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ステータス・オール∞  作者: 八又ナガト
第三章 北大陸編
53/137

53 自覚

 あれから数十分後。

 ようやく我を取り戻したリーネは改めてモルドと会話を再開していた。


「あ、兄上達の意向は理解できました。きちんと確かめなかった私も悪いとは思います。ですが、それでもやはり、もっとちゃんと数々の不可解な行動の理由は説明してほしかった!」

「そ、それは本当に申し訳ないと思っている。すまなかった」

「うっ、そう謝られてしまえば私の方からこれ以上文句は言えませんが……うん、勝手に勘違いして家を飛び出したことについては謝ります。ごめんなさい」

「っ、なら――」

「ですが、やはり家に戻ることはできません」


 先程までとは一転、毅然とした態度でリーネは告げる。


「私にはトモヤやルナといった大切な仲間が出来ました。今は彼らとの旅が心から楽しいと感じています。これからもずっと続けていきたいと思っています。ですから……家に、戻ることはできません」

「……そうか。なるほど、その眼は本気だな。よし、相分かった。その旨を私の方からお父様や弟達に伝えておこう」

「感謝します」


 頭を下げるリーネを優しい目で眺めた後、モルドは次にトモヤに視線を向ける。


「トモヤくん、見ての通りリーネは色々と抜けたところのある子だ。これからもどうか、彼女を支えてやってほしい」

「なっ、兄上、なぜトモヤにそのようなことを――」

「知ってます、任せてください」

「なぁっ!?」


 兄とトモヤの会話を聞き、リーネは面白い反応を見せる。

 そんな彼女たちのいるテーブルに小さな影が飛び出す。


「私もいるよ! 私にも、リーネのこと、任せてね!」

「君はたしかルナリアさんだったかい? そうだね、君にもリーネのことをよろしく頼もうかな」

「うん! がんばる!」


 それは、天真爛漫な笑みを浮かべるルナリアだった。

 その元気な姿を見てちょー可愛いとトモヤは思った。


(――はっ! まさかこれが、モルドさん達がリーネに対して抱いていた思い!?)


 トモヤはモルド達を理解することができた。

 今なら盃だって交わせそうだ。


「それでは、私はこの辺りで失礼しよう」

「そうですか……家に戻らないとは言いましたが、いずれ顔を出すくらいはしようと思います。父上等にもそうお伝えください」

「了解だ。お父様達もとても喜ぶだろう。たぶんリーネが帰ってきた時用に城が1つ建つ」

「そんなに!?」


 まさしく規模が違う喜びようだった。


「それで、時にトモヤくん」

「はい、なんですか?」


 続いて、モルドの視線はトモヤに向けられた。


「リーネとは、どこまで進んだのかな?」

「――――ッ」

「なぁっ!?」

「……?」

「きゃっ!」


 その言葉にトモヤ、リーネ、ルナリア、アンリがそれぞれの反応を見せる。

 トモヤは無言で目を見開き、リーネは赤面し、ルナリアはきょとんと首を傾げ(天使)、アンリは両手で頬を押さえていた。


「この、バカ兄上!」

「ごふっ!」


 最終的に、モルドはリーネの拳にやられた。

 いい奴だったよ……



 ◇◆◇



「ふー」


 宿屋の前でモルドを見送った後、リーネは小さく深呼吸をした。この一時間の、彼女の心を揺れ動かす様々な出来事が終わり、ようやく落ち着きを取り戻したのだろう。

 そして、リーネはゆっくりと隣にいるトモヤの方を向く。


「それにしても本当に驚いたぞ。色々とな」

「お疲れ様。今日はもう休むか?」


 労いの言葉をかけてから、トモヤは宿の中を指差しそう尋ねる。

 だが、リーネは首を横に振った。


「いや、それなんだがな……トモヤ」

「ん?」


 彼女は翡翠の双眸を真っ直ぐトモヤに向けて言った。


「付き合ってくれないか?」

「――――ッ!?」

「修練に」

「…………」

「待ってくれトモヤ、どうして無言で宿に戻ろうとするんだ」


 宿の扉を開けるトモヤの腕の裾を、リーネが焦った様子で掴む。

 振り向くと、そこには上目遣いでトモヤを見つめるリーネの姿があった。

 ……何だかなぁ。と思いつつ、トモヤは身体の向きを再びリーネに向けた。


「俺は悪くない。全部リーネが悪い」

「な、なんでそんな急に冷たい態度をとるんだ? トモヤ? トモヤさん?」

「……冗談だ。気にしないでくれ。それで、何で修練なんだ?」

「むぅっ」


 人差し指で軽くリーネの額を押し、トモヤはそう尋ねた。

 リーネは右手で額を押さえ「何なんだ君は……」と頬を膨らましつつも答える。


「兄上と話していて思い出したんだ、自分より強い者を相手に鍛えていた時のことをな。空間斬火に目覚めてからは、正直戦闘時にそれほど困ることはなかった……久々に、昔のような鍛え方をしてもいいとは思わないか?」

「その相手として俺を選んだと?」

「うむ、そうだ。ぜひトモヤに付き合ってもらいたい」

「…………」

「あいたっ。な、なんでまたデコピンするんだ!?」

「……なんでだろうな」


 リーネに顔色を見られないように顔を逸らしトモヤはそう答える。

 横目で見るとリーネが不思議なものを見るような表情をしていた。

 そんな表情を見てしまえば、もう断ることなど出来ない。


「まあ、うん。分かった。付き合うよ」

「そうか、ありがとうトモヤ!」

「………はぁ」

「なぜそこで溜め息!?」


 そして、リーネとトモヤは場所を第二区画に移し修練を行うこととなった。




 黒く乾燥した大地。少し冷やりとする風。

 そんな環境の中で、一組の男女が激しく木剣をぶつけ合っていた。


「はぁっ!」

「――――」


 リーネが地に切っ先が触れるような構えから力強く振り上げた剣を、トモヤは驚異的な反射速度で横に跳び躱す。

 しかしそれだけではリーネの猛攻は終わらない。二撃目、三撃目と剣撃が迫り、躱しきれない幾つかの攻撃は手に持つ木剣を翳し、カンッと高く鳴り響く音と共に防ぐ。十数回続く連撃のうち、少しの隙を見つけたトモヤは、しかし攻撃するほどの隙ではないと判断し後方に跳び距離を置く。


「空斬!」

「そういう作戦かッ」


 しかし、どうやらリーネはその対応すら読んでいたようで、離れた箇所から斬撃を飛ばす。

 普段なら防御ステータスに頼って防ぐが、今回の目的とは反するためその方法はとれない。トモヤはリーネと同じ構えをとり空斬を放った。二つの斬撃が接触し、旋風が吹き荒れる。

 風はトモヤの目にも飛び込んでくる。怪我を負うものではないと理解していながらも、長年の経験から反射的に目を瞑ってしまう。再び目を開けた時、既に決着はついていた。


「私の勝ちだな」

「……参った」


 喉元に添えられた木剣の切っ先を見て、トモヤは素直に自分の負けを認める。

 攻撃・魔攻・敏捷ステータスを50000にして、つまり先の戦いで平均ステータスが35000になったリーネよりずいぶんと強く調整したはずなのに、結果としては全く敵わなかった。


「やはり、トモヤ程の実力者が相手ともなると緊張感が全く違うな」


 リーネは木剣をトモヤから離し、そう言った。


「いや、俺の攻撃なんて一つもリーネに当たらなかったんだけど」

「それでもだ。君の攻撃を一撃だけでも浴びれば敗北する。それだけで恐ろしいことなんだ。強力な魔物を相手にする時と似た感じだな」

「そういうもんか……で、この修練はちゃんとリーネのためにはなったのか?」

「もちろんだ。相手になってくれてありがとう、トモヤ」


 そう言って、リーネはその場で地べたに座る。そんな彼女を眺めていると、ふとトモヤは気付く。

 修練によってかいた汗によって、リーネの着ている布地の服が彼女に張り付き、身体のラインをしっかりと主張している。靡く燃えるような赤色の髪も相まって、艶やかな雰囲気を醸し出していた。


 無意識のうちに、トモヤは固唾を呑み込んでしまう。

 そんな中、リーネは自分の横の地面をぽんぽんと叩きトモヤに告げる。


「どうしたんだ? トモヤも一緒に休もう」

「あ、ああ。じゃあ失礼して……」


 激しく鼓動する心臓を自覚しながら、ゆっくりとリーネの横に腰を下ろす。


「…………」

「…………」


 しかし座ったはいいものの、新たな会話が生まれることはなかった。

 気まずいような、もしくはむず痒いような、そんな不思議な空気が流れていく。

 そんな中でふと少し前のことをトモヤは思い出した。


「ありがとな」

「ん? 何がだ?」


 突然の感謝の言葉の理由がリーネにはよく分からなかったらしい。


「いや、さっきリーネがモルドさんに言ってくれたことだよ。俺やルナと一緒にいると楽しいって言ってただろ?」

「なんだ、そんなことか。構わない、心から思っただけのことだ」

「だからこそだよ。本気でそう思ってくれているからこそ、俺も嬉しく思えたんだ。だって俺も、リーネと一緒にいれて、すごく楽しいからさ」

「……そ、そうか、うん、そうか。トモヤも私と同じなのか。そうかそうか、うん!」

「そうかって今4回言ったぞ」

「か、数えなくていい!」


 茶化すようなツッコミに顔を赤くするリーネ。

 そんな彼女の姿を見ていると、心の中に湧き上がってくる不思議な感情があった。


「トモヤ」


 その感情が何かを理解するよりも早く、リーネの声が耳に届く。

 視線をそちらに向け――トモヤはぐっと言葉を呑み込んだ。呼吸すらも忘れた。


 リーネは微笑んでいた。普段は少しだけ鋭い翡翠の瞳からは優しい意志を感じ、すっと通った鼻梁や、桜色の唇、きめ細やかな白い肌――今までも見てきたはずのそれらがトモヤの心を揺さぶる。そしてリーネはその微笑みのまま口を開いた。


「こちらこそ、ありがとう。どうかこれからも、ずっと私と一緒にいてほしい」


 それがトドメとなった。

 その時初めて、トモヤは自分が抱いている感情の名前を知った。


「ああ、もちろん」


 だからこそ、トモヤは心からそう応えた。

 好きな人と一緒にいたいと願うこと。それは当然なことのはずだから。


「そろそろ戻ろうか、リーネ」

「ああ……ん?」


 先に立ち上がり、トモヤはリーネに向かって右手を差し伸べる。

 それを見たリーネは少しだけ不思議そうな表情を浮かべた後、頬を朱に染め左手を伸ばす。

 2人の手は静かに繋がり、ぐっと引っ張るとリーネの華奢な身体が起き上がる。


 トモヤとリーネは微笑み合い、何気ない言葉を交わしながら歩いていった。

まだどちらも告白すらしていないという事実に震える。

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◇『ステータス・オール∞』3巻の表紙です。
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i529129
― 新着の感想 ―
[一言] そもそも告白なんていう文化がないんですね分かります
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