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ステータス・オール∞  作者: 八又ナガト
第三章 北大陸編
78/137

78 失敗と決意


 ◇◆◇


 三年前、セルバヒューレ。

 シアがまだ13歳だった時、彼女は当時の世界樹の守り人の一人であった姉のマーレの補佐として、その役目を全うしていた。


「――――当たった」


 世界樹の高さ1000メートル地点。

 シアは左手に持つ弓を下ろすと、少し上擦った声でそう呟いた。

 すると、彼女の隣に立つマーレはシアの頭に手を乗せてぎこちなく笑う。


「うん、よくやったねシア。けどお姉ちゃん的には今シアが何をしたのか全く分かんないんだけど」

「あそこの大きな木の後ろに魔物の気配がした。それを射抜いた」

「……ここから? 普通に木に防がれるような気がするんだけど……まさか」

「うん。空間飛射、使った」

「……はあ」


 シアがミューテーションスキルを使用して魔物を倒したことを告げると、マーレは額に手を当て呆れたように溜め息を吐いた。

 マーレや両親は普段からシアに対し、どうしてもと言う時以外には空間飛射を使用しないようにと釘を刺している。その言いつけを破ったからだろう。

 ではなぜマーレ達はシアにそんな言いつけをするのか。その主張は以下のようなものだった。


 空間飛射は特定の座標を指定し、そこを直接矢で射抜くことのできるスキル。

 極論を言えば、弓の構えや風の計算などを一切と必要をしない。そんなことをしなくても目標を射抜くことが可能だからだ。

 けれど、そのように楽なことばかりを繰り返していたら、イレギュラーな事態に陥った時などに正しい選択ができない。弓矢の使い方を正しい手順で学んでいく中で、そういったことが身についてくるというものだった。


 しかし、シアにとってすればその主張はナンセンスだった。

 普段から空間飛射を使い、その扱いに慣れることでもしもの時にも優れた対応ができるのではないか。

 そもそも13歳にして世界樹の守り人の補佐に任命されたのは、シアが圧倒的な力を誇るミューテーションスキルを保有しているからだったのではないか。


 だからこのままでいい。

 自分はこのまま空間飛射を使い続け、実力を増していく。

 それでいいと、ずっとそう考えていた。



 そんな考えは、次の出来事によって全て壊れることになった。



「――――なにっ!?」

「ッ!?」


 突如として地響きが発生する。

 遅れて人々の叫び声も。

 それは全て町の方から聞こえてきていた。


「メルリィ、お父さん、お母さん、皆――――」

「待って、何か嫌な予感がするわ」


 今すぐ何があったのか確かめに行こうと、そう思い世界樹から飛び降りようとしたシアの腕をマーレが力強く掴んだ。その目は何かを訝しむかのように、まっすぐと町に向けられていた。

 そしてシアも、次の瞬間には驚きで目を見開くことになった。


「あれ、は……」


 町の方向に何かが見える。

 それは高さが数十メートルにも至りそうな、銀色の流動性を持った生物だった。

 中には赤色の球体が見える。

 いったいアレは何だと思うシアの横で、マーレが言った。


「……ブラストスライム? どうしてこんなところに?」


 その名は聞いたことがあった。

 銀色の体をした、スライム種の中の一種。

 敵意ある者がその身に触れると爆発を引き起こし、そうでないものはその身の中に取り込むというなんとも不思議な性質を持った魔物らしい。

 ただしその爆発の威力は尋常ではなく、小さなものでもCランクとされ、あれほどの大きさになると恐らくAランクには達するだろう。


 そんな風に冷静に考えていられるのは、そこまでだった。


「――――メル、リィ?」


 ブラストスライムの内部には既に何十人も取り込まれていた。

 その中に、シアは妹の存在を見つけたのだ。

 息ができないのか、溺れるようにして苦しそうにもがいている。


「っ、助けないと!」

「シア!?」


 その光景を見た瞬間、反射的にシアは駆け出した。

 風魔法を駆使して世界樹よりも低い木に飛び移っていく。

 後ろでシアを呼び止める声がしたが、それを気にしていられる余裕はなかった。


(狙うべきは、中心にあるあの赤い核)


 ブラストスライムとの距離が200メートルを切った頃、シアは近くにある木の上に立つと弓を構えた。

 

 ブラストスライムの倒し方は大きく分けて二つ。


 一つは内部に取り込まれた者が直接あの核を破壊すること。

 そうすれば、誰一人として犠牲者を出すことなくブラストスライムは消滅する。

 都合のいいことに、ブラストスライムの中に取り込まれてから敵意を抱いても爆発はしないのだ。

 しかし、敵意を抱く間もなくあの中に取り込まれた者が、そこから現状を正しく把握し行動することは難しい。シアと同様に今も混乱している村人たちの姿が良い証拠だ。この方法はあまり現実的ではない。


 もう一つの方法、それは外部から敵意ある者がブラストスライムに触れること。

 それだけであの魔物は爆発し自滅する。

 ただしその方法では――ブラストスライムに触れた者と、内部に取り込まれた者が全員爆発に巻き込まれてしまう。多くの犠牲者が出てしまう。


 全員を助ける方法は現実的ではなく。

 現実的な方法では多くの犠牲者を出してしまう。

 そんなジレンマの中、“シアだけは三つ目の方法を生み出せる”。


「私の、空間飛射なら……」


 ぎゅっと弓を握りしめ、シアはそう呟いた。

 そう、その力を利用すればブラストスライムの核を直接破壊することができる。

 誰一人犠牲にすることなくあの魔物を助け出せる。


(やっぱり、ずっとこれを使い続けてきてよかった)


 マーレ達はそればかりを使って楽をすることをいけないと言ったけれど、その忠告を無視してシアが空間飛射の修練を続けてきたからこそ、今こうして迷わず準備することができている。

 自分ならできる。そう信じて、シアは“目標のみ”を見る。


「目標、ブラストスライムの核。座標、固定。――空間飛射、発動」


 後は、放つだけ。

 そんな時になって一つの声がした。


「待ってシア! 動いてるわ!」


 それはマーレの声だった。シアを追ってきたのだろう。

 けれども余計な指示だった。ブラストスライムが今も動いていることなど理解している。その上で座標を固定したのだから何も問題は――


「――メルリィが!」

「……え?」


 そして、矢は放たれた。


 その時、ようやくシアはマーレの言葉の意味を理解した。

 目標だけを見て狭まった視野では気付けなかったこと。

 いつの間にかメルリィの体が核のそばにあったのだ。

 ブラストスライムの体は流動体。水中を移動するかのようにそこまで流されたのだろう。

 けれども、もう既に手遅れだった。


 空間を捻じ曲げて出現した矢。その矢尻が核を射抜いた。

 矢尻の先端を核の座標に固定して放ったのだから当然だ。

 しかし逆に言えば、矢尻の部分しかシアは意識していなかったということであり――


「――あっ」

 

 メルリィの額に一筋の傷が生まれる。

 そして、その傷から赤色の血が噴き出した。

 空間飛射で放たれた矢は、元々その場にあった物質を破壊して出現する。

 つまり矢の一部、羽の部分の出現位置がメルリィの額の座標と被ったために、そのような結果になったのだ。


 自分の失敗に気付いたシアは、ブラストスライムが消滅したことによって空中に投げ出されたメルリィ達が、ブラストスライムから逃げ切れた人々の風魔法によって受け止められる様をただ眺めるしかできなかった。

 脳裏に焼き付いた鮮血だけで、シアの思考は埋め尽くされていた。


「……これは」


 隣にいたはずのマーレが何かを呟きその場から消えたことすら、シアは気付くことができなかった。




 シアは国の英雄として扱われるようになった。

 通常ならば多くの犠牲と引き換えに討伐するブラストスライムを、死者を一人も出すことなく倒して見せたのだから当然の結果だ。


 しかし、その代償にメルリィの額には大きな傷が残ることになった。

 命には別状がなかったが、国の優れた使い手が治癒魔法を使用しても完全に治ることはなかった。


「メルリィ……ごめんなさい」

「いいえ、お姉さまのおかげで皆の命が救われたんです。この程度の傷で済んで良かったんです。えへへ」


 笑いながらそう告げるメルリィの頭には包帯が巻かれていた。

 傷はきっと一生残る。その事実がシアを責める。


 もっと落ち着いていれば。

 冷静に状況を把握していれば。

 対処できていれば。

 そうすればメルリィが傷を負うことはなかった。

 誰一人として傷付くことなく救い出すことができた。


 マーレ達の言う通りだったのだ。

 空間飛射というミューテーションスキルを得て、自分なら何でもできると考えていた。過信していた。

 こんなものに頼るから、こんな事態になった。

 全ては自分の責任だ。


 誰もがシアを褒めた。

 死者を出すことなく済んだのは貴女のおかげだと。

 爆発によって町が破壊されることもなく済んだと。

 あの状況で皆を救った貴女は凄いのだと。


 けれど、シアだけはそう考えることができなかった。

 もう二度と同じ間違いを繰り返さないためにはどうすればいいのか、ただそれだけを考えた。


 その思考の末に、結論が出た。

 空間飛射、それを使用するのは止めよう。

 全てのことの始まりは、そんな力に頼った自分の弱さによるものだ。

 根本から断ち切らなければならない。


 次に、世界樹の守り人の役目を本格的に引き受けよう。

 常に世界樹を守るために集中していれば、きっと自分の散漫な注意力もいくらかはマシになるはずだ。

 その末に、どんな時でも正しい選択をすることができるようになるはずだ。

 贖罪の方法が見つかるはずだ。


 そして、その決意の日から。

 ただ努力を重ね続けて、三年の月日が流れていった――

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