23 同行
顔を赤くして見つめてくるリーネにトモヤは何だろうかと首をひねる。
そんなトモヤの前でリーネはゆっくりと口を開いた。
「トモヤ、君はこれから旅をすると言っていたが、どこに行くかなどかは決めているのか?」
「いや、まだ具体的には決めてないけど」
「そ、そうか」
そこで言葉を止めるリーネを前に、トモヤも気になっていた疑問を問う。
「リーネは世界中を旅とかってするのか? シンシアが言うにはルガールを拠点にしているって話だけど」
「それは今だけの話だ。私はこれまで東大陸と北大陸の地ならある程度は歩んできた。北大陸には知り合いのドワーフの方がいてな。近々、レッドドラゴンの牙を持って剣を打ってもらいに行こうと思ってるんだ」
北大陸――ドワーフやエルフなどの亜人族が多く暮らす大陸であるということはトモヤも話に聞いていた。ドワーフが鍛冶などの高い技術を持っていることも有名な話だ。
そこにリーネは行こうと思っているらしい。
「といっても今すぐにという話ではない。東大陸から北大陸に渡るには船でアトラレル海を渡らねばならないが、今は少し海が荒れている時期だ。もうしばらくは様子見といったところか」
そこまで言って、リーネは再びトモヤに真っ直ぐな視線を向ける。
「とまあ、話が長くなったが、私が一番言いたいことはそこじゃない。その、なんだ。トモヤ、君さえよければ、もしまだ行く当てを決めていないのなら……」
「ああ、分かった」
「……ちょっと待て。私はまだ最後まで言っていないのだが」
いきなり了承するトモヤの反応に、不満げな表情を浮かべるリーネ。
そんな彼女を前にして、トモヤは小さく微笑む。
「いや、今のでなんとなくリーネの言いたいことは分かったよ。しかもそれ、実は俺からも言おうと思ってたことだから、先に言われるのが少し悔しくてつい」
「……意地悪なんだな、君は」
むぅと頬を膨らまし、普段のリーネからは想像もできないような子供らしい反応を見せる。
申し訳なさを感じながら、トモヤはこう提案することにした。
「なら同時に言おう。それならいいか?」
「む……それならばまあ、いいだろうか」
その提案にリーネも納得した様にこくりと頷く。
トモヤとリーネはしっかりと向かい合い、そして口を開いた。
「リーネ、俺たちの旅に付いて来てくれ」
「トモヤ、私は君たちと一緒に旅がしたい」
同じ意味の宣言――それをお互いに聞き届けた二人は、どちらともなく笑う。
やはり、相手も自分と同じことを思ってくれていたのだと。
こうして、トモヤとルナリアの旅に、リーネの同行が決まった。
◇◆◇
「こ、これは……!」
あれから小一時間後、トモヤとリーネはシンシア家に帰還した。
客間に辿り着き、トモヤは真っ先にそんな驚きの声を漏らした。
テーブルの上に皿が、そして皿の上にはところどころ焦げたクッキーが置かれていたのだ。
テーブルの前にはルナリアが少しだけシュンとした姿で立ちすくんでおり、その隣ではシンシアが苦笑いしながらルナリアの頭を撫でていた。
やはりルナリアの頭には猛烈に撫でたくなる何かが――そういった分析は後にすることにし(後にする、大事なこと)、トモヤは二人に向き合った。
事情を聞かせてほしいと求めるトモヤの視線にシンシアは応える。
「実は、昼に出されたクッキーをトモヤさんが美味しそうに食べるのを見て、ルナさんが自分の作ったものも食べて欲しいと思ったらしいんです」
「けど、しっぱいしちゃった……」
なるほど、だからしょんぼりしているのかとトモヤは納得する。
ルナリアは悲しそうな表情を浮かべているが、トモヤの心情は逆に喜びに満ち溢れていた。
ルナリアが自分のためにクッキーを作ってくれるなんて! ――と。
「一つもらうぞ」
「あっ、でもにがくて――」
制止するルナリアも気にせず、トモヤは黒いクッキーを口に放り込んだ。
作ってから少し経っているのか熱くはなく、口の中でざらざらとした感覚が広がる。砂糖と塩を間違えるようなミスはないが、それでも単純に焦げている部分が多いため甘みより苦みの方が強い。
市販で売り出せば間違いなくクレームを受けるだろう出来栄え。しかしトモヤにとってはそうではなかった。
「……うまい」
「え?」
トモヤの感想にきょとんと首を倒すルナリア。
そのトモヤの感想はお世辞ではなかった。確かに味としてはお粗末だが、それでも十分に美味しいと感じたのだ。それは比べるなら昼に食べたもの以上に。いや、どころかこれまで食べてきたもの全ての中で一番!
やはり料理に一番大切なのは愛情なのだ!
創造で作り出した料理なんてこの前には無価値Lv∞だ!
「トモヤ、ほんとっ!?」
「ああ本当だ。ルナは料理の天才だな」
「そっかー! えへへ」
盛り上がるトモヤとルナリアを、外側からなんとなく眺める二人がいた。
「これは何というか……ただの親バカと、その娘だな」
「そうですねー」
二人は焦げたクッキーをもぐもぐと噛み締めながらそう零す。
「またおかしも料理もいっぱい作るから、いっぱい食べてね、トモヤ!」
「ああ、もちろんだ」
そんなリーネ達の前で、旅の料理人が決まるのであった。
◇◆◇
翌日、トモヤとルナリアとリーネの三名はルガールを出て平原に来ていた。
昨日トモヤとリーネが話していたところよりも少し町からは遠い。
まだ出会っていないがいつ魔物が出てきてもおかしくない場所だ。
ここに来ようと提案したのはリーネだった。
「それで、俺たちを連れてきたのは昨日言ってた、ルナのいるときに話したいってやつなのか?」
「ああ。話したいというより試したいという方がより近いかもしれないが……その実験が成功すれば、懸念事項だったルナの戦力向上が見込めるかもしれない」
「……聞かせてくれ」
それはトモヤやルナリアにとって重要な話だった。ルナリアがもしトモヤのいない場でも無事にいられる方法はないかと、ずっとトモヤは頭を悩ませていた。
それを解決する方法があるというなら聞く他ない。
「うん、だがこれはあくまで推察の範疇を出ないということだけ理解しておいてくれ……まず一つ、重要となってくるのが所有者と奴隷の関係だ」
まさかここで、ルナリアが奴隷であるという事実が関わってくると思っていなかったトモヤは目を丸くし、そのまま続きを促す。
「例えば戦闘奴隷との契約を書き記した契約書の中には、よくこういった文が記されている。『奴隷が魔物などを倒した際、その経験値の一割を所有者に譲渡する』――と」
「なっ、そんなことが可能なのか? けどどうやって?」
その説明にトモヤはさらに驚いた。ゲームなどではそういったアイテムが存在するときもあるが、現実の話となるとそれがどういった理屈か非常に気になる。
ちなみにそんな風に真剣な表情で問いかけるトモヤの横で、ルナリアは眠そうにあくびをしていた。話についてこれていないようだ。可愛い。
「簡単な話だ。ステータスとは世界神によって人族などに与えられる恩恵。人族などに仇なす魔物を倒すことでその恩恵は増え、ステータスが上昇していく……その基準となるのがレベルと呼ばれるものだ」
今まで知らなかった様々な知識を真剣に聞くトモヤに、リーネは説明を続ける。
「戦闘奴隷などにとってみれば、自分だけでなく主人が強くなることもまた彼らの利得につながる。故に彼らに与えられる恩恵を主人に譲渡することは可能なんだ」
「なるほどな、話は理解できた。けどそれだと、どう頑張ってもルナの努力を俺が奪う形にしかならないんじゃないのか?」
そうであるならば、結局ルナリアが前に出て戦う必要が出てくる。しかも成長速度が遅くなるだなんて本末転倒だ。
「うん、まあ普通ならばそう考えるだろうな。そこでトモヤに尋ねたいことがあるのだが、たしか君のステータスは全て∞だったんだよな? それ以上増えないという値だったはずだ」
「正確には増えようが誤差の範囲でしかないってだけだけど……っ、まさか」
そこで一つ、トモヤの中に可能性が生まれる。
その頭の中を読み取ったわけではないだろうが、リーネはうんと頷き言った。
「トモヤのステータスが全て無限な以上、どれだけ魔物を倒そうとその恩恵を与えられることはない。もし与えられても無意味だからだ……なら、その分の恩恵を、君が大切に思う別の誰かが譲り受けることは可能なんじゃないか?」




