79 責任
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――本当に最後まで話すことになるとは。
シアはそんなことを考えながら、言葉を紡ぐ。
「そんな風にして、私は正式に世界樹の守り人になった。姉は私にその役目を渡すと、この国を出て行った。その理由までは聞いていないけど……」
「シアの姉……青髪……」
「? どうか、した?」
「いや、何でもない続けてくれ」
何か気になるところがあったのか、考え込む素振りを見せるトモヤ。
訊いても素直に答えてはくれないようなので話を進めることになる。
「それから、私は役目を全うするために日の出る間この世界樹に居続けた。そしてその時間を無駄にしないために、弓の修練も続けた」
「……世界樹の上から狙っていた大量の的は」
「そう、私が三年前に修練のために作り上げた場所」
ただひたすらに修練を続けた。
ミューテーションスキルを――いや、“そのスキル”すら使用せず。
そんな日々を送る中で、最初はシアのことを英雄として扱っていた人々も彼女の抱いている後悔の重さを知り、あの事件とシアのミューテーションスキルについて話題に出すこともなくなっていった。
強くなれたと思った。
けれど、実際はどうだ。
大きさも力も、あの日に比べて随分と劣るブラストスライムを一目見ただけで動揺して、終いには自分から拒絶したはずのトモヤに助けられて。
「……全て無意味だった。結局、この三年間で私が得たものなんて、何一つとしてなくて……」
「――それは違うだろ」
「……え?」
トモヤがシアに告げたのは、一切の迷いのない否定の言葉だった。
今の自分の言葉は正しかったはずだ。もう二度と同じ失敗をしないために努力を続けたにもかかわらず、冷静に敵と向かい合うことすらできなかった。
それなのに彼は何故、淀むこともなくそう言い切れるのか。
いや、言葉だけではない。
彼は真剣な眼差しをシアに向けていた。
何か大切なことを伝えなければならないのだと、まるでそんなことを言いたげに。
「聞け、シア。お前は自分のしてきたことに意味なんてないって言ったな。けどな、それは違うんだ。だってお前は――」
けれど、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
まるでシア達の思いを冒涜するかのように。
盛大な爆発音が、突如として辺り一帯に響き渡った。
「っ、何が起きた!?」
トモヤは途中で言葉を止めると、事態を把握するために周りを見渡す。
そんな彼よりも早く、シアの長い耳は爆発の発信源を捉えていた。
「今の、町から……」
「ッ……それは想定外だ」
何故か世界樹を見上げていたトモヤは、シアの言葉を聞くと苦々しい表情になりそう呟いた。
もっとも、シアはそんな彼の様子を気にかけている余裕はなかった。
視線を向けた先に現れたその存在に目を奪われていたからだ。
銀色の流動体。町を囲む大樹よりも大きな体。内には赤色の核。
シアが何よりも恐れる魔物――ブラストスライムに他ならなかった。
「どうして、ブラストスライムならさっき倒したはず……それに、爆発音が鳴り響いたのなら、もう討伐は済んでいるはずじゃ」
「――複数体いるってことだよ。索敵スキルを使ったから分かる。向こうにはまだアレ以外に数体同じ魔物がいるぞ。サイズは小さめだけどな」
シアの疑問に答えをくれたのはトモヤだ。
彼は唇を噛み締めるような表情を浮かべた後、シアに向けて言った。
「シア、向こうにいる人たちを助けに行くぞ」
「ッ……けど、私が行っても、役になんか立た――」
「うるさいとっとと来い」
「――ッ!?」
次の瞬間、シアはトモヤに抱きかかえられていた。
先ほどと同じお姫様抱っこ。ただ一つ違うのは、今回に限ってはトモヤの力が強く振りほどくことができないことだ。
トモヤが一歩一歩駆けるごとに、彼の適度に鍛えられた肉体を服越しに感じる。
「な、な、な……」
「ッ、遅かったか」
動揺するシアとは異なり、トモヤの表情は真剣なそれだった。
町の方向に視線を向けながら困ったように呟く。
その様子を見て、シアも今がどういう状況なのかを思い出す。
ブラストスライムに視線をやり、トモヤが何故そんな呟きをしたのかが分かった。
ブラストスライムの中には既に多くの人々が取り込まれている。それも収穫祭があり町にいる人の数が多かったためか、三年前の何倍も多い。
例え触れたら爆発するという性質がなかったとしても、あの隙間を通して核を破壊するのは不可能に等しいだろう。
「……下ろして。一人で走れる」
「ああ」
トモヤは素直にそのお願いを聞き届けてくれた。
世界樹から町までの距離は半分を切った地点でのことだ。
しかと地を踏みしめ、改めてブラストスライムに向き直る。
――今、自分が空間飛射を使えばアレを倒すことができるだろう。
けれど、もし失敗すれば。そんな考えが脳裏を過り動くことができない。
そもそも冷静になって思い返してみれば、突然お姫様抱っこをされたため弓を回収できていないため、ここにシアの武器はないのだが。
どうすればいいのか。そんな風に途方に暮れていると、目の前からブラストスライムから逃げてきたのであろう十数人の人々が走ってくるのが見えた。
シアの姿を見つけると、誰もが血相を変えて駆け寄ってくる。
「ッ、シアさん! こんなところにいたのか!」
「助けて! あの魔物を倒せるのはシアちゃんだけなの!」
「それにメルリィちゃんも、他の人を庇って取り込まれたぞ!」
「――――ッ!」
助けを求める数々の言葉の中でも、シアが心を動かされたのは最後のだった。
メルリィがブラストスライムに取り込まれている。その事実が、さらにシアに恐怖を与える。
「あっ、ああ……」
そして見た。ブラストスライムの中で苦しそうにもがくメルリィの姿を。
それはあの日と同じ光景だった。
きっと、三年前も同じだったのだろう。
メルリィは誰かを助けようとして、その身代わりになってブラストスライムに取り込まれた。
シアと違って特別な力を持っていないにもかかわらず、ただ自分のできることをやり遂げたのだ。
(それなのに……それなのに、私は)
「っ、小さい奴が全てこっちに来たぞ!」
「きゃぁ! 逃げて!」
脅威はそれだけに留まらない。
サイズは小さめ、けれども確かに人を殺傷する力を持つブラストスライムが、木を飛び跳ねながら迫ってくるのが見えた。
その数、実に五体。
その全てがシアの周りに集まる人々に向け一斉に飛んでくる。
シアはただ、その光景を呆然と眺めるしかできず――
「――――弓術Lv∞」
――五体のブラストスライムが同時に爆散した。
爆風が肌を撫でるが、傷付くような代物ではない。
いったい、何が起きたのか。この場にいる誰もが戸惑っている。
しかしそんな中でシアだけは、誰よりも早く奇想天外なことをやってのける存在に視線を向けた。
「……それは」
シア達から少し離れた位置に立っているトモヤは巨大な弓を握っていた。
つまり、彼がたった今その武器でブラストスライムを倒したということだろう。
しかし納得がいかない。
トモヤは普段の勝負から分かるように、弓の扱いなど下手くそを遥かに超えたキング・オブ・ザコだったはずだ。
なのに、彼はこの一瞬で五射を放ち“全ブラストスライムのど真ん中を同時に射抜く”という神業をやってのけたのだ。
「どうして……貴方に、そんなことは不可能だったはず」
その言葉に、トモヤは答えない。
ただ静かに歩を進め、シアの前にまでやってくる。
そして手に持つ弓をシアに差し伸ばす。
「使え、お前の弓を基に創造したものだから使えるはずだ。これで、あのブラストスライムの核を射抜け」
続けて、言った。
真剣な目でシアを見つめながら。
「シア、よく聞け。メルリィを助けるのはお前だ。お前じゃないと駄目なんだ」
フラーゼ「よしっ、リーネさんの剣が完成したっす! も、もう少しでトモヤさん達が取りに来ちゃうっすよね……そうだ、おもてなしの準備をしなくちゃっすね!」
リーネ「久しぶりだなフラーゼ。トモヤは忙しいからルナと二人で来たぞ」
ルナリア「来たよっ!」
フラーゼ「…………(死)」




