう、もっと簡単に解決する方法があればいいんだけどな」
そう呟いた瞬間、
「ふっ、トモヤさん、この天才のことを忘れてもらっちゃ困るっすね!」
「ッ、お前は!」
なんだかめちゃくちゃかっこつけて、部屋に飛び込んでくる少女――フラーゼがいた。




