18 始まり
契約を結んだ後、奴隷商は自分が雇っている護衛たちがいる部屋に、リーネは隣の部屋に戻っていった。
トモヤが借りた部屋に残るのはトモヤとルナリアの二人だけ。ルナリアがトモヤと一緒の部屋がいいと力強く主張し、リーネもそうするべきだと言ったためこうなった。
「ルナ、そろそろ寝るぞ」
「うん!」
時間も時間、風呂を入り終えたトモヤ達はさっそく眠ることにした。一日の間で様々なことが立て続けに起こったためトモヤにも疲れが溜まっていた。
部屋に一つしか置かれていないベッドにトモヤが入り込むと、続いてルナリアがトモヤの横にもぞもぞと潜り込む。布団からぽんっとその頭を出す。
心配していた角に関しても、見る限り寝転ぶのに邪魔な様子はない。
ふと、ルナリアはその顔をトモヤの胸にすりよせてくる。
「えへへ、あたたかい……」
そして、くぐもった嬉しそうな声が聞こえてくる。
トモヤは片腕をルナリアの頭の下に置き腕枕にしてから、そっと頭を撫でる。
するとルナリアは子犬の様に、うーんと喜びの声を漏らしていた。
誰かと一緒に寝る、その行為自体が久しぶりかのような反応だ。
ずっと一人でいたことが、このような人恋しさを生み出したのだろうかとトモヤは推測した。
「ルナ」
「……ん?」
ルナリアは顔を胸から離し、上目遣いでトモヤを見つめる。
そんな彼女に、トモヤはいいことを思いついたとばかりに告げる。
「ルナはこの世界の中でどこか行きたいところはないか? 俺はこれから世界中を旅するつもりなんだ。その途中でルナの好きな場所にも寄れたらなって思ってさ」
「トモヤと一緒なら、どこでもだいじょうぶ!」
「……そうか。なら、一緒にいろんなところに行こうな」
「うんっ!」
ルナリアが懐いてくれていること、それをトモヤは嬉しく感じる。出会ってまだ半日も経っていないというのに、トモヤがルナリアに向ける情の深さは既に実の家族のそれを超えていた。
なんだかなぁ、ちょろいなぁ俺。と思うトモヤだったが、それは全てルナリアの可愛さのせいだということにした。
「ほんとに、うれしいんだよ」
眠くなってきたのか、うとうとした状態でルナリアは小さく言った。
「何がだ?」
「トモヤが私と一緒にいたいって言ってくれた。そんなこと言われたことなかった。だから、うれしい」
「……うん、そうか。そう思ってもらえたのならよかったよ」
ほんの少し、ルナリアを抱きしめる腕の力が強くなってしまうのをトモヤは実感していた。離したくなかった。
「トモヤの目、やさしかった。あんなの初めてだったから、うれしくて、だから……」
どんどんと小さくなっていく声で、ルナリアは言った。
「トモヤ、だいすき……」
それを最後に、ルナリアはすーっと眠りについていった。可愛らしい寝息をしている。それでもなお、トモヤは優しく頭を撫で続ける。
「何だか最近、過剰な評価をされてる気がするなぁ……」
シンシア達を助けたのも、リーネがステータスカードを見て俺に興味を持ったのも、ルナリアの目の前でレッドドラゴンを倒して見せたもの、それは全部この世界の神とやらに与えられたステータスのおかげだ。
それなのに、彼女たちはステータスではなくトモヤ自身に大きな価値があるように振る舞ってくれる。そんな優しい人達に出会えたこと、それはトモヤにとってステータス以上の幸運だった。
「うん、けど、それでもいいか」
たしかにステータス自体はトモヤが自分の力で手に入れたものではない。だけどそのステータスを利用して築き上げた関係は、トモヤの努力によって生み出されたものと言い換えてもいいだろう。
自分と関わる全ての人が幸せになれるなら、それでいい。
そのためなら借り物の力だっていくらでも利用してやる。
素直にそう思えた。
これからトモヤはこの世界を旅する。
色々な出会いがあり、色々な出来事を体験していくのだろう。
その時、トモヤの横にはルナリアがいてくれて、もしかしたらリーネ達だっていてくれるかもしれない。
そんな未来は素敵だと思えた。
だからそんな未来を築き上げるために、今日のところはひとまず休むとしよう。
そう考え、トモヤはゆっくりと眠りに落ちていった。
こうして、夢前智也の異世界生活が始まりを告げた。
これにて第一章(導入部分)の終わりとなります。
光栄にも多くの読者の方々に応援されている今作、皆さまには感謝しかありません。
これからもどうかよろしくお願いいたします。




