57 砂遊び
今回より隔日更新になりました。
ストックなら死んだ。いい奴だったよ……
結局あの後、ビーチボールは計10個壊れた。
リーネが叩くたびに弾け、それを見たトモヤが何だか悲しくなって、自分でも殴って壊してみたりした。彼なりの慰め方だった。その度にルナリアに物は大切に扱わなくちゃダメなんだよと怒られるのだった。
「ねぇ、トモヤ。あれなに?」
「ん? ああ、砂で城を作ってるんだよ」
ルナリアが指を向ける方には、幼い子供たちが協力して城を作る姿があった。
それを見てルナリアは興味を持ったように目を輝かせている。自分もしてみたいのだろう。
ルナリアの考えを理解し、トモヤはその頭にぽんっと手を乗せる。
「よし、じゃあ俺達もやってみるか」
「っ! うんっ!」
その後、トモヤ達は海から出て遊ぶ場所を砂浜に移動した。
ルナリアに数回怒られてしょぼーんとしているリーネも遅れてついてくる。
「砂遊びで必要な物といったら……スコップや霧吹きくらいか?」
あまり砂遊びをした経験はなく知識もあいまいだが、なんとか思い出せる限りの物を創造する。
スコップ、霧吹き、バケツ……この程度でどうにかなるだろう。
ひとまずバケツに海水を入れ、そこからさらに霧吹きにも入れる。
「見たことのない道具だが、これは一体……」
リーネはその中から霧吹きを持つと、馴染みがないらしく興味深そうに色々な角度から眺める。
「――ッ!? なっ、これは新たな攻撃か」
「いやただの自爆だ」
その途中で噴射口を自分の顔に向けたままレバーを引き、目に海水が入るという事件が起きたりもした。
「目が痛い……いや、うん、気を取り直そう。トモヤ、ルナ、やるからには立派な城を作るぞ!」
「うん、がんばるっ!」
「ああ」
やる気満々の二人に合せるように、トモヤは静かに頷くのだった。
数十分後。
「できたっ!」
これまで集中して無言を保っていたルナリアが、ぱぁっと表情を輝かせてそう叫んだ。
彼女の前には高さ50センチ程の城が建っていた。土台は広くしっかりとしており、そこから四角錘状に上に伸び、様々な意匠が施されている。
大きさは大したことはないものの、クオリティについては数十分で作ったとは思えない良い出来だった。
「ふー。案外、私ほどの年齢になっても熱中できるものなのだな」
「リーネも楽しんでたね!」
「うん、ルナと一緒だったからな」
ルナリアとリーネはハイタッチしてお互いに喜びを分かち合う。二人で協力してその城を作り出したからだ。美少女二人が嬉しそうにする様は外から眺めても十分にその尊さが分かる程の素晴らしき光景である。
その光景を、トモヤは少し離れたところから三角座りで見ていた。
「わーい、すっごーい」
完全に覇気を失った声。目は死んだ魚のようだった。
その様子を見かねたリーネがはぁと溜め息をつく。
「こらこらトモヤ。そろそろ機嫌を直してもいいだろう」
「いや別に機嫌悪くないけど」
「30分近くじーっと座り続けている者の言葉じゃないだろう、それ。説得力がなさすぎる」
なぜこんな状況になっているのか。それは簡単だ。
数十分前、つまりは砂遊びを初めてすぐ、トモヤは画期的な方法を思いついた。
そう、地魔法を利用すれば巨大な城が作れるのではないかと。
結果としてその目論見は成功した。まずは手始めに高さ5メートル程の城を作り出し――そして、この海水浴場の監視員的な人に、他人の迷惑になるので大規模な魔法行使は止めてくださいと怒られた。
ついでにルナリアにすら、「周りに迷惑かけちゃダメだよ。めっ!」と叱られたので、しょぼーんとしている訳である。まるで先程のリーネのようだ。
「よし、復活!」
「うわいきなり跳び上がった」
「そんな虫に対するみたいな反応しなくても……」
気を取り直しぴょんっと立ち上がると、リーネが小さく驚き呟いた。特に含みのない純粋な反応だっただけに、余計にトモヤの胸にくるものがあった。
別に新しい扉が開かれそうだとか、そういった類のものではない。
トモヤはゆっくりとルナリアのもとに歩いて行く。
「それにしても、本当にしっかり出来てるな」
「ほんとう? トモヤにも手伝ってほしかったなっ」
「任せろ、今すぐ地魔法で――」
「それはだめだよっ」
「はい」
上げた腕を静かに下ろす。
ルナリアに叱られてまで自分の意思を押し通すつもりはないトモヤだった。
「さて、これからどうするか……」
しかしそうなると、問題はこれからについてだ。
ルナリア達の作った城はこの大きさ、形で完成しているし手を加えるべき場所はない。
となると、砂浜ではなくもう一度海の中で遊ぶのがいいだろうか。水の掛け合いやビーチボールでは遊び終えた。他には何が……
「なあリーネ、何かいい考えはないか? ……リーネ?」
さっきまでリーネがいた場所に、彼女の姿がないことにトモヤは気付いた。
さらに広く見渡すと、少し離れた場所にリーネはいた。何やら、ガラの悪い二名の男性と話しているようだった。
(ナンパか何かか? 危ないな……もちろん、男性側が)
リーネに聞かれたら怒られるようなことを内心で思いながら、もしものことを考えてトモヤはそこに駆け寄っていった。
「ああん? だからちょっとくれぇいいじゃねぇか。俺達と一緒に遊ぼうって言ってんだろ?」
「断る。先程から言っている通り、私には連れがいるからな」
「そんな奴より俺らと遊んだほうが楽しいって。な?」
言いながら、男性たちはリーネに向けて腕を伸ばす――が。
「――――はいストップ。そこまでだ」
「……トモヤ」
その場所に辿り着いたトモヤが、その腕をぐっと握りしめる。
リーネがこの程度の奴ら相手に後れを取るようには思えない。けれどそれと、男達がリーネの素肌に触れていいかというのは別の問題だった。感情的な面で、トモヤはその行為を絶対に許せない。
「ッ、なんだテメェは!」
「いきなり何しやがんだクソが!」
男達は突然の乱入者に対し、乱雑な態度をとる。
リーネと男達との間に身体を入れた後にその腕を放すと、ふんっと振り払うような反応を見せる。
その後、二人は気味の悪い笑みを浮かべる。
「はんっ、その嬢ちゃんの連れってのはテメェのことか。なんだなんだ、弱っちそうな身体しやがって。俺達に歯向かってんじゃねぇぞ!」
「俺様達は二人とも平均ステータスが5000超えだ……この凄さが分かったらさっさと引きな!」
(つまり二人合わせてもルナ以下、ということか)
ルナリアは既に平均ステータス10000を軽く超えている。
目の前にいる男性達も冒険者として見れば弱いわけではないのだろうが、これまでリーネという実力者と旅をし、Sランク魔物すら朝飯前に倒すことの出来るトモヤにとってすれば雑魚も同然だった。
「悪いけどそれは出来ない……ていうか言っておくけど、俺達の方が間違いなく強いから、お前らの方が帰った方がいい。しっしっ」
「ッ、黙って聞いてれば……!」
「上等だ! お前みたいなガキ、一瞬で潰してやらぁ!」
「……結局こうなるのか」
その場で身構える二人を前に、トモヤは小さく溜め息を吐いた。
後ろからリーネやルナリアが少しだけ心配そうな、というか面倒事に巻き込まれてドンマイ、といった目で自分を見ているのに気付き、トモヤは一つ首肯だけを返す。大丈夫、何とかすると。
(改めて思い返せば、こんなあからさまに絡まれるのって、こっちの世界に来て初めてかもな)
マグリノ山脈で出会った《鋼鉄の盾》の皆は最初こそトモヤ達を侮ったかのような素振りを見せていたが、実際に魔物が出てきた際には逆にトモヤ達を庇うかのように戦ってくれた。
盗賊団、《灰霧》に関してはむしろトモヤの方から攻撃を仕掛けていった。
モルドとの決闘に関しても、彼が真っ正面から正々堂々と勝負を挑んできただけだ。
それらとは違い、今回の騒動はいわゆるテンプレ展開の一つと言える。初めてこの世界に来た時のわくわく感に似たものをトモヤは感じていた。
そう、つまりは美少女(リーネ:最強)に絡んでいる暴漢(ルナリア以下の実力)を圧倒し、その後惚れられるというよくあるアレだ!
(よーし、とりあえず大怪我をさせない程度で倒してやろう――ん?)
「うっ、が……」
「なん……だ……」
しかし、気合を入れ直すトモヤの前で不思議な現象が起きた。
まだ戦闘を開始していないにもかかわらず、突如として男性二名の膝が曲がりその場に倒れていったのだ。
原因はその後、すぐに分かった。
「大丈夫かしら、貴方たち。お困りの様でしたので、少しだけご協力させていただいたのよ」
「お前は……」
男性達が倒れることによって、その後ろから彼女は姿を現した。
海水浴場には場違いな白色のローブに身を包み、フードを深くまで被っているため容貌を完全に窺うことは出来ない。やけに潤った唇やその周辺の白い肌、そして水色の髪だけを見ることができる。
声色などから察するに、20代後半から30代前半程度の女性だろうとトモヤは判断した。
そう分析していると、後ろにいたリーネが一歩前に踏み出す。
「その……今、貴方は何をしたのですか?」
「そう大したことはしていないのよ。会話から明らかにこちらの両名が悪いというのは見て取れたから、麻痺性の魔法を少々与えただけなのよ。もちろん、後遺症などが残るものではないし、すぐに目覚めると思うわ。貴方たちが気に病む必要はないのよ。私が好きでしたことなのだから」
「そう、ですか……助けていただき、感謝します」
「いえいえ、お力になれたのなら光栄だわ」
少しだけ釈然としない様子ながらも感謝を告げるリーネに、その女性はそんな言葉を残し立ち去ろうとする。
「あっ、その、せめてお名前だけでも」
「名前? そうね……」
リーネの問いに少しだけ悩む素振りを告げた後、その女性は言った。
「ルーラー、とでも呼んでもらおうかしら」
「ルーラーさん、ですか……」
「ええ。それでは、今度こそさようなら」
そう言い残し、ルーラーと名乗った女性は去っていった。
取り残されたのはトモヤ、リーネ、ルナリアと、地面に寝転ぶ二名の男性のみ。
「……なんだか、訳の分からない展開だったけど」
少しだけ思うところはあるももの、気にしても仕方がないと考え直し、トモヤはゆっくりと視線を下ろした。
「この二人、どうしよう……」
ルーラーはすぐに目を覚ますだろうと言っていたが、さすがに数分程度で起きる気配はない。
どうしようかと頭を悩ませているとき、その声は響いた。
「大変だぁあ! クラーケンスライムが出たぞぉぉおお!」
クラーケンスライム:女性の衣服(水着含む)を溶かす性質を持つ。
紳士ならもう、次回の展開が分かるはずだ……!




