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ステータス・オール∞  作者: 八又ナガト
第三章 北大陸編
67/137

67 付与

 その後、簡単に自己紹介を終えたあと。

 フラーゼは一旦作業を止め、どこかからテーブルを持ってきた。

 続けて、ちゃぽんと、茶の入った人数分のカップが置かれる。


「どうぞ、まあとりあえずゆっくりしましょう」

「ああ、ありがとうフラーゼ」


 カップを掴みあげながら、トモヤはフラーゼの希望通りのため口で、感謝と彼女の名を告げる。

 フラーゼはあまり堅苦しい雰囲気が得意ではないらしい。その割には自分は不思議な丁寧口調で話すが、それはもうただの癖なのだとか。


「よいしょっと。それで、リーネさんやトモヤさん達はどんな経緯で出会ったんですか? いや、出会ったというよりは仲良くなったのか、っすかね。あたしの記憶上、リーネさんが他人を気にいるなんて稀っすからね! 激レアっすよ!」

「フラーゼ……君はいったい、私を何だと思っているんだ。いやまあ、あながち間違ってはいないが」

「間違ってないんだ……」

「……?」


 久方ぶりの旧友との再会に、楽しそうに会話するリーネとフラーゼ。

 トモヤとルナリアはその光景を静かに眺める。

 話題はフラーゼの質問通り、トモヤ達が出会った経緯だ。

 二人が話す中、時折挟まれる問いにトモヤが答えていく。


「み、水浴びを覗かれちゃったんですか!? ぷは!」


 そんな時間が過ぎるなか、その事件についての話をリーネがうっかりと話してしまい、それを聞いたフラーゼが腹を抱えて転げだした。


「くくっ、なんすかそれ、ちょうウケるっすね! けどどうせあれっすよね? リーネさんのことだから何もなかったかのような反応をして……あれ? リーネさん、ちょっと顔赤くないっすか?」

「……フラーゼ、少しこちらに来い」

「え? なんすか? リーネさん? なんか顔が怖いっすよ……って、引きずらないでくださ力つよっ!? ちょっ、トモヤさん、助けてください!」

「どうか、お元気で」

「見捨てられた!?」


 リーネに首元の襟を掴まれて部屋の外にまで引っ張られていくフラーゼ。

 その光景をトモヤは合掌しながら見送る。


「ん? リーネとフラーゼ、どうかしたの?」

「いや、ルナは何も知らなくていい」

「むぅ、仲間はずれ……」


 ルナリアには聞かせたくなかった話なのでそう誤魔化すと、彼女は不満げにぷくぅと頬を膨らませる。

 ああ、それはなんともつまみやすそうな膨らみか――


「……? トモヤ、どうしたの?」

「はっ!? ごめんルナ、つい……」


 ルナリアに指摘されて初めて、トモヤは自分が彼女の頬を両手でつまんでいるという事実に気付いた。

 頬を膨らませたルナリアが可愛すぎるのが悪いと、トモヤは心の中で存在しない誰かに言い訳する。


「んん、別にいやじゃなかったよ? トモヤが喜んでくれるなら、むしろ嬉しいな。はい、どうぞー」


 謝罪するトモヤに対して、今度は逆に機嫌よくルナリアは顔を前に差し出す。

 誘われるがまま、トモヤは再び両手で頬をつまむ。

 ぷにっと柔らかく、さらにはすべすべとした肌。

 むにむにと引っ張ったりすると、その気持ちよさは異常だった。

 ルナリアは少しだけくすぐったそうに「んぅー」と身をよじる。

 けれど、それと同時に嬉しそうな笑みも浮かべている。


「じゃあ、次は私もトモヤをぷにぷにするね!」

「えっ? ……ああ」


 すると、ルナリアの小さな両手が伸びてきて、トモヤの両頬をつまむ。

 ぐにぐにと乱暴に手を動かすが、痛みなどは全くなく、むしろ心地よかった。

 そこには確かに、幸福感だけがあった。


 むにむに。

 ぷにぷに

 ぐにぐに。

 むにゅー。


「……またイチャついてる」

「リーネさん、なんなんすかあの二人」

「トモヤとルナはずっとあんな感じだ、気にしたら負けだ」

「……そうっすか。で、リーネさんはイチャついたりしないんですか?」

「…………し、しない」

「沈黙ながくないっすか?」


 そんなこんなで。

 リーネとフラーゼが戻ってくるまで、トモヤとルナリアの頬の引っ張り合いは続いたのだった。




「それじゃ、さっそく始めましょうか。リーネさんが以前言っていた剣を創るってことでいいんすよね?」

「ああ、それで頼みたい」

「んじゃ、まずは素材っすね。魔力吸収に秀でたものが必要なんですけど、ちゃんと持ってきてくれましたか?」

「もちろんだ……トモヤ、例の牙を出してくれ」

「ああ」


 リーネに言われるがまま、トモヤは異空庫からレッドドラゴンの牙を取り出す。

 子供の体と同じくらいのサイズを誇るその牙は、さすがに凄まじい威圧感を放っていた。


 それを見て、フラーゼがだらしなく口を開ける。


「うはー、レッドドラゴンを倒したってほんとだったんすね。竜種ってことは、最低でもBランク上位はあるっすよね……それに異空庫のスキルまで使えるだなんて。いやー、ほんとに驚きっす!」

「……そうだったな。普通、Bランク上位はかなりの強敵なんだったな」

「何言ってるんすかリーネさん、そんなの当たり前じゃないっすかもう!」


 フラーゼに横腹を肘でつつかれながら、リーネがなんだか諦めたような目をトモヤに向ける。

 トモヤと旅をするようになってから、BランクやAランクなどが最も弱い敵であるかのように討伐していることに、いまさらながら思うところがあったのだろう。


 逃げるように、トモヤは視線を逸らしてルナリアを見た。

 ルナリアはきょとんと首を傾げていた。

 癒される。


「まあ、レッドドラゴンの牙があるなら一つ目の素材はクリアです。二つ目の素材は、そこのグエルド鉱山でとれるマタシウト鉱石なんですけど――」

「――――」


 フラーゼの言葉を聞き、トモヤは思った。

 きっとこの流れからして、これからマタシウト鉱石を取りにいくクエストが始まるのだろう。一歩外に出ればクラーケンスライムやリヴァイアサンと戦闘することになるトモヤ達にとって、久しぶりの通常依頼といってもいい。

 これでいくらか、リーネの機嫌もよくなるはず――


「――普段から山ほど使うので、当然倉庫にあります。これで二つ目の素材の件もクリアっすね」

「……だよな」


 食料などならともかく、鉱石などの類を、必要になったときだけ鉱山にまで取りに行くなど非効率なことをしているわけがなかった。

 こうしてトモヤ達はまた、通常の依頼から遠ざかるのだった。


「それで、最後に三つ目なんすけど……基となる剣が必要っすね。今回はどちらかというと、剣を打つというよりは性質の付与が主っすから。基となる剣に、レッドドラゴンの牙とマタシウト鉱石を融合させるって感じになるっす」

「……ふむ」


 フラーゼの説明を聞き理解できない部分があったトモヤは、少しだけ考えたのち口を開く。


「なあフラーゼ、その性質を付与するっていうのはどういうことなんだ?」

「えっと……そのままの意味っすけど。魔力を込めると切れ味を増大させる術式を埋め込んだり、重さを軽減する素材を融合させたりなど色々っす」

「なるほど」


 トモヤのつたないながらも持っている鍛冶知識とは根本から異なる説明。

 やはり魔法のある異世界ともなると、その辺りから色々と違ってくるのだろう。

 ひとまずその説明に納得し、トモヤは頷く。

 ……いや、もう一つ訊きたいことがあった。


「それで、今回はどんな性質を付与するんだ?」

「ああ、それなら簡単っす。もともとレッドドラゴンの牙は突き刺した獲物から魔力を吸収する能力があるんです。それを応用し、剣で切り裂いた魔物や、大気中の魔力を吸収する性質を付与します」

「……ほう」

「んでもって、次にマタシウト鉱石の、溜め込んだ魔力を何倍にも増幅して放つ性質を付与します。こうすることによって、通常の何倍もの効率で魔力を吸収し放つ剣が出来上がるっす。魔法剣士の方々なんかに重宝されるタイプですね」

「なるほど、そういうことか」

 

 思い返せば、リーネも確かにそういったタイプだ。

 空斬といい、空間斬火といい、剣技と魔法を併用する傾向がある。

 その威力を高めることが出来るのだろう。

 これで、リーネが新たな剣を欲する意図を理解することができた。


「説明ありがとう」

「いえいえ、どうもっす~」


 感謝を告げるトモヤに、フラーゼは笑いながら答える。

 そのやり取りを見届けたあと、すっとリーネが前に出てくる。


「性質を付与する剣の話に戻すが、それにはこの剣を使ってくれ」


 言って、リーネは自分の腰にある剣を抜き出した。

 血に濡れたような赤い刀身。彼女と旅をする中で、トモヤも何度も見てきた。

 だからこそ疑問も生じる。


「いいのか?」


 トモヤの問いかけに、リーネはこくりと頷く。


「もちろんだ。それに元はといえば、この剣もフラーゼに創ってもらったものなんだ。こちらの方がフラーゼにとっても色々と都合が良いだろう」

「たしかにそうっすね。じゃあ、お借りします」


 剣を受け取ったフラーゼが、ゆっくりとそれを見渡す。

 そして、うん、と。満足気に頷いた。


「はい、これならすぐにでも作業に入れそうっす。とは言っても、実際に作業に入るのはいま打っている剣の後になるっすけど。含めて、完成まで10日くらいかかると思います」

「構わない。それで頼む」

「了解っす~、じゃあ、その間は臨時的に何か武器をお貸ししましょうか? 手ぶらというのも何かと困るでしょうし」

「ふむ、そうだな……」


 フラーゼの提案を受け、リーネは壁にかけられた武器を見渡す。

 その光景を眺めているうちに、ふとトモヤの中に一つの考えが浮かび上がる。


(これなら、もしかして――)


 迷うことなく、トモヤはその考えを発言するべく口を開く。

 そう、この時のトモヤには想像することも出来なかった。

 その選択が、ある一つの悲劇を生み出すことを。

ネタバレすると、フラーゼさんのプライドが砕け散――あっ。

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