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ステータス・オール∞  作者: 八又ナガト
第二章 東大陸編
43/137

43 反動

 フィーネスの消滅を確認したトモヤは、展開された防壁を解除する。

 瞬間、ドゴォン! という轟音と共に終焉樹全体が激しく振動を開始した。


「うおっ、なんだこれ……」


 疑問を口にするトモヤだが、その現象の原因自体は単純なものだった。

 トモヤの攻撃ステータス・∞による一撃は防壁内部の空気までをも押し潰し、絶対真空に似た状態を作り出していた。

 その状態のまま防壁を解除したため、周囲の空気との反応によって激震が発生したのだ。

 暫くすると、その揺れは収まった。


「トモ、ヤ……?」


 不意に声がした。

 視線を向けると、そこには信じられないものを見るかのような表情を浮かべるリーネの姿があった。

 トレントとの勝負に無事勝利し追いかけてきてくれたのだろう。


 トモヤは少しだけ顔を綻ばせながら、リーネに向けてサムズアップしようと――




「どうして、君は裸なんだ……?」




 ――した瞬間、リーネは重々しいトーンでそう告げた。


 トモヤは反射的に視線を下ろし、そこにある生まれたてのままの自分の姿に気付いた。

 そう、攻撃ステータス・∞の一撃はトモヤ本体は傷付けなかったものの、彼が身に着ける服などには影響が及び繊維ごと消滅させてしまったのだ。


「……ふっ」


 二秒ほど呆然とした後、トモヤは創造を発動し、簡単に白色のシャツと下着、紺色のズボンを生み出し身に纏った。

 そして何食わぬ顔でリーネに向けて言った。


「勝ったぜ!」

「…………うん、そうか。それは良かった」


 リーネも少しだけ顔を赤く染めながら、何事もなかったかのように頷いてくれるのだった。


 以降、その出来事が二人の間で話題に挙がることはなかった。



 ◇◆◇



 それから数分後。

 色々な葛藤を乗り越えて(深い意味はない)、トモヤ達は一ヵ所に集っていた。

 誰一人命を失うことなく解決したとはいえ、今後のためにはこの終焉樹に何が起きたのかを知らなければならないことには変わりなかった。


 しかし経過は良好ではなく……


「結局、突然終焉樹が暴走を始めて、皆がここまで引きずり落とされたこと以外に分かることはないのか」


 冒険者の方々も、自分の身を守ろうとすることに必死で正確な状況把握は出来ていないらしい。

 トモヤとリーネも人命救助を優先し行動していたためそれは同様だ。


 すると、トモヤの隣にいるリーネが言う。


「あの精霊からならば、いくらか情報を得ることはできただろうが……うむ、倒してしまうべきではなかったか」

「トレントか? 確かに、終焉樹を統べる精霊だって自称してたしな。まあアイツがいない以上、俺達で推測していくしか……」

「僕を呼んだッスか?」

「……ああん?」

「ん?」


 この場にあるはずのない声が響く。

 リーネとトモヤはその正体を確かめるように声のした方向に視線を向けると、何とそこにはリーネが倒したはずのトレントがいた。気のせいでなければ、いや口調からしてなぜか腰が低い。少しの沈黙のあと、動き出したのはこれまでガンを飛ばしていたリーネだった。


「……空間斬――」

「あぁあ! 待ってほしいッス! 事情を説明するッス! さっきと違ってその攻撃を喰らったら今の僕は普通に死ぬッス! だから落ち着いてくださーい!」



 ◇◆◇



「つまり、お前はこの異常を引き起こした張本人ってわけじゃなく、むしろ被害を抑えようとしていた側だってことか?」


 トモヤの言葉に、まさに姿勢を低くしたトレントはこくこくと頷く。


「その通りッス! いや皆さんと出くわしたときはちょっとだけ敵意も持っちゃってたッスけど、それも名誉の負傷ッス!!」

「そのッスッスと言うのはどうにかならないのか?」

「ッス!?」


 ちょっと場に適さないリーネのツッコミに対し、トレントは怯えたような反応を見せる。

 二人の戦闘時に何かあったのだろうか。トモヤは深く考えないことにした。

 周りの冒険者たちも似たような反応だ。


「改めて、詳しく説明しますね。今この終焉樹はなかなかマズイことになってるんすよ」


 ッス言葉を少しだけ止めたレントは、ゆっくりと今に至る経緯を語りだした。


「まず大前提なんですが、皆さんは終焉樹が持つ機能を、世界中で使い古された魔力を養分とし成長しているということしか知らないと思うんすけど、それは大間違いなんす。実は、終焉樹が吸収した魔力のうち成長に使われるのはほんの一部、数字に直すと1割以下。9割以上の魔力は終焉樹の核に吸収されるので、養分として利用されることはないんす」


 それはこれまでの世界中の常識を覆すような発言だった。

 しかしその中でもトモヤが気になった部分は違う。


「終焉樹の核って何だ?」

「それについては実物があります。こっちです」


 トレントに従うまま、トモヤとリーネは空間の中心に向かう。

 するとそこには小さく地面が盛り上がった場所が存在していた。

 トレントが両手を当てると、少しずつ地面が掘られ“それ”が現れた。


「これは……」


 疑問を抱きながらトモヤはそう呟いた。そこにあったのは一辺50センチの正方形の底面、そして高さ3メートル程の……漆黒の角材だった。

 核というくらいだから球体の物かと想像していたトモヤは少し驚いた。色に関しても、周囲の壁や地面と比べて圧倒的に黒い。


「さっきも言った終焉樹の核です……といっても終焉樹の成長に必要な物ではなく、むしろ成長を食い止めるためのものなんすけど」

「詳しく聞かせてくれ」


 頷き、トレントは説明する。


「はい。終焉樹がもともと持っている能力は、世界中の人々が使用した魔力を吸収すること……それだけだったんす。世界樹ユグドラシルは無から魔力を生み出すため、放っておけば世界中の魔力濃度が跳ね上がり人々が生きることが出来なくなってしまう。それを防ぐため、神は終焉樹を生み出し使い古された魔力を保有する機能を用意した……ここまではいいですか?」

「ああ」


 トモヤの中にあった知識を参照して、問題なく理解することができた。リーネも同じだったらしく、二人はそのまま続きを促した。


「では続けます。人々が使用した魔力……その中でもとりわけ“悪意が込められた魔力だけ”を終焉樹の核は吸収したんす」

「悪意が込められた魔力?」

「はい、要するに人や魔物を傷付けるために使用された魔力のことです。治癒魔法とかだと話は別ですね。魔力には使用者の思念や記憶が刻まれて、それが時にはよくない影響を及ぼすことがあるんす。そんな事態を防ぐために、そういった魔力を核の中に閉じ込めたというわけです」


 なるほど、と。トモヤは新しい情報を納得して受け入れる。

 しかし同時に疑問も生じる。


「けど、そうなると悪意が込められていない魔力はどこにいくんだ?」

「簡単です。終焉樹の養分になるんすよ」

「……そこで繋がるのか」


 こくんと頷いた後、真剣な表情でトレントは言葉を紡ぐ。


「ただ、そこで問題が起きたんす。これまで大量の魔力を凝縮し吸収してきた終焉樹の核の許容量にとうとう限界が訪れてきてしまい、これ以上吸収できなくなったんす。つまり、悪意の込められた魔力が終焉樹の養分になってしまい……その結果、終焉樹が暴走しました」

「それが、今回の騒動の原因か?」

「そうです。初めは核が吸収しきれない分を僕が肩代わりしていたんですが、すぐに悪意に呑み込まれてしまい……結果、言動がちょっと乱暴になったんす」


 衝撃の事実だった。


「えっ、初めて会った時の態度ってそういう理由だったの?」

「そうッスよ! 何も普段から僕があんな風な訳じゃないッス! そんでもって、そちらの彼女が悪意によって支配された僕……言わば僕の半身の魔力を消し去ってくれたおかげでこうして元に戻れたんすよ!」

「ふむ……私が完全に倒したと思っていたのに、こうして今も生きているのはそういうことか。言われてみれば魔力の質もずいぶんと違う」

「はい、そういうことです……こほん」


 話が逸れているのを自覚したのか、トレントは一度咳払いした。

(シリアス回の)反動。

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