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ステータス・オール∞  作者: 八又ナガト
第三章 北大陸編
81/137

81 言えない

 トモヤの問いに対して、女性はフードの下で小さく口元を歪ませる。

 そして、そっと手でフードをめくった。


 光を秘めた黒色の瞳に、潤いを含んだ白色の肌。

 さらに水色の長髪を持つ美しい女性の姿がそこにはあった。


「お久しぶりね」


 そして、彼女はあろうことかそんなセリフを口にした。

 まるで以前にトモヤと出会ったことのあるような――


(――いや、待て)


 瞬間、トモヤの記憶の片隅に引っかかる何かがあった。

 必死に思い出そうとしていると、彼女は面白いものを見るかのような様子でふふっと笑う。


「まだピンと来てないのかしら。思い出させてあげましょうか、私が貴方と出会ったのは」

「お前は……」

「あら、思い出せたのね。そうよ、私は貴方の知っての通り」

「お前は……!!」

「待って。もしかしてまだ思い出せていないの? そうなのよね? 無理しなくていいのよ、今から私が教えてあげるからね?」

「いや待ってくれ、あと少しで思い出すから!」

「は、はぁ……」


 呆れたような女性に許可をもらってから、さらにトモヤは頭を捻る。

 確かに記憶の中には彼女と出会った記憶があるのだ。その時に名前も聞いていた気がする。

 そう、あれは確かトモヤ達が北大陸アルスナに来る直前の、ユミリアンテ公国での出来事だ。そこで聞いた名前と言えば――


「――! そうだ、思い出した! エルトだ! エルトだろお前!」

「違うわよ! 誰よエルトって! 一体誰と勘違いしてるのかしら!? ルーラーよルーラー! 貴方達がごろつきから絡まれてるのを助けてあげた!」

「ああ、そんな人いたな」

「いたわよ! 結構印象に覚えられそうな出会い方だったと思うのだけど。それよりも強く記憶に残っているエルトって一体誰!?」

「まことに遺憾ながら……同士?」

「なんの同士よ……」


 それは言えない。


 ツッコミに疲れたのか、ルーラーと名乗った女性は片手を額にあて溜め息を吐いていた。

 しかしすぐに気を取り直すと、顔を上げて口を開く。


「そろそろ話を前に進めさせてもらおうかしら」

「どうぞ」

「……何だか調子が狂うわね。まあいいわ。貴方の言う通り、三年前と今回のブラストスライムによってエルフの国を襲わせたのは私よ」

「素直に認めるんだな。けどどうやってだ?」

「簡単なことよ。私にはそういった力があるから、ただそれだけのこと」

「なに?」


 いまいち要領を得ない説明に首を傾げる。

 だがルーラーもそこで話を終えるつもりはなかったのか、そのまま続ける。


「心配しなくても教えて差し上げるわ。私の名はルーラースライム、スライム種の中で唯一人格を持った存在よ。そしてその能力の一つが、支配下にあるスライムを操作できるということなの」


 魔物でありながら、人格を手に入れる存在。

 索敵を行った時に灰色の気配を感じた理由を理解する。

 だが、今知らなければいけないことはそこではない。


「それで、ブラストスライムを操作したのか?」

「その通りよ。そしてもちろん、ブラストスライムだけでなく他にも様々なスライム種を操作することができるわ」

「他にも、様々な……?」


 その言葉を聞き、トモヤは一つの光景を思い出した。

 ルーラーと初めて出会ったのはユミリアンテ公国の砂場。そしてそこで起きた事件のことを。


「……! まさかあの時、普通なら魔物が出ないはずの場所にクラーケンスライムが現れたのもお前の仕業か?」

「あら、思ったより頭は働くようね。その通りよ。もっともそちらに関しては特別な目的があった訳ではなく、今回の作戦に備えてどれほど繊細な操作ができるのか試すためでしかなかったのだけれども」

「そういうことだったのか」

「ふふ、貴方達が必死になって倒したクラーケンスライムを操作していたのが私だと知って怒るかしら? 恨まれても仕方のないことだとは思ってるけれど」

「いや、その点に関しては感謝してる」

「……ど、どうして?」


 それも言えない。


「ま、まあそちらに関しても今はいいわ。そんなことよりも話を続けましょう。もっと他に気になっていることもあるのでしょう?」

「……ああ」


 不意に、どうして敵であるルーラーがここまで詳細に色々なことを教えてくれるのかが気になる。

 だがいくら考えても答えは出ず、何より情報を手に入れること自体は重要なためトモヤは素直に頷き質問を重ねることにした。


「じゃ、そろそろ核心にいくか。ルーラー、何でお前はこんなことをしたんだ? 何故エルフ族の皆を殺そうとした?」

「世界樹の守り人が邪魔だったからよ。別にエルフ族に直接的な恨みがあった訳じゃないわ」

「邪魔だと?」


 世界樹とはこの世界に新たな魔力を供給してくれる唯一の存在。

 それがなくなれば、すぐにとは言わないがやがて世界は滅ぶ。

 そうならないために世界樹を守り続ける者達こそ世界樹の守り人だ。そんな人々のことを、どうして邪魔だと言うのだろうか。


「まさか、お前の目的は世界を滅ぼすことだったりするのか?」

「そんな訳ないでしょう。私の目的はこれよ」


 言って彼女が掲げたのは赤色の果実。

 ふんだんに魔力が含まれた世界樹の果実だ。

 

「先ほど教えてあげた私の能力、つまりスライム種の操作には大量の魔力が必要なの。数体程度ならともかく、数十数百を同時に操作することは難しいのよ。けれど、この世界樹の果実が全て私の物になればその問題は解決するわ。このたった一つの果実の中に、私が数年かけて使用するだけの魔力が込められているの」


 少し言葉を止めた後、さらに紡ぐ。


「エルフの国を滅ぼし、世界樹の守り人を殺し、この世界樹とそこから生える果実を支配することによって私が最強の力を得ること。それが私の目的よ」


 自身に満ちた表情で自身の計画を語るルーラー。

 だが、不意に彼女の表情が暗くなる。


「本当なら、三年前のあの日にその目的は果たされるはずだったのよ」

「…………」

「けれど! あの少女がミューテーションスキルなどという忌々しいもので私の操るブラストスライムを殺し! そして“アイツ”が、私が世界樹の果実を喰らうのを邪魔した!」

「アイツ?」

「そう、名をマーレと言った女よ! ブラストスライムにエルフの国を襲わせているうちに世界樹の果実を喰らおうとした私のもとにやってきたのよ! そして私はアイツに殺された! もう少しで! 私の悲願が果たされるはずだったのに!」

「ん?」


 今の話の中に気になる言葉があった。

 マーレとはシアの過去の話にも出てきたように、彼女の姉の事だろう。

 マーレが三年前、ルーラーの異変に気付いて世界樹を守り切ったのだということは分かった。

 だが、おかしい点が一つ。


「今、殺されたって言ったか?」

「その通りよ、アイツは確かに私の体の中心にある核を矢で破壊したわ」

「じゃあ、今ここにいるお前は何者なん――」

「そろそろ時間ね」


 トモヤの問いが最後まで届くことはなかった。

 ルーラーはその言葉を遮ると、おもむろに頭上を見上げたからだ。


「本来なら、三年前を再現してブラストスライムによって全てを滅ぼしたかった。けれどもうこうなった以上、手段には拘らないわ」

「何を言って」

「貴方は私が何の考えもなしに、ただ敵の質問に答えてあげているとでも思っているのかしら?」


 先ほどトモヤが疑問に思っていたことを突き付けるルーラー。

 訝しげに眉をひそめるトモヤを前にして、ルーラーは満足気に微笑む。


「馬鹿な子。馬鹿な話。馬鹿な結末。貴方に教えて差し上げるわ、私は既に世界樹の果実を喰らった後よ」

「……じゃあ、その手に持ってるのは」

「一応の保険として持っていただけよ。運よく貴方を騙せたようね。さあ、もう手遅れよ。貴方と会話している間に、私が吸収した魔力が体全体に馴染んだわ。これで全力でやれるわ」

「なるほど」


 つまりは、時間稼ぎだ。

 ルーラーは吸収した魔力を満足に扱えるようになるまでの時間を得るために、トモヤの問いに答えてくれたのだろう。

 もうその必要がなくなったともなれば、次の行動は当然。


「今の私なら、支配下にある数百のスライムを同時に操れるわ!」

「――――」


 瞬間、ずっと使用したままにしていた索敵に異常が生じる。

 エルフの国セルバヒューレを囲むように存在していた大量の黒色の気配、つまりは魔物がその形を肥大化させていく。

 ――その魔物達が、ルーラーが操作しているスライム種なのだ。


 それを理解した瞬間、トモヤは――


「これで、エルフの国だけじゃない! この辺り一帯の森ごと、私が滅ぼしてみせ――――え」


 ――そしてルーラーは、言葉を途中で止めることになった。

 “自分の胴体を貫くその腕に気付いたからだ”。


「悪いけど、一体一体倒していくよりこっちの方が早い」


 トモヤはそう呟くと、ルーラーの内部にあった硬い球体――核を握り締めて破壊した。


「いつの、まに……どう、して……」


 トモヤが目にも止まらぬ速度で接近したことから、ルーラー自身がその攻撃に気付けたのは、核が破壊された後になってからのようだった。

 驚愕の表情を浮かべている。


 索敵内にいるスライムがどのような種族なのかが分からない。ブラストスライムのように倒す方法を一つ間違えたら大災害を齎すかもしれない。

 だから、トモヤは咄嗟にこの対応をとった。

 ただそれだけの話だ。


(それに――――)


 トモヤが冷たい視線を送る前で。

 ルーラーの体は、核の破壊に伴って呆気なく消滅した。

ルーラー「もっとアピールしておくべきだったかしら」

エルト「風評被害、反対」

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