83 シアにとっての、その存在
ルーラーとの戦いを終えて、ひとまずの危機は去ったとトモヤは判断した。
事の経緯を簡潔にシアとメルリィに伝えると、二人は目を丸くして驚きを露わにする。
「ということは事故じゃなくて、そのルーラーさんという方が故意的に引き起こしたものだったんですね。今回のことも、三年前のことも」
「ああ。けどもう問題はない。アイツとその仲間は、俺とシアがまとめて全部吹き飛ばしたからな」
「そうですか……なら、私から訊きたいことはもうありません。ただ一つだけお礼を言わせてください。シアお姉さまとマーレお姉さまを助けてくれてありがとうございます、トモヤさ……いいえ、お兄さま!」
「お、お兄さま?」
メルリィは視線を一瞬だけシアに向けた後、何故かトモヤのことをお兄さまと呼んだ。
いつの間に俺はメルリィの兄になったのだろうかと、トモヤはうーんと唸る。
けれど結局いくら考えても答えは出ず、後で改めて問おうと結論を出した。
今は何よりも他の人達に状況を伝えに行くことが先決だ。
きっと収穫祭を中断して避難しているだろうから、もう大丈夫だと教えてあげる必要がある。
「メルリィ、シア、ひとまずは町に戻ろう……シア?」
そこでふと、トモヤはシアがずっと黙ったままであることに気付いた。
普段から物静かな少女だが、それでももう少しくらい会話に参加してくるのが自然だと思っていたためそう感じたのだ。
「ううん。何でも、ない。早く戻ろう」
「あ、ああ……」
けれどシアはかぶりを振るとそう言った。
トモヤはそんな彼女のことが気になりつつも、町に向かって歩を進め始めた。
◇◆◇
町に向かうトモヤの背中を、シアは後ろからじっと見つめていた。
彼と出会ってからの日々を思い出してしまう。
最初に思い出すのは、初めてトモヤを見た時のことだ。
シアは世界樹の天辺から、リヴァイアサンを簡単に討伐する彼の姿を見た。
その光景を信じられず魔力の矢を放ってみたりもしたが、それで彼が反応することはなかった。
その時に思ったのは、なんだあの変な人は。程度だった。
けど、不思議と頭の片隅から彼の存在が消えることはなかった気がする。
そんな風に思っていると、実際に彼と出会う機会がきた。
わざわざシアに会いに世界樹のもとにまで足を運んだらしい。
それが分かった時には、何故か少しだけ心に温かい気持ちが生まれた。その理由は、今でも分からない。
けど、その気持ちはすぐに消えることになる。
だって彼はシアに対して、お前のミューテーションスキルの力を借りたいと言ったから。
嫌なことを思い出さされた。だから気分も少し悪くなった。
だけどその思いを打ち明けたら素直に引いてくれたし、何よりロックドラゴンの肉が美味しかったから許せた。
そう、思っていたのだけれど。
彼はその翌日、またシアのところに来て言った。
賭けをしよう。それで俺が勝ったら、お前に協力してほしいと。
……正直、断ることはできた。
いや、断ろうと思っていた。彼の目を見るまでは。
彼の目は真剣だったのだ。後になって分かった話だが、シアがどうして空間飛射を使わないかを既にメルリィから聞いていたらしい。
それでもなお、彼はシアのもとに来た。
弓の心得なんてないくせに、弓術のスキルを使うことなく挑んできて、当然のように負けて、こっちの命令を聞いて……それでも幾度となく彼は挑んできた。
今になってようやく分かる。彼はシアに文句を言いたかったのだ。過去の後悔から逃げるなと。その文句を言う資格を得るためだけに、彼はシアと同じ道を歩み……私のこれまでの努力を知ろうとしてくれたのだ。
これほどまでに自分を想って行動してくれた人が、かつていただろうか。
誰もが言った。確かにお前はメルリィを傷付けてしまった、けれどそれと同時に救うことができた。その結果が素晴らしいのだと。
優しい言葉、だからこそ胸に突き刺さる。
自分を責めれるのは自分だけだと、ずっとそう思っていた。
だけど彼は違った。
彼はシアの失敗を失敗だと受け入れてくれた上で、次にどうすれば間違えないのか、そんな未来の話をしてくれた。
そしてもう一度、シアに空間秘射を使う勇気をくれた。
メルリィと心から想いを伝えあうこともできた。
それだけじゃない。
その後に現れた、これらの事件の元凶を前にした時、彼はシアを頼ってくれた。
そして共に協力し、空間飛射の新たな力を目覚めさせてくれた上で討伐することにだって成功した。
初めての共同作業というやつだ。
共同作業というやつだ。
(ああ……そういうこと、だったんだ)
胸に湧き上がるこの理由をようやく知る。
けど、その想いを伝えようにも今は適した言葉が思いつかない。
思い付いたとしても、言うだけの勇気はまだない。
あと少しだけ、待っていてほしい。
けれど、それと同時に自分のことを見ていてほしい。
そう言えば、そもそも彼はシアに剣を作るのを手伝ってほしくて会いに来たんだったか。
不意にそんなことを思い出した。
だから、シアは彼に告げる。
ほんの少しの時間稼ぎと、大きな感謝を込めて。
「トモヤ」
「ん? どうしたんだシア?」
振り向き、優しい表情を浮かべるトモヤに向けてシアは言った。
「貴方のお願い、聞いてあげる、何でも、言って」
そんな、言葉を。
完 全 攻 略 !
という訳で、次回で第三章は終了です。
その後神界の章を挟んだのち(何書くかまだ全然決めてねぇやべぇネタがない。エルトラさん今回はぼうっと眺めてただけだしね!)、第四章の前に閑話を幾つか挟みたいと思います。
もしこんなシーンや、こんなキャラ達の絡みが見たいという意見があれば、言ってくだされば実際に書くかもしれません。書かないかもしれません。どうぞよろしくお願いします。
とりあえず次回はルナと抱擁します。
リーネとも、たぶん……?
あと何故かついてきたフラーゼとも。




