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ステータス・オール∞  作者: 八又ナガト
第三章 北大陸編
75/137

75 賭け


 ◇◆◇


「来ちゃったぜ」

「引く」


 翌日、日が半分ほど登った頃。

 トモヤは世界樹にやってくるなり、先に来ていたシアに笑顔でそう告げた。

 が、一蹴された。とても帰りたくなった。


「だが帰りはしないぞ……!」

「何を、言ってるの……?」


 トモヤの迫真の演技に対し、シアは心から理解できないと言った表情でそう零していた。

 気にせず、トモヤは巨大な橋ほどの幅を持つ枝にあぐらを組んで座る。

 4000メートル程の高さだというのに、全く恐れる様子はない。


 そう、今トモヤがいるのは、普段シアが世界樹の守り人としての役目を全うする際に待機している場所――つまりは世界樹の標高4000メートル地点であった。馬鹿げた大きさの枝葉に加え、色彩豊かな果実が備わる。トモヤはシアと同様、風魔法を利用しここまで昇ってきたのである。


「どうして、来たの?」


 シアは、なぜかこんな場所で構えていた巨大な弓を下ろすと、トモヤに向けそう尋ねる。

 それに対し、トモヤは一言。


「暇潰し」

「…………」

「おいこら無言で弓を構えるな。こっち向けるな。俺が悪かったから!」


 必死に謝罪し、シアはようやく弓を下ろす。

 深く安堵した後、トモヤは純粋な疑問を尋ねることにした。


「それで、なんでお前はこんなところで弓なんて構えてたんだ? こっから獲物を狙うわけでもないだろうし」

「……あっち、見れば分かる」

「ん? なんだあれ」


 シアが指差した方に視線を向ける――直線距離にして5000メートルほど向こうには、不思議な光景が広がっていた。

 今トモヤたちがいる世界樹の高さよりも標高の低い山の山頂、そこに拓けた広場だろうか。そこには弓道の的のような円形の物体が所狭しと並べられていた。数は優に百を超えるだろうか。

 そのうちの幾つかの中心には弓が突き刺さっている。


「ここから、あれを狙ってるのか?」

「そう」

「……まじか」


 自分で訊いておきながら、すさまじい驚きだった。

 どのような手段を用いれば、ここからあんな場所に矢を当てることが可能だというのか。常識的に考えて不可能に決まっている。


「ん? なんだこれ」


 ――瞬間、頭の中に弓術Lv∞という文字が浮かび上がってくる。

 このスキルさえ使えば可能だということだろう。トモヤは不可能を可能にすることに成功した。


「――じゃなくて、そんな話をしに来たんじゃない」

「わーい、また当たったー」

「既にシアは俺の方を向いてすらいないし……」


 とはいえ、落ち込んでばかりはいられない。

 気を取り直し、シアの行動を観察する。


 自分の体を優に超える程の巨大な木の弓を左手に持ち、右手で弦を引き矢を構える。

 何千、何万と繰り返してきたのだろう、思わず呼吸も忘れて見惚れるほどの洗練された立ち振る舞い。

 鋭い目線が、遥か先にある獲物を射抜き――


矢射やしゃ


 グンッ、と。

 勢いよく放たれた矢は空を切り裂き、瞬く間に5000メートル先にまで飛んでいき、数多くある中の、一つの的のど真ん中に突き刺さった。


「とんでもない精度だな」


 その一連の流れを自分の目で見たトモヤは、改めて衝撃を受けていた。

 同時に、ある考えが頭の中に浮かび上がる。


「シア、俺からお前に一つ提案がある」

「なに?」

「勝負しよう」

「……?」


 言葉の意味がいまいち分からなかったのか、シアは首を傾げながら体をトモヤに向ける。

 そして、驚いたように目を見開いた。


「そ、れは……」

「ああ、たったいま創造のスキルで創った」


 トモヤの手に握られていたのは、巨大な木の――つまりは、シアが持つそれと同じ弓だった。鑑定のスキルを使用し素材や形質を把握し、再現してみせたのだ。


「何の、つもり?」

「さっきも言っただろう、勝負するんだよ」


 手で枝を力強く押し、勢いよくあぐらの体勢から立ち上がると、トモヤは弓を剣のように軽々と振るい、シアに向ける。

 そして、威風堂々と告げる。


「目標はあそこにある的。俺とお前が交代に矢を放ち、決められた試行回数の中でどちらがより多くの的を射抜くのかを競い合うんだ」

「……それで?」

「勝った方が、負けた方に何でも一つ命令できる――っていうのはどうだ? もちろん、もし俺が勝った時にお前に命令するのは、剣を創ることへの協力だ」

「――――ッ」


 その提案を最後まで聞いたシアの容貌が大きく歪む。

 トモヤには、その表情の中に怒りが含まれているように感じた。

 しかし、だからと言ってこちらも簡単に引くわけにはいかない。つい昨日、正攻法で頼んで断られた今、こういった搦め手を使用するしか、“トモヤのその目的”を達成することはできない。


 静かに、シアの答えを待つ。

 彼女は目を瞑りしばらく何かを考えるような素振りを見せた後、力強い意志の籠った視線をトモヤに向け言った。


「生意気。弓を持つ姿を見るだけで、分かる。あなたは素人。そんな人に、私は負けない――あなたが負けた時の言い訳も、聞かない」

「……それは了承の意、ってことでいいな」

「うん。あなたが泣いて許しを請うような命令をしてみせる」

「上等だ」


 二人の視線がぶつかり、火花が散る。

 共に、勝負に対する意欲は十分だった。


「そうだな、試行回数だけど、まずは10回でどうだ」

「構わない。私が先に放つ」

「どうぞ」


 順番がどちらであれ問題はないので、素直にトモヤはシアに先行を譲る。

 少しの話し合いの末、矢を放つより前に100以上ある中のどの的を狙うかを宣言し、それを射抜いていく形式となった。トモヤもシアも千里眼のスキルを持っているため、ここからでもしっかりと見ることができる。

 そしてとうとう、その勝負は開始した。


 放つ、放つ、放つ。

 シアの放った矢は、その全てが見事に宣言した通りの的のど真ん中を射抜く。

 寸分の狂いもなく、九本連続成功。

 最後の十本目を構えた瞬間、どこからともなく強風が吹いた。


 それでも、シアは構えをとかない。

 視線は前方に釘付けのままだった。


「おい、いったんやり直してもいいぞ」

「ううん。このまま、いく」


 その言葉通り、シアは強風が吹いているのもお構いなしにと矢を放った。

 風にあおられ、わずかに軌道が逸れる。

 とはいえ、目標地点が5キロ先なのだ。わずかなズレが、失敗に繋がる。

 そう、トモヤは考えていたのだが。


「……すごいな、全射命中か」


 その風によるズレすら、シアは把握していたのだろう。

 結果として、やはり的のど真ん中に突き刺さっていた。


「これでもう、私の負けはない……え?」


 シアは自信に満ちた声と共に振り返り――そして、トモヤの顔を見て不思議なものを見たかのような表情を浮かべた。


「私の勝ちはもうほとんど決まった……なのに、どうして笑ってるの?」

「さあ、どうしてだろうな」


 そう、シアが10回全てを成功させている後ろで、トモヤはショックを受けるでも恐れを抱くでもなく、にっと不遜に笑っていた。

 シアと入れ替わるように前に出て、弓を構える。


(――ステータス・変動)


 そしてシアに背中を向けたまま、


「見ていろ、シア」

「――ッ」


 悠然と言った。



「これが、“俺”の本気だ」



 ◇◆◇



「一本も当たらなかった」


 正座をしたまま、トモヤは真顔でそう告げた。

 エトランジュ家の客間が静寂に支配される。

 そんな中、場の空気を変えるべく口を開いたのはリーネだった。


「トモヤ、君が朝でかける前に言ったセリフを覚えているか?」

「はい」

「言ってみろ」

「“よし、シアを説得する方法を思いついたから実行してくる。まったく、こんな画期的な方法を思いつく自分の才能が怖い。もし知力ステータスがあったらそれも∞に決まってるな!”……です」

「そして結果は?」

「それが一本も当たらなかったんだよ、弓ってむずいな、びっくりだ」

「よし、教えておいてやる、君の知力ステータスは3くらいだ」

「そんなバカな……!」


 信じがたい指摘に、トモヤは衝撃のあまり両手を床につけた。

 たしかに、自信満々にトモヤから仕掛けた勝負で負けたのは事実だ。

 的に一本も当てれなかったどころか、訳の分からないことに、なぜか前後左右に矢が飛んでいったことも事実だ。

 そうして完全敗北を喫し、エトランジュ家に戻ってきた末にリーネたちに弁解しているのも事実だ。


 だからといって知力ステータス3はないだろう。

 せめて5くらいは欲しいところだ。


「それでだ、トモヤ。その勝負の賭けで命令されたというのが」

「ああ、あそこに広がる光景がその内容だ」


 トモヤが指を向けた先には二人の少女がいた。

 シアとルナリアだ。

 シアのあぐらの上に、嬉しそうにルナリアが乗っている。


「えっとね、今日はわたしがシアと一緒にねるってことかなっ?」

「そう。それが、私が下した命令」

「そっかっ! シアとおとまりっ、うれしいな!」


 満面の笑みを浮かべながら、ルナリアは背中をシアの胸に預ける。

 シアは普段の落ち着きのある顔を少しだけ綻ばせ、嬉しそうにルナリアの頭を撫でていた。

 青と白銀の見事なコントラストだ。


 そう、シアがトモヤに下した命令――それは、ルナリアとの添い寝権の譲渡であった。まさしく、トモヤが泣いて許しを請うような命令だ。

 シアは昨日ルナリアを一目見た瞬間から、その天使力にやられてしまっていたらしい。なぜそのような命令を下すのかとトモヤが涙目で尋ねると、彼女は胸を張って“メルリィと同等の可愛さを持つ存在を見るのは初めてだったから、つい”と言っていた。

 今日の夜は、シアがルナリアを独り占めしてしまうのだ。ルナリア自身もシアのことは気に入っているらしく嬉しそうにやったーと言っていた。


 しかしながら、後になって冷静に考え直してみると、実はこの命令でトモヤが損することは何一つとしてなかった。なぜかというと、トモヤはエトランジュ家で泊まる際にはオーラルたちの思惑によってシアの部屋で寝ることを強いられていた。

 つまり、初めからトモヤはルナリアと寝てはいなかったのだ。結論として、ルナリアとの添い寝権を奪われた存在は別にいた。


「……せっかく、ここにいる間が私がルナと二人っきりで眠れると思っていたのに。トモヤのばか」


 リーネは心からショックを受けているようだった。

 それほどまでにルナリアとの添い寝は価値ある概念なのだ。

 こうなってしまうのも仕方のないことだった。

 ……ふと、トモヤはリーネに言っておかなければならないことを思い出した。


「そうだった、リーネ。ルナがシアと一緒に寝ることになったら部屋の大きさ的に俺は追い出されるから、リーネと同じ部屋で寝ることになるぞ」

「……なっ!」


 瞬間、リーネは顔を真っ赤にして叫び声をあげた。


「つつつ、つまり、私とトモヤが二人きりで同じ部屋に泊まるということか!?」

「まあ、そうなるかな」

「な、なな、な……何を考えているんだ! ルナが別の部屋で泊まって、私たちだけが二人きりだなんて……そんな、そんな、ううぅ~」

「ちょっと、リーネさん?」

「と、とにかく嫌だ! 私はトモヤと一緒の部屋で寝るだなんて、絶対に嫌だ!」

「ぐはぁっ」


 まさかの盛大な拒絶に、トモヤは血を吐いて後ろに吹き飛んだ。

 先ほどと同じように両手を床につけ絶望をあらわにする。


「ど、どうしたの、トモヤ?」


 そんなトモヤの様子に疑問を抱いてか、ルナリアがすぐそばにまで来てくれる。

 彼女は低くかがむと、純粋さに満ちた大きな瞳でトモヤを見上げてくれる。

 そして、小さく柔らかな手でトモヤの頭を優しく撫でる。


「どうしてトモヤがこんなふうになってるか分かんないけど、トモヤには元気になってほしいなっ。よしよし、だよっ、トモヤ!」

「……天使だ」

「? まぞくだよ?」

「なら大天使だ」

「ならだいまぞくだよっ」

「進化しただと!?」


 リーネのよく分からないツッコミも入り、わいわいと騒いでいると、がらがらと扉の開く音が客間に飛び込んでくる。すると、メルリィがそこから姿を現す。


「皆さん、今日の夕食が出来ましたよ。すぐ来てくださいね」

「「「「はーい」」」」


 団らんの時間を終え、トモヤたちは移動を開始した。

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