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ステータス・オール∞  作者: 八又ナガト
第三章 北大陸編
82/137

82 秘射

 トモヤの目の前で、自身の核を破壊されたルーラーの体が消滅する。

 だがそれで全て解決とはいかなかった。


 ルーラーが消滅したにもかかわらず、トモヤの索敵範囲にいる魔物達の気配が小さくなる雰囲気はなかった。

 どころか気配はさらに肥大化を続け、まるでそれに呼応するかのように大地が震動を開始した。

 同時に木々も揺れ動き、地響きと葉が擦れ合う音が耳に飛び込んでくる。


 そんな状況の中、トモヤは“それ”を見た。


「……思ってたより、やばそうだな」


 セルバヒューレを囲むように現れたのは、色や大きさが多種多様な数百体のスライムだった。

 鑑定を使用するも聞き覚えのない種類のスライムばかりで、ブラストスライムの例などのことを考えればトモヤの取れる策は限られている。

 当然、現時点では静観する他ない――


「――訳ないだろう」


 敏捷ステータス一兆。

 防壁、圧縮魔法を併用。


「一秒もいらないな」


 呟き、トモヤは駆けた。

 地を蹴り、空を切り裂き、猛烈な速度で疾駆する。

 そして――


「終わりだ」


 ――数瞬後、世界樹の下に戻って来たトモヤがそう呟いた瞬間、“全てのスライムが消滅した”。


 なんてことはない。

 リヴァイアサンを倒した時と同じことだ。

 防壁でスライムのみを閉じ込めた上で、圧縮魔法により完膚なきまで潰す。

 スライムが人を呑み込むまでにこの方法を取ることによって、他に被害を出すことなく討伐することを可能にするのだ。

 それを一秒足らずの間に高速で空を駆け、数百回分を成し遂げて見せただけだ。


 そして、ここからが本番だ。

 そう考えるトモヤの思考を読んだかのように、その声は響いた。


「ふふ、ふふふ……これは驚きね。まさかあれほどの強力な魔物達を、被害を出すことなく一瞬で倒してしまうとは」


 世界樹の裏側から姿を現したのは、擦り切れた黒色の布に身を包んだ女性の姿だった。

 髪の色は紫色と先ほどの彼女とは異なっているが、それ以外はほとんど同じ様相だ。よってトモヤは確信を持って告げた。


「ルーラーだな」

「ふふっ、正解よ」


 そう、そこにいたのはたった今トモヤが倒したはずのルーラーだった。

 だがその事実にトモヤが驚くことはない。

 先ほどのルーラーの言葉の中にその理由はある。


 ルーラーは言った、自分は三年前にシアの姉であるマーレに殺されたのだと。

 にもかかわらず、彼女はこうして生きてセルバヒューレの破壊を画策していた。

 つまりは死んでもなお生き延びる術がルーラーにはあるということだ。


 そう判断したからこそ、トモヤは迷わずルーラーの核を破壊したのだ。

 その結果が、目の前で意地悪く笑うルーラーの姿だった。


「こうなっては仕方ないわ。貴方には私の能力を全て教えて差し上げましょう」


 自分の配下であるスライム達が全て倒されたというのに、彼女は嬉しそうに笑いながら告げる。


「先ほども言った通り、私の一つ目の能力は支配下にあるスライム種の操作。そしてもう一つは――私の体が滅んだとき、私の精神を支配下にあるスライムに移し替えることができるのよ」

「……なんだと?」


 それは、つまり――


「――それが、不死身の正体か」

「ええ、その通りよ」


 予想を遥かに超えるルーラーの能力に、トモヤは思わず眉をひそめてしまう。

 ルーラーの言葉を信じるならば、トモヤが核を破壊した時、三年前にマーレが彼女を倒した時、そのどちらにおいてもルーラーは別のスライムに精神を移し替えることによって生き延びて見せたのだ。

 つまりルーラーを倒すためには、彼女の支配下にあるスライムを全て倒す必要がある。

 しかし。


「きっと貴方はこう考えているのでしょう。どうすれば私が精神を移し替えることの出来るスライムを全て倒すことができるのかと」

「…………」

「残念だけど、それは不可能よ。何故なら私の配下はこの北大陸だけじゃなく、中央大陸や東大陸などに多く生息しているの。貴方がどう足掻こうが、その全てを倒すことなどできないわ!」


 彼女の言葉の通りだった。

 さすがのトモヤとは言え、一分足らずで世界全土を駆け巡りスライムを全て殺すことはできない。

 いや、もしかしたら数分もあれば可能かもしれない。だが、それだけの猶予を与えられたルーラーが取る行動を予測することは容易い。


 それは、きっと――


「……何、してるの?」


 ――不意に、声がした。


 振り向くと、そこにはセルリアンブルーの長髪を靡かせ、弓を手に持ったシアとメルリィの姿があった。彼女達はトモヤとルーラーを見比べると、何が起きているのか理解できないといった表情で首を傾げる。


「貴方がいなくなったから、探した。そうしたら突然スライムがたくさん現れて、だけどそれもすぐにいなくなって……不思議に思いながら歩き続けたらここにきた。一体、何をしてるの?」


 そんなシアの疑問に応えたのは、トモヤではなかった。


「……アイツに似た忌々しい顔を、こうして間近で見ることになるとはね。いいわ、そろそろ終わりといきましょうか」


 ルーラーがそう呟いた次の瞬間、その変化は訪れた。

 彼女を纏う布が吹き飛んだかと思えば、突如としてその体が変化を開始する。

 これまではかろうじて人の形を保っていた体が、流動性を持ち大きくうねり始めたのだ。


 ルーラーの体はそのまま猛烈な速度で肥大化していく。

 もはやそれは人ではなく、ただの紫色の毒々しい見た目をした巨大なスライムでしかない。

 ただし、その体に内包されている魔力に関しては目を見張るものがあった。世界樹の果実を幾つ喰らったのだろうか、トモヤがこれまでに出会って来た敵の中でもっとも強力であったフィーネスにも匹敵するほどの力が備わっている。


 鑑定を発動。

 《ルーラースライム》――ランク・測定不能。

 彼女は紛うことなき化物と化した。


『この姿はあまり好みではないのだけど、仕方ないわ。貴方達を纏めて破壊するには、こちらのほうが都合がいいもの!』


 どこから発しているのか分からない言葉がそのスライムから響く。


「トモヤ様、これは一体!?」

「何が起きてるの、教えて」


 即座にトモヤのもとに駆け寄って来た二人に、簡潔に応える。


「アイツはルーラースライム、今回と、そして三年前に起きた事件の黒幕だ」

「なっ!」

「…………」


 これ以上を伝えている時間はない。

 すぐさま討伐にかからなければならない。

 けど、最も重要な問題がまだ解決していない。


 そんなトモヤの不安に応えるように、ルーラーは高らかと告げる。


『今から、私が貴方達を殺すわ。防ぐことなく素直に受け入れなさい――さもなくば少女達よ、私の配下に命令し、東大陸のフィーネス国にいる貴女達の姉を殺すわ』

「……えっ?」

「どういう、こと?」


(くそ、最悪のタイミングだ)


 想定していた最悪の事態だと、トモヤは内心悪態をついた。

 そう、トモヤが恐れていたのは、この場にいる者以外の誰かが人質にされることであった。

 世界中にいる者達を同時に守ることなど、トモヤにはできない。

 今すぐこの敵を倒そうにも、彼女はすぐ別のスライムに精神を移し言葉通りのことを実行するだろう。


 それを防ぐ手段なんて、今のトモヤには――――


 チャリンと、金属が掠れるような音がした。


「……え?」


 それは、トモヤが首からぶら下げていたピンク色のネックレスだった。フラーゼの手によって魔道具に創り変えられた物だ。

 これまではシャツの下に入れていたのだが、激しい移動の拍子に外に出てしまったのだろう。

 反射的に、この魔道具についてのことを思い出す。


 魔力を放射することによって、特定の人物がどこにいるかを分かるようになるこの魔道具は、千里眼を使用できるトモヤにとっては不必要なものだ。

 リーネやルナリアがどこにいるかなど、すぐに分かる。それが例え世界中のどこであろうとも――


「――ッ!」


 瞬間、あるひらめきがトモヤの脳裏を過った。

 トモヤはぱっと振り向くと、そこにいる少女を見据えた。


「シア、力を貸してくれ」

「…………」


 いま何が起きているのかも。

 どうして助けを求めたのかも教えずに告げたその言葉に。


「うん」


 シアは迷わず頷いてくれた。


「今のこの状況を、私はきちんと理解できてなんかないけれど」


 そして、こんな緊急事態だと言うのに見惚れてしまうような優しい笑みを浮かべて言った。


「貴方がそう言うのなら、私は応えるよ――トモヤ」

「……シア」


 思えば。

 彼女がトモヤを名前で呼ぶのは、それが初めてのことだったのかもしれない。


 そして、トモヤの右手とシアの左手がそっと重なった。


『茶番はその程度でいいかしら』


 そんなトモヤ達に向けて、ルーラーは告げる。


『貴方達がどんな足掻きを見せようと無駄。貴方達が死力を尽くして私を殺そうが、私は死なない。それどころか大切な人を失う羽目になるだけよ』


 体の一部を硬質な槍にへと変化させ、それをトモヤ達に目掛けるように構えながら、ルーラーは叫んだ。


『それが嫌ならば、素直にこの場で死になさい!』


 そして全力で振り下ろされるその攻撃を見据えながら、トモヤ達は呟く。

 何をしようとしているのか口に出さずとも、繋いだ手から思いが伝わっていく。


「索敵、発動」


 莫大な魔力を消費してトモヤが唱えた索敵の範囲は世界全土。

 その中から、ルーラーの魔力の破片を持った存在を見つけ出す。

 計4048体。その全てが、ルーラーの支配下だ。


「空間飛射、発動」


 その横でシアが小さくそう呟く。

 スキルなどを使用せずとも、どういった原理かトモヤの索敵結果がシアにへと伝わっていく。

 全ての敵を、シアは目標座標として定めた。


 トモヤは空いた左手で弓を握りしめる。

 シアの身を自分に寄せ、まるで彼女自身が構えているかのように。

 シアは少しだけ顔を赤く染めながら、空いた右手で“空の矢”を構える。

 その手の中に、トモヤから供給される大量の魔力が集っていく。


 そして、二人は同時に唱える。


「「空間飛射、第二の絶矢」」


 世界の理を超越する、その言葉を。




「「――――兆越秘射ちょうえつひしゃ」」




 瞬間、その現象が訪れた。

 シアの手に集った魔力が、数千の矢と化し放たれる。

 それらは全て空間を超越し、世界中にいるスライムの核を射抜いていく。

 そして。


『――――なっ!』


 最後に放たれた一際巨大な矢が、ルーラが振り下ろす槍を破壊し、そのまま彼女の体を貫いた。

 ぽっかりと体に空いた穴から、砕け散った赤色の核が見える。

 それに伴って、彼女の体は消滅していく。


『そんな、ばかなことあるわけ……は、早く精神を移行させないと! で、できない!?』


 本体の核を壊し。

 そして、彼女の支配下にある全てのスライムをも倒した。

 もう、彼女が蘇ることはできない。


「今度こそ終わりだ」

『そんな、そんなそんなそんな、こんな馬鹿げた結末がある訳が――――』


 言葉は最後まで紡がれることはなかった。

 まるで積み木が崩れていくかのように。

 彼女の崩壊は、ほんの一瞬のことだった。


 目の前にいた巨大な敵が消滅し、何の障害もなく世界樹を見上げることができる。

 そんな光景を前にして、トモヤはそっと息を吐いた。



 こうして、世界樹における全ての戦いが幕を閉じた。

マーレ「さーて良い子の皆、ここで『50 限定』を読み返そうね! 衝撃の事実に貴方は死ぬわ」

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