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ステータス・オール∞  作者: 八又ナガト
第三章 北大陸編
63/137

63 添い寝

今回のあらすじ:トモヤさん、ついに壊れる

 リーネとルナリアによる膝枕と頭なでなでは、それからもしばらくの間続いた。

 最初はぎこちなかったリーネも、途中からは慣れたように(感覚がマヒしている可能性もある)トモヤの頭を太ももで受け止め、しっかりと撫でてくれた。


 そんなこんなで、数十分おきに膝枕を交代するリーネとルナリアの優しさを受けるうち、気が付いた時にはトモヤは深い眠りに落ちているのだった。

 他の乗客たちのほとんどが船の中で休んでいるため、奇異な視線が飛んでこなかったことだけが唯一の救いだった。



 ◇◆◇



「……どうやら、眠ってしまったようだな」


 自分の太ももを枕にして静かに眠る黒髪の青年を見下ろしながら、リーネはそう呟いた。

 彼の頭を撫でていた手を止める代わりに、そっと前髪を上にあげる。そこには普段の精悍な顔立ちとは違い、トモヤの子供みたいな寝顔が広がっていた。

 それを見ると、リーネの中に不思議な感覚が湧き上がってくる。


「トモヤ、ねちゃった?」

「ああ、そうみたいだ」


 その感覚が何か分かるよりも早く、トモヤの身体を挟んで奥にいて、リーネとは違い今も彼の頭を撫でるルナリアの問いに頷く。

 するとルナリアはトモヤの寝顔を覗くと、顔を綻ばせて言った。


「トモヤの寝顔、かわいいね!」

「……そうだな」


 その言葉に頷くには、少しだけ時間を要した。

 別にルナリアの言葉に否定的な気持ちを抱いたわけではない。むしろそれこそが、たった今リーネが抱いていた感情だった。

 つまりリーネは単純に、自分がトモヤの寝顔を見て可愛いと感じたことが信じられなかっただけだ。


 だって、そうだ。

 リーネ達はフィーネス国以来、宿で泊まるときは一室のみを借りて全員が同室で眠っている。

 トレーニングの関係上トモヤより早く目覚めるリーネは、その度にトモヤの寝顔を見ている。

 その時にこのような感情を抱いたことはない――


「――待て。そういえば私達はなぜ、異性同士なのにこれまで同じ部屋で泊まっていたのだろう」


 ――リーネは根本的な問題に気が付いた。


「? アンリのところでは、一部屋しかあいてなかったよ?」

「う、うむ、それは確かにそうなんだが……ノースポートでは別にそういうわけでもなかっただろう」


 ノースポートでは多くの宿が満室だったため、リーネ達は仕方なく高級宿に一室借りて泊まった。

 しかし思い返してみれば、その宿では普通に空室が他にも何室もあった。なのにリーネ達は自然な流れで一室のみを借りたのだ。

 冷静になって考えてみると、色々とおかしい。


 ――その実、ファーネス国で部屋を借りた時点では、リーネはトモヤのことを多少なりとも意識はしているものの、同室で休むことに対して恥ずかしさや、それに付随する感情を抱くほどではなかった。

 しかし、それから様々な出来事が過ぎ去る中で、徐々にリーネからトモヤへの好意が膨らんでいった。

 にも関わらず同室に泊まることのみが慣習として残り続けていることによって、少しずつその差異による違和感が顕在化していき、今日のこのタイミングでようやくリーネはその行為のおかしさに気付いたのだ。


 ……などなどの事情があるのだが、自分がトモヤに抱く感情をまだ完全には理解していないリーネには、当然その疑問の答えに辿り着くことはできなかった。

 そんなリーネに向けて、ルナリアが言った。


「う~ん、理由はね、よくわかんないけど。わたしはみんな一緒でうれしいなっ」

「……ふむ、なら、いいか」


 ルナリアの純粋な笑顔を見て、リーネは考えるのを止めた。

 というか多分、リーネの疑問の答えはルナリアだ。

 というのも、二部屋借りることになったら、間違いなくトモヤとリーネのどちらがルナリアと一緒の部屋に泊まるかで喧嘩になる。

 それはもはや戦争だ。辺り一面が火の海だ。


「うん、そうだ。そういうことにしておこう」

「……? へんなリーネ」


 一人で納得した様にうんうんと頷くリーネ。

 そんな彼女を見て、ルナリアが不思議なものを見る目を浮かべるのだった。




「ふあぁ。なんだか、ねむくなってきちゃった……」


 それから少しの時間が過ぎたころ、おもむろにルナリアが小さな口を大きく開けて可愛らしくあくびをする。ぽかぽかとする陽気などにやられてしまったらしい。思えば、リーネ自身も少し眠気を感じていた。耐えられない程ではないが。


「ルナも眠るといい。まだ旅は長いんだ、疲れは溜めない方が良いだろう」

「うん、わかった!」


 元気に返事をした後、ルナリアはその場で横になりトモヤの腕を抱きしめる。普段通りの定位置だ。なのだが、どことなくルナリアが寝にくそうにしている。

 その様子を見てリーネは気付いた。


「そうか。膝枕をした状態だと添い寝がしづらいのだな」

「ううん、へいきだよ?」

「いや、やはりそのままではよくない……ふむ」


 考えた末、リーネはゆっくりと上着を脱ぐ。薄着一枚にはなるが、周りの目は今のところほとんどなく、気温的にはむしろ暑いくらいなため問題はない。

 脱いだ服を丸めて、リーネはそっとトモヤの下に敷く。

 これで枕がわりになるだろう。


 頭の位置が低くなり寝返りをうちやすくなったためか、トモヤはん~と唸りながら体を横に向ける。

 その胸に飛び込むように、ルナリアは改めて体を縮めてから言った。


「ありがと、リーネ!」

「ああ」


 嬉しそうな感謝の言葉に、リーネは一つ頷く。

 ルナリアが喜んでくれるのなら、上着の一枚や二枚どうなろうと構わない。

 微笑みながら、リーネは二人を見下ろしていた。


(……ふむ)


 トモヤの腕と胸の中にルナリアがすっぽりと納まるように眠る。そんな光景を見ながら、リーネはちょっとした疑問を抱いていた。

 トモヤの腕の中で眠るルナリアはどういった気持ちなのだろうか――と。


 ルナリアの小さな体を抱きしめながら眠ること。

 その素晴らしさはリーネにも理解できる。実のところ、数日に一度はルナリアとリーネは同じベッドで眠っているのだ。

 彼女の小さくて柔らかな体がぎゅーっと自分にしがみついてくる事象には、言葉では形容しがたいほどの幸福が含まれている。


 しかし当然ながら、これまでリーネがトモヤと同じベッドで横になることも、彼の腕の中で眠ることもなかった。

 だからこそつい、このタイミングでそんな疑問を抱いてしまった。

 そんなことが現実には起こりえないことを理解しながら――


「……リーネも、トモヤとそいねしたいの?」

「うなっ!?」


 ――瞬間、目を閉じ眠っていたはずのルナリアから、まるでリーネの思考を読み取ったかのような発言が聞こえてきた。

 突然のことに、リーネは思わず目を見開き驚きを露わにしてしまう。


「るるる、ルナ!? なな、なんでそれが分かったんだ!?」

「? だって今のリーネ、そんな顔してたから! たしかトモヤが言ってた……おとめの顔? だっけ?」

「ちょっと待て。君は普段トモヤからどんなことを聞かされているんだ」


 それだけは、動揺状態の今でもきちんと訊いておかなければならないことだと思った。しかし、目の前にいる少女はそんなことを気にする様子はなく――


「はい、どうぞ、リーネ!」

「……ルナぁ」


 トモヤの腕の中からごろごろと転がって(可愛い)離れたルナリアは、何の含みもない満面の笑みでリーネに向けてそう告げた。

 空いたスペースをリーネに譲ってくれたのだろう。


(わ、私はどうするべきなんだ!?)


 トモヤの腕の中で眠ること。それに興味がないと言えば嘘になる。

 しかしだからと言ってこの状態……トモヤが寝ている間に、勝手に彼を利用するようなことをしてしまっていいとは思えない。


「……どうしたの、リーネ?」

「ああっ、そんな無垢な目で見ないでくれぇ!」


 葛藤するリーネを不思議そうな目で見るルナリアに気付き、思わずそんな反応をしてしまう。

 そうだ、本当は分かっている。いまトモヤの横で自分が眠ったとしても、彼はそれで怒ったりはしないということを。それなのに今もこうして悩む理由……それは単純に、恥ずかしいからだ。


 そんな折、不意に、リーネのもとに天啓が下る。


(いや、待て。逆に考えよう、これは恥ずかしさに耐える特訓なんだ。心を鍛えるためのトレーニングの場なのだ! そうだ、何が逆なのかは全然わからないがそういうことなんだ! そういうことにしよう!)


 ――リーネは逆転的発想を手に入れた。


「よし、参る!」

「? 急にげんきになった」


 自身に洗脳を施し気合を入れたリーネは、覚悟と共に“その場所”にすっと体を滑り込ませる。

 そう、横向きに寝転ぶトモヤのすぐそばで、自分も横になった。


「うんうん、わたしはこっち!」


 それを見て、ルナリアは満足したように頷きながらトモヤの背後に周り寝転ぶ。

 リーネとルナリアで前後からトモヤを挟む形になっているというわけだ。


(も、もう後には引けない……!)


 そこに辿り着いたリーネは、自分の顔が真っ赤になっているのを感じながらも、その身をそっとトモヤに寄せた。普段ルナリアがやっているように、自分の頬をトモヤの胸元にすり寄せるように。すると、トモヤの体温が直に伝わってくる。


(あ、暖かい……それに見た目とは違って、意外とがっしりしているんだな……わ、私は何を考えているんだ! こ、これはただの添い寝だ!)


 いまさら過ぎる言い訳を自分に向けて叫び、胸の高鳴りを感じつつもそのままの状態でじっとする。

 なんというか、不思議な気分だった。普段は軽口を言い合う相手とこうして体をくっつけて眠っていることが。

 けれど、嫌な気分ではない。むしろどこか心地よい。


(もし君が起きていたら、君は私と同じように思ってくれるんだろうか? ……いや、何を変なことを考えているんだ私は。最近はこんなのばかりだな……まあ、そもそも、勝手に添い寝していることがバレたら、まず初めに私の心臓が壊れてしまいそうだが)


 そんな突拍子のないことを考えて、リーネは心の中でふふっと笑う。

 ぽかぽかとした暖かい陽光、そしてトモヤの腕の中の不思議な心地よさに包まれるうちに、自然とリーネは眠りに落ちていくのだった。



 ◇◆◇



(目が覚めた時、天使二人に添い寝されている確率と、その時の俺の心情を答えなさい)


 まどろみの中から意識を取り戻し――真っ先にトモヤは、現実逃避をするかのごとく、そんなことを心の中で誰かに問うた。

 当然、答えてくれる者はいない。


(いや、ほんとマジでなにこれ? 何なの? モテ期?)


 語彙力と思考力を失ったトモヤは、何とか現状を把握するべく分析を開始――しようとした瞬間、目の前にいる一人目の天使がゆっくりと口を開く。


「……んんっ、とも、やぁ」

「―――――!」


 普段とはまた違った艶めかしいとろけるような声が、そこにいるリーネから耳の中に飛び込んでき、そのままトモヤの脳を溶かしていく。彼女の閉じられた目からも、それが寝言だということは分かっている。いや、もしくは寝言だからこそ、そんな風に名前を呼び出されただけで何だか色々とやばかった。


 むにょん


(追撃だと!?)


 それだけではない。トモヤの胸と腹の付近に、この世のものとは思えない柔らかな感覚が襲来する。そこでふと気づく、なぜかリーネは上着を脱いでおり現在は薄着だった、そのため彼女の双丘の感覚が一際ダイナミックに伝わってきて……


「トモヤ、だいすき……」

「――――! ルナも、だと?」


 背中に抱き着いてくる二人目の天使であるルナからも、そんな寝言が聞こえてくる。続けて彼女の寝息がそっとトモヤの首筋を撫で、ぞくりと背筋が震える。これはまずい、再び新たな扉が開かれそうになる!


(ほ、本当になんなんだこの状況……夢か? 俺はまだ夢を見ているのか? いや、この骨身の芯まで伝わってくる感覚的にこれは間違いなく現実……)


 疑問はある。

 動揺もある。

 様々な葛藤も生じる。


 そんな中で、トモヤは強く思った。






「やったぜ」

いや、なんか、こう。

色々と言い訳したいことが多すぎて、逆に語ることがないです。

とりあえず一言だけ残すとすれば、トモヤは爆発しろ。

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