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ステータス・オール∞  作者: 八又ナガト
第三章 北大陸編
73/137

73 親公認

 出会ってからまだ十分足らずにもかかわらず、お互いの性格が分かる程の濃密な時間を過ごしたトモヤ達の話し合いは、次の場面に移行しようとしていた。


「いきなり攻撃してきたことについてはもういい。そろそろ本題に入るぞ」

「本題……?」

「ああ」


 トモヤの言葉が何を指し示しているのか分からなかったのか、シアは疑問を示すようにきょとんと首を傾げ、その拍子に長い耳が小さく震える。

 そんな彼女に説明するべく、トモヤは異空庫から例の物を取り出した。

 歪な形の漆黒の剣に姿を変えた、終焉樹の核。

 それを初めて見たシアとメルリィの両者は、目を丸くして見とれていた。


「これは……」

「なんでしょうか。少し、いえかなり禍々しい魔力を感じます」

「それは終焉樹の核だ。形は少し変わってるけどな」

「……む」

「なっ……終焉樹、ですか!?」


 訝しげに口を結ぶシアに、見事に驚いた反応を見せるメルリィ。

 フラーゼに見せた時もこんな反応だったなと思いつつ、トモヤは今日に至るまでの経緯を説明する。

 東大陸にて終焉樹を攻略しこの核を手に入れ、フラーゼのもとで剣に創り変えようとしたが、内部に生じた魔力の結晶体によってそれは叶わない。そこで、その結晶体をどうにかできるらしいシアの存在をフラーゼに紹介されたという流れを。


「そう。フラーゼが、そんなことを……」


 当然、シアはフラーゼと知り合いのようで、彼女を思い出すようにそう呟く。


「ああ、そうだ。そこで」


 そんな彼女に向け、トモヤは今度こそ、ここに来た一番の目的を告げる。


「お前の持つミューテーションスキル――空間飛射くうかんひしゃの力を借りたい」


 トモヤたちは既にフラーゼから聞いていた。

 シアが空間飛射というミューテーションスキルを保有していることを。

 もちろん、その能力も含めて。


 そのスキルさえあれば、トモヤの目的を達成することは可能だ。

 それ故に、小さくない期待を抱きながら、シアに向けて言ったのだが――


「――――それは、絶対に、無理」


 ――わずかに眉をひそめ、重々しい声でシアはそう答えた。

 先ほどまでとは違い、言葉には強い意志が込められている。

 様子の変貌ぶりに、思わずトモヤが戸惑ってしまうほどだった。


「……どうしてだ? 理由を聞いてもいいか?」

「理由も何も、ない。私はそんなものを使わない……使えない。だから、その頼みに応えることはできない。ただそれだけ」

「使えない?」


 トモヤは思わず首を傾げた。

 そうなると、フラーゼから聞いていた話とは事情がずいぶんと異なってくる。

 使えないということは、シアは今、そのミューテーションスキルを保有していないということだろうか?

 反応から察するに、空間飛射という単語に聞き覚えがないわけではなさそうだ。

 シアのステータスを見ることができれば、この辺りの疑問が解消できそうだが。


(――――っ、しまった)


 つい、彼女のステータスを見たいと思ってしまったからだろう。

 鑑定が自動発動する。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 シア・エトランジュ 16歳 女 レベル:42

 職業:蒼射手

 攻撃:32600

 防御:27800

 敏捷:36820

 魔力:35600

 魔攻:34500

 魔防:28900

 スキル:弓術Lv5・水魔法Lv5・風魔法Lv4・千里眼Lv4・隠蔽Lv4・空間飛射くうかんひしゃ


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 空間飛射――ミューテーションスキル。特定の物質を転移させ、指定した座標を直接射抜く。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 そこにはやはり、空間飛射というスキルが書かれてあった。

 自動発動だったとはいえ、シアのステータスを見たいというトモヤの意思に反応して、鑑定が発動したのは事実だ。


「……特定の物質を転移させ、指定した座標を直接射抜く」

「――ッ、それは……」

「悪い、鑑定のスキルでお前のステータスを見た」


 彼女のステータスを見た証拠を呟くとともに、頭を下げて謝る。

 この世界において、ステータスに書かれている情報は非常に貴重だ。許可をもらわずに見ていいものではないことはトモヤも理解していた。

 その体勢のまま、シアの言葉を待つ。


「……べつに、それは構わない」

「……そうか」


 しかし、シアはステータスを見られたこと自体は気にしていないらしい。

 すぐに許しを受け、トモヤは頭を上げる。

 シアは続けて言う。


「ただ、あなたに協力できないのは事実。私は、もう二度と、そのスキルを使用しないから」

「……分かった。悪かったな、無理言って」

「……うん。分かってくれれば、いい。用が済んだのなら、私は元の場所に戻る」

「元の場所って……うおっ」


 返答も程々に、突如としてシアを中心に風が吹いたかと思えば(おそらくは風魔法だ)、彼女の体は遥か上空まで飛んでいく。

 見る見るうちに、その姿は小さな点に変わっていった。


「……さて、と。断られたな」


 シアの姿が消えるのを見届けてから、トモヤは小さくそう零した。

 当てがなくなってしまった今、どうすればよいのか分からなかった。

 それほどまでに、彼女のミューテーションスキルには期待していた。


 ――空間飛射くうかんひしゃ。特定の物質を転移させ、指定した座標を直接射抜く。

 戦闘に関連付けて具体例を挙げるなら、自分と相手の間にどのような壁が立ちはだかろうと関係なく、自分の弓や魔法による攻撃を相手に届かせるような――そんなとんでもない能力らしい。

 フラーゼ曰く、シアがそのスキルを使用するところを実際に見たのはまだ両者共に幼い頃だったらしいが(そもそも、数年前からお互いに自分の国を出ていないため、しばらく会ってすらいないらしい)、当時から既に、圧倒的な異才を放っていたと言っていた。


 そのスキルを有効活用すれば、終焉樹の核の外層に傷を付けることなく、つまりは内部の魔力を外に漏らすことなく、魔力の結晶体を破壊できるのではないかとトモヤ達は考えていたのだ。それこそが、フラーゼがトモヤに告げた方法でもある。

 しかしどうやら、その方法を実際に試すことは難しいらしい。


「……っと」


 ふと、トモヤの肩に誰かの手が置かれる。

 振り向くと、そこには優しく微笑むリーネがいた。


「お疲れ様、トモヤ。ひとまず今日は戻ろう」

「リーネ……ああ、そうだな」


 リーネの言う通りだ。

 シアに断られた今、無理にここに留まる理由はない。

 ……世界樹ユグドラシルをもっとじっくり眺めたい、くらいの気持ちはあるが。


「そういや、まだ宿もとってないしな、観光だってまだだし……よし、とりあえず遊ぶか!」


 目算が外れたのは残念だったが、なんとびっくりすることに、冷静になって考えてみれば剣が創れなくても特に困ることはなかった。

 気を取り直し、意識を遊ぶ方向に切り替える。


「ルナ、どこか行きたい所はあるか?」

「うーんとね、トモヤたちと一緒だったら、どこでもいいよ!」

「ルナ……!」


 感動の抱擁をしていると、ふとメルリィの呆れたような声で言う。


「その……お姉さまの説得には協力できませんが、このセルバヒューレの観光名所でしたら、私が案内できますよ。たくさんのお花などが咲く、景色が美しい場所はいかがでしょう? ……その、トモヤ様? ルナリア様? 反応……」

「ああ、ありがとうメルリィ。あの二人は基本的にあんな感じだから特に気にしなくていい。それより、私は君がいった景色が気になる。よかったらこの後、私たちを連れて行ってくれないか?」

「リーネ様……はい、分かりました。お任せくださいね!」


 そんな会話の後、トモヤ達は町に戻ることになった。

 途中、立ち寄った色とりどりの花が咲く花畑では、皆が童心に戻り楽しむことができた。

 そして夜。本来ならば、トモヤ達は町の宿に泊まる予定だったのだが――




「――どうして、いる?」


 エトランジュ家に帰ってきたシアは、まず初めにそんな文句を口にした。

 これは注意しなければとトモヤは思った。


「こら、帰ってきたらまずはただいまだろう。そして俺は言う、おかえりと」

「何を言ってるのか、分からない」

「大丈夫、俺もだ」

「なら、いっか」


 そしてシアは大きな弓を定位置に立てかけたあと、その場に座った。


「なんだこの二人……」

「なかよしだねっ!」


 リーネとルナリアの言葉を、トモヤはとりあえず聞こえないふりをした。

 すると、続けて別の声が聞こえてくる。


「はっはっは、これは素晴らしい! 我が娘が男を連れて帰ってくるとは。これはこれは、孫を拝める日ももうすぐかもな!」

「これこれお父さん、少し酔っぱらってますよ。孫の顔が早く見たいのは私も一緒ですけどね」


 金髪の男性と、青髪の女性が楽しそうにそう零す。

 その様子を見て、シアは少しだけ混乱したように言った。


「……この二人、だれ?」

「お前の両親」


 そう、そこにいるのはシアとメルリィの父オーラルと、母メーアだった。

 子供を持つ年齢とは思えないほど若々しい。

 というのもエルフ族は、魔族ほどではないにしろ長寿であり、その分長く若々しい容姿を保てるらしい。


「そう。訳の分からないことを言っているから、知らない人かと思った」

「お前の判断基準すごいな」

「照れる」

「褒めてないんだけど……」


 トモヤは考えるのを止めた。

 しかしシアの疑問はまだなくなっていなかったらしく、続けて口を開く。


「それで、どうして貴方たちがここにいる?」

「ああ、それについてか。話すと長くとなるが……いいか?」

「よくない」


 会話、終了。


 と、いうわけにもいかない。


「じゃあ短めならいいか?」

「いい」

「了解。それじゃ始めるぞ。それは、遡ること一時間ほど前のことだった――」

「なんだその導入」

「わくわくっ」

「あはは……なんでしょうかこの光景」


 そういうわけで、トモヤは説明を始めた。



 ◇◆◇



『トモヤ様、リーネ様、ルナリア様、家まで付き添っていただいてありがとうございます』


 観光した後、トモヤ達は念のためメルリィを家まで送り届けていた。

 メルリィは腰を折り曲げ、丁寧に感謝を告げる。


『ここに来る途中に紹介した宿屋でしたら、値段的にもサービス的にも問題ないかと思います。この町に暫く滞在するのでしたら、よろしければまたお会いいたしましょう』

『ああ。今日はありがとうな』

『またいずれ』

『じゃあねっ、メルリィ!』


 最後に挨拶を交わし、それで別れる。

 ――本来なら、そのはずだった。


『きゃっ! メルリィが男の子を連れてきたわよぉ!』


 その時、家の中からそんな声が聞こえてきた。


『本当か!? どんな男か確かめてやる!』


 続けて、そんな叫び声と共に金髪の男性――オーラルが飛び出してくる。

 トモヤと顔を合わせるなり、彼は言った。


『お前がメルリィの連れてきた男か! ふむふむ、普段は見ない顔をしているな。それも人族か……となると、わざわざ東大陸からメルリィに会いに来たということか?』

『? いや、どちらかと言うとシアの方に……』

『――! そうか、シアか! それはいい! アイツはいま世界樹の守り人として出かけていてな、すぐに帰ってくる! ぜひ中で待っているといい! はっはっは! これで我が家も安泰というものだ!』

『えっ、あ、ちょっ……』

『ああ、またお父様たちの悪いくせが……リーネ様とルナリア様も、ひとまず中にどうぞ』

『そ、それでは失礼して』

『おじゃましますっ!』

『さあさあ、今夜は御馳走を用意しますよ!』



 ◇◆◇



「と、言うことだ」

「長い、一行」

「だいたいお前の両親のせい」

「分かった」


 圧倒的な理解力だった。


「けれど、事情が分かるのと、許すのはまた別の話。私は、貴方たちがここにいていいだなんて許したつもりはない。そもそも、まるで貴方が私とそういう仲みたいに扱われること自体、屈辱――」

「あっ、そういやロックドラゴンの肉が売れなくて余ってるんで、よかったら料理に使ってください。絶品らしいですよ」

「――! 一生、いて」


 途端、トモヤの両手がシアに力強く握られた。

 間違いなく資産(肉)目当てだった。

 そうして、宴は進んでいった。

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