86 川遊び
温かな陽光に照らされる中、トモヤとルナリアは一緒に森の中を歩いていた。
ルーラースライムを討伐してより数日後。
もう随分とエトランジュ家に厄介になっているが、ただ世話になる訳にはいかないため、山菜を採ったり獲物を狩ったりして提供していたりするのだ。
もっとも、そんなことをしなくてもあの一家は気にしないとは思うが、せめてもの義理というやつだ。
それらが今、トモヤ達がこうして森の中を歩いている理由である。
まあ、二人で散歩を楽しみたいという気持ちが含まれていないと言えば嘘になるが。
いや、むしろそっちの方が本題だったりするかもしれないが。
白銀の髪を肩まで伸ばし、深い海のような碧眼を持つルナリア。
ワンピース風といった少女然とした服装も相まって、今日はより一層、子供らしい活発な印象を受ける。
トモヤと手を繋いだ状態のまま、彼女は嬉しそうに、飛び跳ねるようにして歩を進めていた。
「トモヤ、おそいよっ! はやくはやくっ!」
そんなルナリアに見惚れていたためか、少し歩行速度が遅くなっていたトモヤに対して、彼女は急かすようにそう告げた。
「ああ、わるいわるい。よし、行くか」
「うんっ!」
それから暫く、トモヤとルナリアはいろんな会話を楽しみながら歩を進めた。
適度に果実などを採集しつつ森を歩いていると、不意にその景色が現れた。
木々を抜けた先にあるのは、近くの山脈から流れてくる綺麗な川だった。
透き通る水が、陽光を受けてきらきらと輝いている。
「わあ、すごいね、トモヤ!」
「ああ、本当にな。せっかくだし、ちょっと休憩していくか」
「いいのっ!?」
頷いてやると、ルナリアはパァっと目を輝かせた。
彼女は靴を脱ぐと、裸足のまま川に入っていく。
ワンピースの裾を掴んで、水につかないようにあげたまま、楽しそうに足踏みをして水しぶきをあげていた。
「きゃっ、冷たい! でもきもちいいね、えへへっ」
「……ふむ」
そうやって遊ぶルナリアの様子を、トモヤは真剣に眺めていた。
親バカという訳ではないが、まさに天使が戯れる姿と評しても過言ではないだろう。
いや、何ならまだ表現が足りないまである。
間違いなく、天使どころか女神にまで至っているだろう。
いや、むしろ女神などという、この世界にある言葉で評しようとする方がおかしいのではないだろうか。
言語すら超えた存在、それがルナリア。
つまり、ルナリアとはそういった一つの概念であると言えるかもしれない。
絶対言える。
言えるに決まってる。
「……ん?」
ふとルナリアから視線を外して周りを見てみると、近くの木に果実がなっているのに気付いた。
そのそばにまで寄っていき、鑑定を使用する。
赤色の粒粒が集まって出来たそれは、どうやらベリー系の果実のようだ。
もちろん、食べることができる。
持って帰るために幾つかとり、異空庫の中に入れておく。
そして。
「ルナ、これ食うか?」
「? それ、なに? トモヤ?」
そのうちの一つを、一応清浄魔法をかけた上でルナリアに手渡す。
それが何か分からなかったのか、彼女は可愛らしく首を傾げていた。
「果物だよ。こうやって食うんだ」
実演のため、粒を一つ取り口に含む。
酸味と甘みが丁度いいバランスで、食べやすい味わいだった。
「うん、わかった。いただきますっ」
トモヤが見せたのと同じ方法で、果実を口の中にいれる。
そのまま一度噛み……
「んんぅ~、ちゅっぱい……」
ルナリアは舌を出してそんな言葉を漏らす。
どうやら彼女には酸味が強すぎたようだ。
そう思ったのだが。
「でも、おいしいねっ!」
慣れてしまえばその酸味すらもアクセントになるのか、美味しそうに次々と食べていく。
そうして顔を綻ばせる様はとても可愛らしい。
「っと、頬に果汁が飛んでるぞ」
「んっ? どこ?」
「ここだ、ここ」
「んんぅ~!」
トモヤが手でルナリアの頬についた赤色の果汁を拭ってやると、くすぐったそうに身をよじる。
「トモヤ!」
「ん、なんだ?」
「ここ、座って!」
ルナリアの言葉に従うまま、川から少しだけ離れた場所にあぐらをかいて座る。
すると彼女はその上にちょこんと座り、背中をトモヤに押し付けてきた。
「どうしたんだ?」
「なんか、こうしたくなったのっ!」
「そうか。ならしょうがないな」
特にトモヤの上に座る理由はなかったようだが、もちろん嫌なことではないため断りはしない。
むしろ、トモヤにとっても嬉しいことだ。
ルナリアの体温が、じんわりとトモヤに伝っていく。
逆もまたしかりだろう。
それから二人は会話を止め、しばらくぼうっと目の前の風景を眺めていた。
暖かい日が射し、優しい風が吹き、落ち着いた空気が流れる。
ただ無言でいるだけなのに、この上ない幸せを感じ取っていた。
「なあ、ルナ」
「なぁに、トモヤ?」
「そろそろこの国からも出るだろうけどさ。次は、どんなところに行きたい?」
「んー、トモヤといっしょならどこでもいいよ? だってね!」
ルナリアはどうしてもその先の言葉を面と向かって言いたかったのか、勢いよく振り向いた。
そして希望と夢に満ちた表情を浮かべて、彼女は告げた。
「いままでだって、トモヤといっしょならどこでも楽しかったから! だから、なんだよ! えへへぇ」
「――――」
どこまでも純粋な言葉。
だからこそ、トモヤの胸にも強く響いた。
「そっか。俺もルナと一緒だから、楽しいよ。これからも一緒にいよう、ルナ」
「……うんっ!」
こんな日々が続いていけばいいと。
そっと、心の中で零すのだった。




