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ステータス・オール∞  作者: 八又ナガト
第三章 北大陸編
62/137

62 ひざまくら、なでなで、よしよし

今回のあらすじ:やばい

 ノースポートを出発して、早くも二日が過ぎた。

 道程としてはおよそ半分ほど過ぎたといっていい。


 ノースポートから北大陸アルスナにかけてアトラレル海を渡る船は、木造の帆船だった。

 この世界にも魔力内燃機関マジックエンジンと呼ばれるものはあるらしいが、風魔法というものが存在し、素材が安価なことからも船は木造が主流らしい。

 サイズとしては結構な大きさだが、それでも問題なく目的地にたどり着けるという話を聞いてトモヤは驚いたものだ。


 ――などなどの説明は、今のトモヤにとってはどうでもよく。


「よしよし、だいじょうぶ、トモヤ?」

「ああ……ありがとう、ルナ」


 現在の最懸念事項は、船の甲板においてルナリアに膝枕をしてもらっているというこの状況だ。

 小さな太ももだが、それでもトモヤを優しく受け入れるだけの柔らかさを兼ね備えている。ワンピースの生地越しとはいえ、その太ももに頭を置くだけでまさに至福の一時と言える。


 さらにそれに加え、ルナリアが心配そうに小さな手でトモヤの頭を何度も繰り返し撫でるのだ。至福を超えた何かがそこにはあった。

 普段とは逆の立場。自分よりも五つも幼い少女に膝枕され、さらに頭を撫でられているという状況に、トモヤは言い知れぬほどの恥ずかしさを感じていた。


 なぜ、こんなことになっているのか。

 それは簡単な話だ。


 トモヤは隣に座るリーネに視線を送る。


「リーネさんリーネさん」

「ん、なんだ?」

「海の荒れ、収まってるんじゃなかったのか?」

「いや、十分に船が渡れる程度には収まっているだろう」

「……ソウデスネ」


 つまりはそういうことだ。

 確かに船は渡れるものの、小さく揺れる程度の波は普通にあった。

 トモヤが過去に船に乗った際にも酔いはしたが、今回は大丈夫だと考えていた。

 何故なら、今のトモヤには防御ステータスがあるからだ。

 しかしその予想は大きく外れ、このような状況になっている。


 治癒魔法を自分にかけたらすぐに体調は良くなるのだが、ほとんど間を置かずまた気持ち悪くなる。それを繰り返すことで初日は上手くやり過ごせたのだが、その翌日にはルナリアに気分が悪いことがバレて膝枕をされたのだ。

 不思議なことに、それはトモヤにとって治癒魔法以上の効果があるような気がした。


「ったく、だらしないねぇ。珍しく武闘大会前にこの船に乗る冒険者がいるかと思えば、そんな幼い子に介抱される程度だなんて」


 すると、頭上から聞き慣れない声がした。

 視線を向けると、そこには褐色の肌と赤みがかった茶髪を持つ、水に濡れても動きやすい素材で出来ているらしい文字通りのビキニアーマーを着た女性がいた。

 Aランクパーティ《水辺の灼熱者》のリーダーであるヴェールだ。武闘大会に興味がない点に関してはトモヤ達と同じだが、彼女達のパーティ四名は客ではなく、護衛として船に乗っているらしい。


「ほれ水だ。飲んだら楽になるよ。しっかりしなさんな、男ならさ」

「ああ、どうも」


 特にいま水分を求めていたわけではないが、せっかくだということで差し出された水筒を受け取る口に運ぶ。ごくごくと飲むと、たしかに喉が潤い、胸の奥にじんわりとした優しさが広がる気がした。

 その様子を見てヴェールはふっと笑う。まだ出会って数日だが、彼女が口は少しだけ悪くとも、心優しい人だということは分かっていた。


「まっ、あと二日くらいだ、がんばんな」


 そう言い残し、彼女は仲間のもとに戻っていく。

 トモヤは視線を真上にあるルナリアに向け直した。


「ん? どうしたの?」

「いや、何でもない。それより、足が痺れたりはしてないか?」

「だいじょうぶ! まだまだ平気だよ! トモヤがよろこんでくれるなら、いつまでもするからねっ! よしよし」


 元気に微笑みながら、頭を撫でる速度をあげるルナリア。

 そのぎこちなさがまた心地よい。


(これが癒し……か。いや待て待て、さすがにこの扉を開いたら取り返しのつかないことに――)


「……羨ましい」

「えっと、リーネ?」

「っ!? ななな何だ!?」

「いや、いま羨ましいって……」

「い、言ってない! トモヤの聞き間違いじゃないのか!?」


 いつの間にか羨ましそうにトモヤとルナリアのやりとりを眺めていたリーネにそう投げかけるが、彼女は必死にごまかそうとする。

 ルナリアに膝枕をしてもらいたいという人間ならば誰しもが持つ当然の願いをそう必死になって隠す必要はあるのだろうか?

 そう考えるトモヤの上の方で、ルナリアは言った。


「? リーネも、トモヤにひざまくらしてあげたいの?」

「――――!」


 それはトモヤの予想とは違った内容の発言だった。しかし肝心のリーネと言えば、その言葉によって的を射ぬかれたかのように目を丸くする。


「えっ、そっち?」


 ルナリアに膝枕をしてもらいたいのだろうとばかり考えていたトモヤにとって、それは驚くに値する光景だった。

 だって、そもそもトモヤを膝枕することにどのような価値があるのか全く分からない。やはり、そのルナリアの予想は間違い――


「る、ルナ、どうして分かったんだ!?」

「……マジか」


 ――ではなかった。

 直接リーネの口から肯定の言葉が出てきた以上、もう答えはそれに確定された。


「そうなんだ……じゃあ、代わってあげるねっ!」

「えっ、なっ、ルナ!?」

「おいちょっとルナさん?」


 さらにルナリアによるとんでも提案によって、トモヤとリーネの両者ともが激しく動揺する。特にトモヤにとってその提案は一大事だった。

 なぜならルナリアの膝枕は、言い方は悪いがある意味おままごとのような感覚で受け入れられたのに対して、そういった意味で強い好意を持っているリーネが相手だと色々と意識せざるを得ない。

 さらなるトドメとして、今のリーネの服装は船上にいるため当然鎧姿ではなく、動きやすいように柔らかな白色の生地で出来た上着に、紺のショートパンツといった格好だった。


 つまり何が言いたいかと述べれば、その白くすらりとした太ももが露出されているということであった。

 このまま話が進めば、本当にマズイ事態になる。だから断ろうと思ったトモヤだったが……


「し、しかし、私はともかく、トモヤが嫌がるんじゃないか……?」


 リーネのその不安げな表情を見てしまえば、その思考は頭から消えていき。


「べ、別に、俺は嫌じゃないけど」

「そ、そうか。な、なら、少し失礼して……」


 そんな会話のあと、ルナリアと入れ替わるようにリーネがトモヤのすぐ傍にまで寄ってきて、その露わになっている太ももの上に、トモヤの頭が置かれた。


(こ、これは……)


 ルナリアのそれとはまた違う、反発力のある鍛えられた太もも。だからといって心地よさがないというわけではなく、むしろより力強く支えられているかのような感覚だった。そして何より、すべすべとした肌が首筋に触れ、不思議な気分になりそうだった。


「と、トモヤ。き、気分はどうだろうか?」

「あ、ああ、いい感じ、かな」


(いや、正直緊張しすぎてとっくに船酔いとかどっかにいったけど!)


 けれど、真剣にトモヤに膝枕してくれているリーネの顔を見てしまえば、それを口に出すことは出来なかった。

 決してこのまま膝枕を続けて欲しいから言わなかったわけではない。いや、続けて欲しいというのは、それはそれで事実だが。


「そ、そうか」

「…………」

「…………」

「うんうん、なかよしなかよしっ」


 気まずさによって無言になる二人。

 それをルナリアは横から楽しそうに眺めている。


「そ、それでだな、トモヤ……」

「な、なんだ?」


 そんな中で、気恥ずかしそうに話しかけてくるリーネ。

 この状況で何をそんなに聞きづらそうにする必要があるのだろうか。

 その疑問の答えは次の瞬間明らかになった。


「わ、私もルナのように、頭を、なでなでした方がいいだろうか?」

「……任せる」

「そんなぁ、卑怯だぞ!?」

「ええっ」


 選択権を全面的に押し付けたトモヤに、リーネからまさかの文句が返ってくる。


「ううぅ、あ、ある意味これは、膝枕以上に恥ずかしいんだ……」

「そうなのか?」

「う、うむ。だから、君が望んでくれないと、決意ができ……な……い、んだ」

「だからって、そんな死にかけみたいな声を出さんでも」


 蒸気が出るのではないかと思うほど顔を赤くするリーネ。

 すでにトモヤのツッコミはその耳に入っていなさそうだった。


(ど、どうするんだこの変な空気!)


 心の中でこの空気を変えて欲しいと願う。

 すると、トモヤの心の声が伝わったわけではないだろうが、まるでそれを聞いたかのように行動を起こす大天使がいた。

 そう、ルナリアだ。


「リーネ、トモヤによしよしするのはずかしいの? なら、わたしも一緒にやってあげるね!」

「は?」


 ただし事態を悪化させないとは言っていない。


「ほ、本当かルナ!? よし、なら頼む!」

「うん、まかせて!」

「おい、ちょっと待て。待ってください。なんか話が変な方向にいってる気が」

「ふん、うるさいぞトモヤ。覚悟しろ。もう君は逃げられない」

「そうだよ、逃げちゃだめだよ!」

「えっ? えっ?」


 反論するトモヤ。

 けれどもリーネとルナリアは構うことなく行動を開始する。

 つまり二人合わせてトモヤの頭を撫で始めた!


「ど、どうだトモヤ。なでなでだぞ!」

「よしよし、元気にな~れ」

「~~~~!!!」


 リーネの生の太ももの上に頭を乗せた状態で。

 ルナリアの小さく可愛らしい手が、もう慣れたようにトモヤの頭を撫でる。

 そしてリーネの、普段は剣を握っているにも関わらず白く美しい手が、トモヤの髪を掻き分けるようにぎこちなく動いていく。


 どちらにせよトモヤにとって、それは天にも昇るような気持ちよさであることには変わらず。


(し、死にそう。こんなもん、防御ステータス∞ごときで耐えられるか!)


 そう、心の中で叫ぶのだった。

違うんだ。

悪気はなかったんだ。


次回予告:もっとやばい

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― 新着の感想 ―
[一言] 「しなさんな」は否定の意味で使われます。 例えば「心配しなさんな」は心配するな、心配する必要はない、といった意味になります。 なので、ヴェールがトモヤにかけた言葉「しっかりしなさんな」は「し…
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